第1話 ギャル、異世界に降り立つ。

 アベカナは気がつくと、背の高い樹木が立ち並ぶ鬱蒼とした沼地へと降りていた。

 動物の声がこだまし、熱帯地域なのか妙に暑い。


「ここが異世界?なんかデュズニーってよりか、ユリバみたい。記念にトゥイッターとインズタに投げよっと……#異世界きた」

 異世界をテーマパークだと勘違いしている彼女は、SNSに写真と呟きを投稿する。


 そうした後は、スマホで地図アプリを開いて自分の居場所を特定する。

 ギャルはスマホを使いこなせるもの。異世界でだって当然の嗜みだ。


「へぇ、ここマサーゴって国なんだ。オーサカじゃないんだね。てかwifiもGPSも完備とかやるじゃん、あのメガミサマ」


「ん?なんか、近くにバジャガ村……オークの村?ってのがあるワ。オークってなんだっけ」


 アベカナはオークを検索しようと、ショート動画アプリを開くが、初期画面のまま動画が表示されない。


「あれ?wifiバリサンなんだけど、どうしてだろう?……まぁいっか、行けばわかるし。動画回してショートのネタにしよ~っと」

 集落ほどの広さがあるオークの村は、すぐ近くの場所にある。


 彼女は軽い足取りで村を目指す。ギャルはいいねの為ならどこへでも一足飛びだ。



 ◇



 集落にたどり着いたアベカナは、辺りを興味津々に見回している。中南米の部族集落の様な外観だ。


「あ~この村の感じ、部族とか出てきて一緒に踊ったり、キモいメシ食ったりするアレだ。イッテUの切り抜きで見た~」


 スマホ片手に写真を撮りながら、ずかずかと村へ入っていく。


 すると、村の中心にはりつけにされた人間の男性を見つける。


「え、なにあれ、魔法使い?なんかのショーでもはじまっちゃう感じ?」

 人間の背格好から、魔法使いの男の子だと判断できた。年は12,3歳だろうか。


 やがて魔法使いがアベカナに気づき、眼鏡ををきらきらさせながら喚き始めた。


「そこのあなた、助けてくださいぃ~!」


「お、話しかけてきた。じゃあ、これショー的な?」

 男の子はどう見ても危ない状況だが、アベカナは勘違いしてテンションを上げ始める。


「このままではボク、殺されてしまいます!!それとあなたも!早くこの縄を解いてください。そうすれば、魔法でまだ何とかなるかもしれないんです!」


「え~?あたしが解いてもツマンナイし、撮れ高ないじゃん」

 アベカナは無邪気に、スマホを男の子の顔に近づける。


「そ、その板は何ですか!?盾にでもするのですか?」


「お、スマホ知らない設定とか、キャストさんも徹底してるじゃん」

 アベカナは男の子をキャストだと勘違いしている。


「フツーはさ、ここで悪役がざざざ~って登場してきて盛り上げてくれるじゃん?……あっ、ほら!」


 アベカナが予想した通り、彼女の周りに巨漢の群れが走り寄ってきた。ものの10秒もしないうちにその集団に囲まれる。


「エサが来たぞ!またヒトの女だ!!、今日はご馳走だな!」


「エサ!エサ!」

 アベカナの倍近く大きいオークは腹太鼓を鳴らして喜んでいる。


 彼女はそんな豚声にも驚く事なく、むしろ嬉しそうに撮影している。


「これがオークかぁ、デカくてブサいしキモいし、最高じゃん」


「何言ってるかわかんねーぞ、エサ!」


「メスのエサ!ご馳走!!」


「ひいい、もう駄目だー!ボク達ここで死んでしまうんだ~!」

 魔法使いが発狂する。


「ブヒャー!」


 オークの一人が槍を思い切りアベカナに突き立てる。




「うわ、容赦なくてマジ[ウケる]」




 ガキーン!!




 アベカナがそう言うと同時に、体に突き立てられた槍が思い切り弾かれ、吹っ飛んでいった。


「ブホ!何が起こった!?」


「バリすご~!槍飛ばすとか、演技指導も完璧じゃん」

 きゃっきゃしながら、余裕で撮影を続けているアベカナ。


 それを見た魔法使いの男の子が、目を見開いている。


「何ですか……!?今の防御魔法は!?攻撃を等倍の力で跳ね返すだなんて。しかも、呪文が極めて短い……」


「なにかの偶然だ、続け!」

 槍を持ったオーク達が次々とアベカナに突っ込む。


 しかし、何かに拒絶されているかの様に、槍ごとその巨体が全て弾き返されてしまう。


「ブヒィ、なぜ攻撃が効かない……!?」

 仰向けになったオーク達は何が起こったのかわからないといった顔だ。


「プロってすげ~。ねぇこのショー無料でいいの?」

 しゃがんだ姿勢でオークに屈託の無い笑顔で話しかけるアベカナ。


「まさか……こんな事が……」

 男の子が狼狽えている。オークが倒され、安堵するはずなのに。


「エサの分際でぇ……!」

 オークの一人は気力を振り絞り、ガバっと起き上がると、アベカナにのしかかろうと向かってくる。


「お~、ちゃんと苦しんでそう!」




「マジ[ウケる]」




「ぶひゃああ!!」



 オークは数10メートルほど吹っ飛ばされ、意識を失った。


「ワイヤーアクションみたい。派手すぎてワロタ」

 アベカナがキャッキャしている横で、男の子が震えている。


「単語レベルの呪文で、高度な魔法を連発なんて……」

 アベカナを見る目は、この世のものを見ているとは思えない様子だ。



「まるで言葉そのものに宿……不条理です」



「おい、なんだこのメスは……」

 オークもアベカナにすっかり怖気づいてしまっている。


「強ぇ……エサには出来ねぇ……」


「それどころか……」


「俺達がにされる……!」


「エサ?うんにゃ。ちょっといいね稼ぎ手伝ってもらうだけだし!あ、でもそっか……」



「それってつまり、オークさんがエサって事じゃん」



「ひっ……!」

 アベカナはにこやかだったが、オーク達には捕食者の様な鋭い目つきに感じた様だ。


「ごめ、ジョーダン。オークさん達キモスゴだったしマジリスペクトだよ」

 アベカナは両手を合わせて謝る。


「撮れ高もバッチリだったから!自信持って」

 スマホの画面を見せて、満面の笑みを作った。



 アベカナがそうしていると、彼女の視線の先にある村の一番大きいやぐらから、ヒゲを蓄えた無骨なオークが出てきた。辺りに倒れているオークよりも、一際大きい。



「なにごとだ、お前ら」

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