第13話 舞い上がる女神様
「……はぁ。やっと帰れる」
あの後、事情を説明する為に生徒指導室へと赴くこととなり、ようやく解放された時には空は夕暮れを越えて紫色に変わろうとしていた。
「もう立花も帰ってるよなぁ」
結局、立花と話をすると言う当初の目的を達成することはできなかった。
不本意だけど明日にする他ない。
玄関に着くと、そこにはとある女子生徒の姿があった。
「……篠原」
「早河君」
俺の姿を認めた篠原が近寄ってくる。
「もしかして、俺の事待ってたのか?」
「ええ、そうよ。……早河君。少しだけ時間を貰えないかしら? 話したい事があるの」
何の話なのかはなんとなく察しがつく。
「分かった」
「ありがとう」
それから俺達は物静かな校舎の中を歩いて屋上へと向かう。
屋上に着くと、紫色の空と夕風が出迎えてくれた。
「篠原。話っていうのは朝の件についてだよな?」
無言で頷いた篠原は、頭を深く下げた。
「ごめんなさい」
「どうして篠原が謝るんだ?」
「それは……田中君が早河君に危害を加えようとした原因に私が関係しているからよ」
「篠原が責任を感じる必要はない」
田中が篠原に対して未練があったのは事実。
そして、篠原と一緒にいた俺に嫉妬してあのような愚行をおかした。
しかし、全ての責任は未練を引きずって後先考えずに暴挙に及んだ田中にある。
「それと篠原が謝る必要もない。そもそも篠原は何も悪くないし……それに篠原が謝ったら、篠原は俺と関わったことを申し訳なく思っているって事にもなるだろ? そんなの悲しいからな」
俺は篠原に負い目なんて感じてほしくない。
「……そうね。早河君の言う通りだわ。そこまで考えが至らなかったわ。気づかせてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「ふふっ」
屋上に来てからずっと曇っていた篠原の表情にようやく明るさが戻る。
そのタイミングで最終下校時間5分前を告げる鐘が響き渡った。
「篠原、そろそろ帰ろう」
「待って早河君。まだ言いたい事が残ってるの」
屋上の扉を開けようとした寸前で、篠原にそう言われて振り返る。
「早河君、ありがとう。私、とても嬉しかったわ」
ありがとう?
嬉しかった?
はてさて何のことだ?
「早河君、私のことをお友達って言ってくれたでしょ。それがとても嬉しかったの」
田中に篠原との関係を尋ねられた際、確かにそう答えた。
あれは俺の本心だ。
でも、そんなに嬉しがることなのだろうか?
「先日、ぬいぐるみを貰った時に私がお友達って言ったら、早河君が驚いた反応を見せたから不安だったの。早河君は私の事をお友達じゃなくて、ただのクラスメートと思っているんじゃないかって。私の一方通行なんじゃないかって……不安だったのよ?」
篠原は拗ねた顔で俺を睨む。
まさか篠原がそんなに悶々として過ごしていたとは……申し訳ないな。
「じ、実はあの時に篠原の事を友達だと思ってるって自覚したから……」
「……」
「……ごめんなさい」
「まぁ、いいわ。私も自覚したのはタイミングはそう変わらないし」
「ゆ、許してくれるのか?」
そう尋ねると、篠原はどこか嬉しそうにしながら言うのだった。
「ええ、今回だけ特別に……友達のよしみでね」
それから俺達は屋上を後にした。
そして篠原を家の近くまで送った後、別れ際のこと。
「そうだ、早河君。最後に一つ大切な事を言い忘れていたわ」
「なんだ?」
「もし、彼みたいに私達の関係に茶々を入れる人がいたら……私に教えてくれるかしら?」
そう言って、篠原はニコッと微笑んだ。
表情は優しいが……言葉には何か怖いものが孕んでいる。
「……はい」
俺に頷く以外の選択肢など無かった。
一体何をするのかは分からないが……改めてこれだけは分かった。
……やはり女神様を敵に回すべからずだ。
◇◇◇◇◇
———翌日。
朝、逸る気持ちを抑えながら教室へ入ると、目的の人物は既に登校していた。
俺は鞄を机に置いてすぐに話しかけにいく。
ファーストコンタクトは会釈のやり取りがあったので、これが俺と彼のセカンドコンタクトとなる。
「おはよう」
「お、おはよう。どうしたの、早河君?」
「この後少しだけ時間をくれないか? 話したい事があるんだ……立花」
◇◇◇◇◇
【玲奈視点】
これは早河君に家の近くまで送ってもらった後の話。
家に帰ってきた私は、自分の部屋に入るやいなや制服にしわができるのも気にせずベッドにそのまま寝転がった。
「早河君も私の事をお友達だって思ってくれてた……」
心の中でずっと悶々としていた疑問。
それがついに解消されて胸のつかえが下りる。
しかもそれだけではない。
今日、私は早河君と正式にお友達になったのだ。
「〜〜〜っ」
早河君から貰ったぬいぐるみを思いきり抱きしめて、足をバタバタさせる。
今、私は天にも昇る心地だった。
「ふふっ……」
早河君の前では我慢したけど、一人きりになった事でついつい頬が緩んでしまう。
それから夕御飯ができたと結奈が教えに来てくれるまで、私はずっとそうしていたのだった。
その後、制服をしわしわにしてしまいお母さんに怒られてしまったのは言うまでもないだろう。
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