臥龍飄飄

二度寝沢 眠子

第1話 徐州 #1

 空が蒼かった。

 雲に遮られていた陽の光が、にわかに草原を明るく照らし出す。

 千切れた紙片のような白い雲が、いくつもいくつも、目まぐるしく形を変えながら踊るように西の空へと去っていった。

 草原を渡る一迅の風が、寝転がり空を見上げる男の頬を優しく撫でる。遠く黄海を渡ってきたその風は、微かな湿気を帯びて、程良く涼しく心地良い。

 青々と茂る薊の草の匂いが、大の字になって寝ころぶ男の鼻をくすぐった。

 澄み渡る蒼天の夏空を眺め、男は大きく深呼吸をした。

 男――確かにその男は、『男』と呼ぶのに相応しい体躯をしていた。身の丈七尺(一六○センチ)を優に越える。成人男子の平均身長と比べても遜色のない、いやそれ以上に立派な体躯だ。しかし、その顔を良く見ると、意外なことにはまだ幼かった。十代前半、恐らくまだ加冠もしていない少年だろう。だが、少年というには妙に目つきが鋭く、その顔は凶相に近い。

 そして何より、その顔はあちこち青痣をつくって膨れ上がっていた。生々しい傷が、只でさえ整っているとは言い難い不細工顔をさらに醜悪にしている。まるでボコボコと煮立った粥のような顔だった。

「おうい」

 男の頭の上で声がした。少年は気だるそうに頭を回し、声の先の地平線を見やる。

 天地が逆になった視界で、一人の影がこちらに近づいてきた。

「ここにいたのか、阿亮リョーちゃん!」

 そう言って影は手を振り、汗を掻き掻きやってくる。

 阿亮と愛称を呼ばれた大柄の少年は、軽くその声を無視する。

 声の主は少年の幼馴染で、名は魏子世という。こちらは年相応の背格好で、小奇麗な身なりをしている。頬が紅くふくよかで、いかにも良いところのお坊ちゃま、という風情である。

 子世は阿亮の近くまで来ると、膝に手を当ててフウ、と一つ深呼吸をした。

「うわ! も、もしかしてこれ、全部リョーちゃんがやったのか!?」

 丘の上の様子に気づいて、子世がギョッとした顔になった。そこには、大勢の男たちが倒れていたのだ。総勢十二人。亮を中心として、丘の上のそこらじゅうに倒れこみ気絶している。ほとんどの者たちの顔にはしたたか殴られた跡があった。死屍累々。まさにそんな情景だ。

「ここはオレのナワバリだ」

 亮は寝転がったまま、空に向かってそう答えた。

 丘ではつい先ほど、激しい決闘が行われていた。相手は街でも評判の不良グループ。しかも亮よりも一回りも年が上のゴロツキだ。成人しても家事もせずに陽都の酒場にたむろす連中。亮が丘の上で寝ていたとき、たまたま居合わせ、そして因縁をつけられた。

 だから返り討ちにしてやったのだ。

「リョウちゃん……あんまり無茶するなよ」

 子世が心配そうに言う。しかし亮は無茶したつもりはなかった。売られた喧嘩を買っただけだ。相手は十人以上いたが、数など問題ではなかった。亮は生まれてから一度も、喧嘩で負けたことがなかったのだ。

 群れる連中というのは本質的に臆病だ。だからその対処方法は簡単。相手の出鼻を挫き、士気を削ぐ。相手の予想のさらに上をいく行動をすることで、集団全体に恐怖と違和感を伝播させるのだ。それは誰にも教えられない、亮がいままでの経験で知った本能的で基本的な戦術だった。

 今回も、凄味を効かせて威嚇するゴロツキのリーダーの顔面に、無言で一発お見舞いして、鼻をへし折り、頬骨より低く凹ませてやった。そして反転し逃げるフリをしつつ、追ってくる相手を足の速い順に、順番に、そして確実に仕留めて行く。もちろん丘陵という地形を計算に入れ、高低差を生かし有利なポジションをとることも忘れない。

