黄金の女王
入江 涼子
第1話
古に、黄金の魔女と呼ばれた一人の女性がいた。名をエカテリーナと言う。
エカテリーナは美しい黄金の髪と瞳を持っていた。
そして、彼女はとある国の王に気に入られて正妃にさせられる。王も名をニコライといい、かつては第二王子だったが。熾烈な権力争いを経て王位についた。
国の名はルクセン王国といった。
これは、ルクセン王国に現れた黄金の魔女とニコライ王の末裔の少女の話である。
あれから、ルクセン王国が建国されてから、どれくらいの年月が経ったのか。もう、四百年は過ぎただろう。ニコライ王は初代国王に即位してから、五十年後に亡くなり、正妃のエカテリーナが生んだ第一王子は二代国王になる。
彼は父から緑色の瞳を母からは金色の髪を受け継いだ美男子だったという。
第二代国王は三十代で即位してただ一人の王妃との間に二人の王子と一人の姫をもうけた。ニコライ王とは違い、穏健派で賢王と称された。ニコライ王は戦神と呼ばれて辣腕を振るった。彼はエカテリーナとの間に一人の王子をもうけただけだった。
だが、二代国王は無事に成人し、長い間、国を治めた。彼も四十年間、王位について亡くなる。
そして、脈々と黄金の魔女の血筋は受け継がれていった。
四百年後といえる今のルクセン王国の現国王、ヴィルヘルム王には黄金の髪と瞳を持った娘がいた。名をアンジェリーナといった。愛称をアンジェといい、白い肌とすらりとした女性にしては高い身長の年齢にしては大人びた少女である。
彼女は黄金の魔女の再来といわれていた。年齢は十八歳で、まだどこにも嫁いでいなかった。アンジェリーナは魔女と呼ばれているが黒魔術には精通していない。白魔術が大の得意で治癒と浄化の力が強かった。魔物に対する攻撃魔法でもアンデッド用の「ホワイト・アンデッド」などを繰り出す事もできる。
ある意味、巫女や神官に近い存在といえた。そのため、白き魔女とも呼ばれていたのだった。
だが、何故巫女と呼ばれず、魔女といわれるのか。それには一つの理由があった。
アンジェリーナは白魔術が得意ではある。けれど、薬草の調合や育成、傷の縫合などもできたので奇妙な術も扱えるからと『魔女』と呼ばれていた。
それは祖先のエカテリーナも似たようなものだったらしい。王族でありながらもアンジェリーナが医術を修得できたのは父が医術や学問が優れている西方の国ースルティア皇国へ彼女を留学させたからだ。
アンジェリーナは四歳から十八歳の春頃までの約十四年間、スルティアにいた。そして、今年の春に久方ぶりに故郷のルクテン王国に帰ってきたのであった。
「…姉様。浮かない顔してるわね」
すぐ下の妹、カトリーヌから指摘されてアンジェリーナはそうかしらと眉を寄せた。この国には現在、王族は父で国王のヴィルヘルム王に正妃のカトレア、その息子で第一王子のカイル、第二王子のアンリ、第三王子のウェルシスがいた。だが、この王子たちを産んだカトレアの他に王には王太子時代からの妃がいたのである。
それがシェラであった。シェラ妃は身分こそ子爵家と低いがヴィルヘルムと幼なじみで昔から、将来を誓い合った仲であったらしい。
そんな彼女が国王との間にもうけたのがアンジェリーナとカトリーヌの二人の王女だった。シェラ妃はかつてのヴィルヘルムの正妃であり、最愛の人だ。
けれど、シェラ妃はアンジェリーナが三歳、妹のカトリーヌが一歳の夏に病にかかり、その年の秋に亡くなった。享年、二十三歳とあまりにも若すぎる死であった。
娘二人を置いて亡くなった事から、ヴィルヘルムは大いに嘆き悲しんだという。正妃にシェラ妃がなってから、わずか五年後に起こった悲しい出来事であった。
「…私、そんなに憂鬱そうな顔してるかしら?」
昔の事を思い出しながら、アンジェリーナは妹に問いかけた。
カトリーヌは真面目な顔で頷いた。
