第1話 ★ 屋上からの「声」 ★

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─── やよいさん やよいさん 来て ───


 2限目と3限目の間の休み時間に、すっと一筋の光が教室の中に差し込んできて。まるで天使の甘い囁きのように、弥生の耳をくすぐった。教室の周りの空気が、微かに振動する。

 弥生の席の後ろの理恵も美佐もぐっすり寝込んでいる。起こさないように、そっと席を立って教室の外に出た。

 大尊寺学園の校舎は円形校舎と呼ばれていて扇形というかバームクーヘンを均一に5等分したような形の教室が中にあって、教室の後ろはぐるっと一周出来ちゃうベランダがある。

 学園の外に面した教室からは通行人が見える。円形校舎の円心の部分には1階から6階まで続く螺旋階段が続いていて、中学1年、


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2年、と学年が下の方から順にfloorが割り当てられていて、一番上が高校3年生。

 弥生は高校2年生だから、普段は5階だ。調理実習とか、音楽教室、体育の授業の時には、別の校舎に移動する。


─── 早く来て やよいさん ───


 上の方から、声はずっと途切れなしに続いている。

 一つ上の高校3年生(受験生)に気を遣いながら、そろりそろりと螺旋階段を昇っていく。階段の色は深紅で手すりは深緑、この学園の理事長の趣味だろうか? と頭をかしげたくなるような色彩だが、それはそれで放っておくことにして。

 声は明らかに屋上から響いていた。

 屋上の入り口に着くと、四方から明るい光が一気に差し込んできて。目の前がぱあっと照らされたような錯覚を覚える───。


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 弥生は躊躇わずに、屋上に続く扉を開けた。

 円形校舎の屋上は丸くて、展望台のように四方が開けている。ところで、声の本人はどこにいるんだろう───とりあえず左回りに一周してみることにした。

 休み時間だけあって、下の方角からバレーボールをしている歓声が地上50メートルの屋上まで届いてくる。

 平日には珍しく、上空からはヘリコプターのカラカラという音が鳴り響いていて、肝心の「声」があまりよく聞き取れない。あなたはどこにいるんだろうね?


 そう思った時───。


 視界の端に、白いセーラー服姿の女学生の後ろ姿がちらっと映った。

 はっとそちらに目をやると、その女学生は振り返ってにっこりと弥生に微笑み返した。


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「はじめまして、弥生さん」

 少し茶色がかった前髪を目の上まで垂らして、髪のサイドにふんわりウェーブをかけた、どこか懐かしい記憶を見る人に呼びおこさせる少女だった。目は長いまつげがくるんと上を向いて、とにかく愛くるしい黒目がちの潤んだ瞳。

 初々しい印象を与える、小さめでピンクのROUGEを淡く引いたような唇。

 ちょっと上を向いた、生意気そうで知的なイメージを人に与える鼻。

 そして、肌が透けるように白かった。

 シミもそばかすも一つもない、弥生も負けそうなくらい綺麗な素肌。

 化粧品のイメージキャラクターにすぐにでも使ってもらえそうな、ブラウン管からそのまま抜け出してきたような女の子。


「はじめまして、私は如月 弥生。あなたは生きている人? それとも向こうの世界の


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 住人? 初めに確かめておきたいから、今わざと聞いているの」

 少女の目を凝視しながら、ちょっと意地悪く聞いてみた。


 白い夏服の彼女は、少しうつむいて白い上履きをはいた足下を見つめた。その小賢しげに尖った白い顎が印象的。

 屋上の手すりに手を掛けたまま、呟くように小さな声が漏れた。


「わたし、岡野 有希子。あなたと同じ17才だった」

 そう言って、その細い顎を上げて、雲一つない空を見上げた。

「そう……17で自ら命を絶ったの」

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