「あんまり敵を作らないでくれよ、亮ちゃん。幼馴染の僕も街を歩けなくなっちゃうよ」

 はぁ~、と大きなため息をついて子世は首を振った。残念ながら、不良連中は喧嘩を売る相手を間違えたようだ。なんといっても、目の前に根転がるこの友人は〝諸葛の鬼童〟とレッテルを張られる、琅邪でも評判の札付きの悪童だったのだから。

「子世」

 空を見上げながら、阿亮は呟いた。

「何だ?」

「雲って……どうやって動かすんだ?」

 唐突な質問だった。子世はキョトンとした顔で、寝ている阿亮を覗きこむ。

「またワケわかんないこと言ってるなぁ、リョーちゃんは」

 子世は呆れた顔をする。

「そりゃ、雲を動かすには、風を吹かせればいいのさ」

「風か」

 そう言って、阿亮は再び沈黙する。その視線の遙か先には、たなびく無数の雲が虚空の大海原を航行していた。

「団扇で仰ぐぐらいじゃ、無理だよな」

 そう言って、阿亮は片手を空へと掲げ、五本の指をワシワシと動かした。

 子供の手にしては、充分過ぎるほど大きな拳だった。それこそ、ゴロツキの十人や二十人は相手できるほどの。しかし、雲を動かすには、この手はあまりに矮小に過ぎる――。

 そんなことをぼんやり考えていると、痺れを切らした子世が声を昂らせる。

「何、莫迦なこと言ってるんだよ。早く行こうよ。父上が待ってる」

 そう言って踵を返す子世。阿亮は面倒臭そうにゆっくりと上体を起こす。

 立ちあがると、同い年のはずの子世より、頭一つ分は大きかった。体も逞しく胸板も厚い。

 少年が歩きだそうとしたそのときだった。

「む」

 薊の花の生い茂る草原の丘陵の向こうに、彼は、影を見た。

 まるで蜃気楼だった。草いきれの陽炎の向こうに浮かびあがる、人影。

 それは少女だった。屈んで薊の花を摘む、一人の可憐な少女。

 阿亮は軽く目を擦ってその姿を見返す。

 しかし、再び見えたときには、その少女の姿は、まるで幻のごとく消え去っていた。

 夏の空の下、刹那に見た幻想――。

「早く!」

 立ちつくす亮に、遠くから子世の声が響く。

 阿亮――若き諸葛亮は振り返り、ノソリとその後について草原の丘を降りて行った。


 *   *   *


 まったくもって子供らしくない子供だった。

 今年で数え十二になる。

 諸葛亮――後の字は孔明――は光和四年、西暦でいうと一八一年。徐州琅邪ろうや国陽都県に生を受けた。琅邪国は山東半島のつけ根あたりにある郡で、陽都県は現在の山東省沂南県付近に位置する。

『諸葛』という、中国でも珍しい二字性の由来は諸説ある。一族の長老であった亡き曾祖父の主張によると、琅邪国諸葛家は前漢・元帝の時代に活躍した諸葛豊という人物の末裔だということである。諸葛豊は気骨ある人物で、司隷校尉という政府の要職を勤めた傑物で知られている。

 『亮』という言葉は、太陽が燦然と輝くという意味である。名付け親は母の章氏。日に日に陰りつつある世相の中、一族の未来への光明を託した名だった。

 しかし、生まれて間もない孔明は、そんな母の願いとは正反対の雰囲気を持つ赤ん坊だった。普通の赤子よりも一回りも二回り大きな体格で、幼児だというのに妙に目つきが鋭かった。赤ん坊のくせにめったに泣かず、それでいて笑うこともない。肉親が抱いても他人が抱いても、一言も喋らずにむっつりとして、抱いた者の顔をじっと、ただひたすら凝視している。その瞳は、見つめられるとなんだか居たたまれない気分になる魔力があるようだった。