「ええ。姉様、こっちに帰ってきてからはいつも、お勉強か神殿とかを巡ったりしてるかでしょう。疲れていないのかと思って」
「そうね。私、そうやって忙しくしていないと落ち着かなくって。ああ、でも母様のお墓参りに行かないと」
「確かに。姉様、全然母様のお墓参りをしたことなかったわね。今度、休みができたら一緒に行きましょう?」
カトリーヌは母のシェラ妃によく似た金色の髪に緑色の瞳をきらめかせながら笑う。アンジェリーナも笑い返して頷いたのであった。
そして、父や側近の文官と相談して神殿の訪問などの公務は休みにさせてもらえた。母のシェラ妃のお墓参りに行きたいと父王と久方ぶりの面会の時に申し出てみた。
すると、父王は驚きながらも二つ返事で了承してくれたのだ。
その代わり、騎士や侍女を最低でも四人は連れて行くようにと条件付きだったが。
茶色の髪に青い瞳の父王は今年で三十九歳になる。
来年で四十になる父王は目元に少しだがしわができつつある。治世が二十年に及ぼうとしているのだ。威厳と重厚な雰囲気を持っていはいるが疲れも見え隠れしていた。
『…シェラによろしく伝えてくれ』
そう告げた時、悲しみとあきらめの混じった表情をしていた。アンジェリーナは沈痛な思いを抱きながら、執務の間を出たのであった。
つい、昨日の事を思い出しながら馬車にアンジェリーナは妹のカトリーヌと共に揺られていた。二人の側にはそれぞれの侍女が座っている。心配そうにしながら、アンジェリーナを見つめていた。
侍女の内、アンジェリーナ付きのカンナが尋ねてきた。
「…アンジェ様。どうなさいましたか?」
「何でもないわ。カンナ、霊園には後どれくらいでつきそうかしら?」
「そうですね。後もう少しで着くと思います」
そうと答えながら、アンジェリーナは窓の景色に目をやった。
しばらくして、アンジェリーナとカトリーヌは母のシェラ妃が眠る墓地に着いた。馬車を入り口で降りて、二人は護衛の騎士二人と侍女達を引き連れながら、シェラ妃のお墓に向かう。
現在、正妃となったカトレアは父王のヴィルヘルムよりは五歳下で三十四歳になる。一歳下だったシェラ妃が亡くなってから、四年後に重臣達の勧めで国内の有力貴族であるロランド公爵家の令嬢を新たに妃に迎えた。それがカトレアだ。
彼女は当時、二十三歳だったが。婚約者がいたのだが病で亡くし、ずっと独身でいた。それを聞いた父王が修道院に入り、静かに暮らしていた令嬢に興味を持つ。
そして、半ば浚うように修道院から令嬢を連れだし、強引に正妃にしたのだった。重臣はやり方こそ良くないが王女しかいなかった王に跡継ぎが生まれたらと期待を持ち、カトレアが王妃になるのに反対はしなかった。
だが、当然ながら複雑な心境にカトリーヌはなったものだ。母様が亡くなってから、新しいお妃様を迎えられたことを二人の乳母達はあまり、ほめられた事でないと苦々しげに言っていたものだった。もしかしたら、新しい王妃様に嫌われて王宮を追い出されるかもしれないと手紙でカトリーヌは言っていた。母を亡くし、これといった後ろ盾のない先代王妃の王女の末路はいかほどなものか。
スルティア皇国に養女同然で引き取られたアンジェリーナは皇帝夫妻に気に入られ、それなりに恵まれた毎日を送っていたが。事実上は人質と目されてもおかしくなかったのに、皇帝のウィルソンはそう扱う事はなかった。
皇后のジュリアも男の子しかいないから、娘ができてうれしいと穏やかな笑顔で言っていた。側妃もいたがジュリアという有力な後見があったから、意地悪をされる事もなく、穏やかな生活をする事ができたのだ。そして、父のヴィルヘルムの要望により、医学を学ぶためにスルティアにあった学校へ通い、アンジェリーナは友人を作り充実した気持ちで過ごしていた。
