第4話

 アンジェリーナは身支度を終えると同じく準備が整ったカトリーヌと王宮の正門に急いだ。


 途中で弟達と合流する。カイル王太子やアンリ王子、ウェルシス王子の三人が仲良さげにしている。側には十数名はいるであろう棋士や兵、侍女なども控えていた。

「アンジェ姉上。来られていたんですね。お久しぶりです」

 最初に気づいて声をかけてきたのは白銀色の髪に琥珀色の瞳のウェルシス王子だった。末っ子の彼は未だに母のカトレアにべったりであまり、兄たちと一緒にいることが少ない。

「…ウェル。こちらこそ、久しぶりね。元気にしていた?」

「はい。カトリーヌ姉上も心配しておられましたし。それにしてもなんだか、アンジェ姉上。以前よりもお痩せになりましたね」

 八歳の子供にしてはなかなかの鋭い言葉にアンジェリーナはたじろぐ。

「そんなことはないと思うわ。ウェルも前より、背が伸びたわね」

「…そうですね。確かに伸びたと思います」

 ウェルシスが首を傾げながら答えると茶色の髪に薄い藍色の瞳の少年が二人に近づいてきた。

「ウェル。アンジェ姉上に失礼だぞ。女性に対して太っただの痩せただの言うんじゃない」

 背はアンジェの肩あたりまでのほっそりとした少年だ。

「…アンリ。あなたも久しぶりね」

「ああ、姉上。ご挨拶が遅れてすみません。よくぞ、お戻りくださいました」

 律儀に礼をしながら、ウェルシスの頭も下げさせる。対照的な二人だとアンジェリーナは思った。

 それもそのはずで第二王子のアンリは子供ながらに真面目で律儀、誠実な少年である。反対に第三王子のウェルシスは甘やかされて育ったためか、明るくお調子者でおおらかな少年だ。