 在り程にいうと、まったくもって可愛いげのない赤ん坊だったのである。

 歳をとり、言葉を覚えた後も、孔明は相変わらずの性格だった。ただ、元々大きかった身体は日増しにグングンと伸びていき、十歳になると、その身の丈は父親を軽く凌駕した。そしてその体格もゴツゴツとした岩のように逞しく変貌し、目つきは鋭い三白眼。その眼力はギロリと睨むと小心者なら怯むほどの威圧感だった。

 しかしそんな亮だったが、決してリーダーシップをとるような子供ではなかった。どちらかというと控え目で消極的な印象さえある。自らは決して無茶をするようなタイプではなかったが、売られた喧嘩は数多く、そして結果負け知らず。地元の大人たちには一目置かれていたが、反面、何を考えているか分からない奴と、同年代の子供たちには気味悪がられてさえいた。

 そしてついた渾名が〝諸葛の鬼童〟。


 阿亮――少年諸葛亮は草原からの帰路、魏子世と一旦別れ、家へと帰宅した。

 諸葛亮の家は邑の中でも大きな部類に入る屋敷だ。しかしその屋敷はあちこち痛んで潰れかかっている。先々代ぐらいまでは羽振りのいい、界隈でも一番の富豪だったというが、埃の堪ったボロ屋となった屋敷は、もはやその栄華を見る影もない。

「おかえりなさい」

 屋敷の上がり端で、女が出迎えにきた。

「まぁ、怪我をしたの? 手当をしなきゃ……」

 亮の顔を見て、心配そうにアタフタとするこの女性は、母の弘氏だ。といっても義理である。彼女はつい最近、父が迎えた後妻だ。丹楊の豪族出身で育ちが良く、今年で二十五歳になる可憐な女性だった。亮とは十三しか離れていない。

「…………」

 亮は無愛想に手当をしようとする義母に無言の拒否を示す。

 その態度に、弘氏は戸惑ったような悲しい顔になった。いつものことだった。

 亮はどうもこの若く美しい母親が苦手だった。別に嫌いではない。しかし彼女が嫁いできて早一年。今だに彼は彼女にどういう態度で接していいか分からないでいる。

「ほっときなさいよ。義母様」

「またどっかで喧嘩でもしてきたんでしょ? 反抗期なのよ、アイツ」

「どんなに殴られても、今以上不細工にはならないわよ」

「そんなことより、お酒、お酒」

 姦しい声が弘氏の横から聞こえる。二人の実姉、瓊と瑛。女所帯の諸葛家の中心的な存在だ。年子で双子のように瓜二つ。いつも一緒で二人仲良く諸葛家の台所を切り盛りしている。喧しいが気立ては良く、年の近い弘氏とも意外と仲良くやっているようだった。

「……誰か来てんのか?」

 亮は姉に聞く。

「父上のお客。いつものことよ」

 バダバタと配膳を整えつつ、姉が答える。亮はふぅん、と鼻を鳴らした。

 それは、諸葛家のいつもの夕餉の風景だった。


「おう、帰ったか。亮」

 廊下を歩いていた亮に、部屋から呼ぶ声がした。

 父親の珪だ。いつもの如く酒を飲んでいるようだ。

「おい、亮、今日はとても偉い先生がきてるんだ。こっちきて挨拶の一つもしろい」

 挨拶は嫌いだ。なんせ愛想笑いができない。亮は相変わらずの仏頂面で、嫌々父のいる部屋に顔を出した。

「ほぅ、良い面構えですな」

 父の対面にいる客人が、亮の顔を見て言った。

 意外だ。顔を褒められたことなんて初めてだ。亮に睨まれたら、犬や猫でも叫んで逃げる。

 客人は初老の男で、白い筋の混ざった立派な髭を蓄えていた。

「貴君の自慢のご子息は、将来、有望ですな」

「そうでしょう、そうでしょう」

 珪が上機嫌になって、客人の盃に酒を注ぐ。

「いや、さすがは天下の人物批評家、許子将先生。噂に聞く月旦評の特別講演ですな。いや、コイツはまだ十二のくせにこの図体のデカさ。ゆくゆくは歴史に名を残す豪傑になるに違いないですわ。さすが良く分かってらっしゃる!」