初等部から中等部、そして高等部に進み、大学部に入った。本格的な医学や魔術などの勉学を続けるはずだった。が、十八になった今年に大学部を中退し、急遽故国に戻るように父王から命が下った。一体、何があったのかと慌てて荷造りをし、義父母同然の皇帝夫妻や皇子達に別れを告げ、船を使って戻ってきたのにだ。長年過ごした第二の故郷からわざわざ帰ってきたのに、父王は帰郷をねぎらい、出迎えてはくれたが理由を全く教えてはくれなかった。
首をひねりながらもアンジェリーナは二人目の母であるカトレアにも挨拶をする。
プラチナブロンドの髪に水色の瞳の美しい人で氷の彫刻のように冷たい印象を受けるが性格は明るく人なつっこい感じだ。
『…初めましてでよろしいでしょうか。カトレア様、私はこの国の第一王女で名をアンジェリーナと申します。カトリーヌの姉になります。どうぞ、よろしくお願いしますね』
笑顔で自己紹介をすれば、カトレアは冷たさを感じさせる顔に笑みを浮かべた。
『こちらこそ、初めまして。王妃のカトレアといいます。息子達とも仲良くしてくださいませ。アンジェリーナ様』
温かな笑みにアンジェリーナは驚いたものだ。
『…あの、私の名前は長ったらしいですし。皆からはアンジェと呼ばれておりますので。カトレア様もそうお呼びください』
『わかりました。では、今からアンジェ様と呼ばせていただきます。わたくしの事は母と呼んでいただいてかまいません』
カトレアはそう言いながら、アンジェリーナの手をそっと握ってきた。軽く握り返せば、カトレアはうれしそうに笑ったのであった。
つい、半月前の事を思い出しながら、アンジェリーナは母のシェラ妃の墓前にたどり着いていた。白百合の花束を墓石のすぐ前にひざまずいてそっと置く。
「…母様。お久しぶりです。アンジェリーナ、ただいま戻りました。お墓参りが遅くなってごめんなさい」
アンジェリーナが言うとカトリーヌもひざまずき、両手を組んで祈りを捧げる。
「母様。姉様が十数年ぶりにこのルクテンにお戻りになりました」
涙ぐみながら呟く。アンジェリーナも両手を組み、母に祈りを捧げた。肖像画でしか知らない母の顔だが妹のカトリーヌは昔からそっくりだと言われている。
今年でアンジェリーナが十八歳になり、カトリーヌは十六歳になっていた。
二人の姉妹は曇りがちの空の下、静かにお墓で眠る母と向き合っていた。
あれから、半日が経ち、アンジェリーナとカトリーヌは馬車に乗り、王宮に戻った。父のヴィルヘルムも同行したかったはずだが執務が忙しいのと王妃のカトレアの手前、行く事を断念した。
二人は王の名代で母で先代王妃であるシェラ妃のお墓参りに赴いた。
帰り道、しんみりと二人は昔の思い出を語り合う。
「…姉様とお墓参りはしたことがなかったわね。でも、今日は来れて良かったわ」
「本当に。父様にお願いして正解だったわね。許可をいただけたのだから」
「姉様は消極的ね。でも、カトレア様はあんまり良い顔なさらないかも」
そう言って、カトリーヌは口をつぐんだ。アンジェリーナはそうねと頷く。
「確かに、良い顔はなさらないでしょうね。カトレア様はあまり私たちの母様を悪くおっしゃらないけど。内心は複雑なはずよ」
「…姉様が思ってる以上にカトレア様は悩んでいると思うわ。父様の寵愛は深いものだけど。いつ、他の女性に奪われるとは限らないと不安でいらっしゃるらしいもの」
「そう。私よりもあなたの方が詳しいわね。やっぱり、つき合いの長さの違いかしら」
アンジェリーナが苦笑いしながら言うとカトリーヌも肩を竦めて何ともいえない表情になる。
二人の立場は微妙な所にあるのだ。カトレアは王子を三人も産んでいるが王位継承に関して言うとヴィルヘルムの意思も関わってくる。
もし、アンジェリーナとカトリーヌが王位を狙おうとしたらとカトレアは内心、警戒しているらしい。
そこまでを考えてアンジェリーナはため息をついた。
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