 まあ、悪戯好きな所がたまに傷だが。

「まあ、二人とも元気そうで何よりだわ。さあ、カトリーヌやカイルが待っているから。行きましょう」はいと答える二人であった。



 アルバート皇太子を出迎えるために門へ向かったルクセン王国の兄弟一行であったが。皆、緊張しながら門にたどり着いていた。

「…おお。アンジェ、来たんだな。後もう少しで着くぞ」

 門の前にはヴィルヘルム王と王妃のカトレアが並んで佇んでいた。

「アンジェ様。息子たちを連れてきてくださりありがとうございます。こうやってお話できてうれしく思います」

 カトレアがにこやかに笑いながら挨拶をしてきた。アンジェリーナも笑って答える。

「こちらこそ、お会いできてうれしいです。カトレア様、セドニアの皇太子殿下が来られるのでしたね?」

「…ええ。アンジェ様。殿下がいらしたら、案内役をお願いします。本来はわたしの息子たちの役目なのですけど。あちらがどうしてもとおっしゃって」

「わかりました。セドニア側からの要望だったのですね。よく覚えておきます」

「そうしていただけると助かります」

 カトレアが頷いた時にふと、馬の蹄の音や嘶く声が聞こえた。

「…ふむ。皇太子殿下のご到着かな?」

 ヴィルヘルム王がそう告げた後でガラガラと馬車の車輪の音も聞こえてきた。

 そして、長い赤い絨毯が敷かれた辺りに馬車が近づいてきて停まる。

 御者が台から降りて、恭しく馬車の扉を開けた。中から、背の高い人影が出てきた。

 灰がかった銀色の髪に深い藍色の瞳、白い肌のすらりとした美男子が下りてきた。顔立ちも眉目秀麗の言葉がしっくりとくる。

 灰銀の皇太子らしき男性はヴィルヘルム王の目前にまで歩み寄ると口元に笑みを浮かべながら、手を差し出してきた。

「…ルクセン国王陛下、お久しぶりです。今日はお会いできてうれしく思います」

「いやいや。こちらこそ、久方ぶりですな。セドニアの皇太子殿下、よく来てくださった」

 ヴィルヘルム王は皇太子の差し出した手を掴み、握手を交わした。アルバート皇太子はしばし、そのようにした後で隣の王妃にも微笑みかけた。

「王妃殿下にもご機嫌麗しく。そういえば、カイル王太子殿はご健勝でいられるか?」

 低いよく通る声で尋ねられてもカトレアは動じることなく、答えた。

「ええ。元気でいますわ。皇太子殿下、よくお越しくださいました。わたしの隣にいますのがこの国の第一王女のアンジェリーナ殿下でいらっしゃいます」

 いきなり、カトレアは隣にいたアンジェリーナを片手で示して紹介した。驚きながらもアンジェリーナは膝を曲げてドレスの裾を摘んで一礼をする。

「…初めまして。アルバート皇太子殿下。アンジェリーナと申します」

「ああ、あなたが黄金の魔女殿か。本当に見事な髪と瞳だな」

 アルバート皇太子はそう言いながら、手を差し出してきた。アンジェリーナはすぐに気が付いて、同じように手を出して皇太子のそれを握った。

 彼の手は剣だこがあって硬く、ざらざらとしている。けれど、温かく大きくてがっちりとした手だった。

 驚きながらもアンジェリーナは笑みを浮かべる。

「…殿下。はるばるこのルクセンによくおいでくださいました。長旅の疲れをゆっくりと癒してくださいませ」

「ほう。なかなかに言うな。我が国とルクセンは仲が悪かった事を知らないのか?」

「あの、殿下。それはどういうことでしょうか?」

「…気にするな。何でもない」

 握手していた手を離すとアルバート皇太子は隣にいるカトリーヌやアンリ王子たちの方へ行ってしまう。怪訝に思いながらもアンジェリーナは皇太子の背中を見つめた。




 そして、皇太子の来訪を祝して晩餐会が行われた。

「…皇太子殿。何度も言うがよく来てくださった。今夜は家臣の方々も大いに酒や料理を楽しんでくれ」

 ヴィルヘルム王が大きな声で呼びかけるとアルバート皇太子に付き添ってきていた騎士や兵、侍従、側近の者たちが喜びの歓声をあげる。それを少し離れた所で見ていたアンジェリーナはため息をついた。

 昼間の皇太子の言葉が忘れられない。どういう事なのだろうか。

 気になって仕方がない。だが、当の皇太子は家臣たちと共に飲み食いをしている。

 これでは、聞きようがないではないか。今夜のために着ている夜会用の橙色のドレスの裾を掴む。唇も噛みしめると己の情けなさがよけいに際だつようで嫌になってくる。

 そんな時に金の髪に青の瞳のカトリーヌがこちらにやってきた。

「…姉様。ちょっといいかしら」

 アンジェリーナは首を傾げながら尋ね返した。

「どうしたの?」

「いえ、もうお部屋に帰らない?」

 小声でカトリーヌが言ってきたのでアンジェリーナは片眉を上げた。

「…部屋に帰るのはいいけど。私も行かなくてはいけないのかしら」

「ええ。そうしていただけると助かりますわ。姉様、急ぎましょう」

 カトリーヌはアンジェリーナの手を握ると早足で晩餐の場になっている大広間を出たのであった。




 そうして、部屋に戻るとカトリーヌは「用事があるから」と言って自室に引き上げていってしまった。

 妙に思いながらもアンジェリーナは特に咎めたりはしなかった。だが、一人になると部屋の中は静かで落ち着かない。人の気配もないため、侍女は出払っているらしい。

 アンジェリーナは集中しながら自身の周りの気配を探った。特にこれといって気配はしないが深く息を吸って吐くと少しずつだが心身共に落ち着いてくる。だが、それもつかの間だった。

 ふいに、背後から腕らしきものが伸びてきたのだ。部屋の中は蝋燭も灯されておらず、月明かりのみである。

 そして、羽交い締めにされて口を塞がれてしまう。「…ふぐっ?!」

 声を出そうとするも今の状態ではできない。羽交い締めにした者はどうも、男のようである。

「…静かに。こんな手荒な真似をして悪いとは思っている。姫、わたしだ」

 耳元でささやかれてやっと、男が昼間に会ったあの皇太子だと気づく。アンジェリーナはおとなしくしたままで頷いた。すると、皇太子は彼女を解放した。

 アンジェリーナは月光に輝く灰銀の皇太子を見据えた。

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