 珪の言葉に、許子将先生と呼ばれた客人は、フフンと笑って唇を酒で濡らす。

「いや、単なるおべっかですよ。諸葛珪殿の息子なら、褒めないと後で誰に何を言われるか、わかったもんじゃないですからな」

 そういって許子将はわっはっは、と笑う。珪も「こりゃまいった」と頭を掻いて笑った。

 なんだかインチキ臭いジイサンだ、と亮は思った。そもそも人物批評家という身分自体、胡散臭い。父親の連れてくる客には、もちろん立派な人物も沢山いる。が、今日の客はどうやらはずれのようだ。亮は不器用に頭を下げると、そそくさと奥の部屋へと引き籠った。


 亮の実父は諸葛珪と言った。字は君貢。孔明が生まれた時、二七歳だった。つまり今年で三十九、男盛りだ。しかし、本人は早くも隠居を決めこんで、働く気などまったくないらしい。

 彼はかつて、泰山郡の副知事をしたこともある、未来を嘱望された官吏だった。しかしどういうわけかある日突然、職を辞して、早々に出世に見切りをつけた。

 それからというもの、家財を工面し日銭を稼ぎつつ、故郷で自適な生活を送っている。

『諸葛の若旦那』と言えば、巷では甲斐性無しの道楽者をさす言葉として笑われるほどだ。

 元々諸葛家はそれなりに財産のある家だったので、当分は安泰であるが、それとて亮の成人になるまで持つかどうか知れたものではない。家族を顧みない道楽者。まったくもっていい身分である。

 しかし、かといってこの男が皆から嫌われていたかというと、決してそういうわけではない。

 諸葛珪は確かに小男で風采はイマイチだったが、温厚で気前がよく、いつも笑顔を絶やさない陽気な性格の持ち主だった。

「友は玉璧」と、珪は口癖のように言う。彼はとにかく陽気で人好きのする男だった。

 そんな彼だから、かつて副知事をしていたときに結んだ縁故を、ことのほか大切にした。そうすると人と人が繋がり、友は新たな友を呼ぶ。そうしていつしか彼の屋敷には、彼の人柄を見こんでひっきりなしに客がやってきていた。中には遠方から訪ねてくる者もいて、そんなとき諸葛珪は必ず家を上げて、最高のもてなしで客人を遇するのだ。才覚には疎く、人の上に立つ器もなかったが、彼はそれなりに魅力的な人物だった。

 諸葛亮の母、つまり諸葛珪の最初の妻は章氏といった。貞淑で楚々とした良妻だった。

 もっとも孔明の記憶の中に彼女との思い出はない。何故なら章氏は彼が三歳の時、弟の均を出産した直後、すぐに病を拗らせて亡くなったからだ。

 そんなわけで、諸葛珪には孔明を含め五人の子がいた。上から長男の瑾、長女の瓊、次女の瑛、そして次男の亮と三男の均である。亮の七つ年上の謹は、聡明さを買われ、五年前から都の私塾へと留学中であった。

「やはり、洛陽での相国暗殺の噂は本当なのですな?」

 隣の部屋で、父の声がした。さきほどの笑い声から一転、何やら深刻な口調だ。

「瑾は――息子は無事でしょうか?」

 いつもは陽気な父の声が心なしか震えているような気がした。

「心配めさるな、諸葛殿。昨年、連合軍に攻められ董卓が都を焼き払ったとき、すでにご子息は事前に洛陽を離れたと聞いております。ご子息の通う私塾を経営されていた喬玄殿は信頼に足る人物です。それに彼は反董卓連合の首謀者、東郡太守橋瑁殿の親戚縁者です。事を起こすに身内をみすみす見殺しにはしますまい」

「感謝の言葉もございません。瑾を貴方にお任せして良かった」

 はぁ、と珪は安堵のため息とともに謝辞を述べる。

「いえいえ、私はただ、紹介したに過ぎません」

 亮は身支度を整えながら、二人の話を聞くともなしに聞いていた。

「とにかく、董卓の都での暴虐ぶりは目に余るものでした。天に見放されるのもまた、当然の結末でしょう」

 許子将が答える。董卓? 聞いたことのある名前だ。と亮は記憶を辿る。

「しかも、その殺され方が壮絶です。なんといっても殺したのは、奴と親子の契りを結んだ呂布という男。まさしく腹心中の腹心でしたから」

 呂布、董卓――亮はふと思い出した。確か魏子世が言っていた都の偉い将軍様たちだ。彼いわく、宦官という、チンポを無くした役人たちを追い出し、力のなくなった天子様を助けた勇敢な武将たちだという。その武将たちが、今度は仲間割れってことか?

「しかし、これで天下は一段と乱れるでしょうなァ」

「それが私が都の生活を捨て、遠くこの地にやってきた理由です」

 許子将が深いため息をつく。

「董卓によって焦土となり、もはや洛陽は都の体を成しておりません。天子の御座す長安では、董卓の一党であった李カク(イ隹)という男が、呂布を都から叩き出し、暗殺の主謀者である司徒の王允を殺して実権を握っています。しかし所詮は涼州の野蛮人。天下どころか城内の統治さえもおぼつかない始末。近い将来、仲間割れでもして自滅するのは目に見えております」

「天下まますます乱れるばかりですな。しかしここは徐州、ここまでくればもう命の危機はありますまい」

「いや……」

 許子将はそこまで言ってグイッと盃を開ける。すかさず酒を注ぐ珪。

「今日、こちらにお邪魔して、都からはるか離れたこの地にも、動乱の爪跡は及んでいることを嫌というほど感じました」

 許子将の鋭い視線に、珪はギクリと真顔になる。

「みてください」

 そう言って許子将は傍の袋から、ドサリと塊を取り出した。それは銅貨だった。紐で括られた大量の銅銭。その量は軽く五百枚はある。

「都で通用されている五銖銭です」

 珪は促され、銅貨の束を持ってみた。ズシリと重い。

「董卓が鋳造した粗悪な通貨です。こいつのせいで、もはや金は金の価値をもたなくなっています。これだけの量なのに、子供の駄賃さえの価値もありません――私は陽都に馴染みの芸妓がいるんですが、この金を出したら問答無用で追い出されましたよ。いやはや、金の切れ目が縁の切れ目、とはよく言ったもので……」

「災難ですなぁ」

「まったく、飛んだ〝美女連環の計〟です」

 許子将はワッハッハと笑う。しかしその目は笑っていなかった。笑い事ではないのだ。

「琅邪はいい地です。しかしそんな場所でさえ、ゆっくりと死の影が近づいているのが分かります。かつては歌に聞こえた陽都の色街も、今や火が消えたような有り様。一昔前の黄巾党の乱よりこっち、世の中は荒んでいくばかり。巷には飢えた百姓や山賊、夜盗の部類が跋扈しているのです」

 許子将の顔には深い憂いが見て取れた。今宵はあまり良い酒にならそうだ。もっともこのご時世、浮かれて酒を飲む能天気な男など、中原のどこを探してもいないだろう。

「まぁ、飲みましょう、ささ」

 そう言って陰気を陽気で吹き飛ばす珪。前言撤回。ここにいるこの能天気な若旦那だけが唯一の例外だ。

「そういえば、夜盗といえば……」

 珪がはたと気づいた風に手を叩いた。そして呆けたような顔になって頭を掻く。

「今日、そのことで県令殿の屋敷で会合があることを忘れていました」

「ほぅ。いいのですか? こんなところで酒など飲んでいて」

「なぁに、大丈夫です。息子の亮を使いに出してあります」

 そう言って、珪は酒をグイッと煽り、プハーッと酒臭い息を吐いた。

 当分終わらない酒宴の様子に辟易し、亮は人知れず自室を後にした。

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