20 たからもの、別れ、幼なじみ
その話の続きはこうだ。
骨董品店の店長は、きっと酔っ払いのいたずらで、きれいな石もガラスか何かだと思ったらしい。話の種にはなるからと、石のひとつをポケットに入れ、お昼ごはんを食べに出た。お店にいたらいいなと思っていた幼なじみがちょうどいたので、その話をした。
幼なじみは見せてもらった石を借りて帰り、隣の町の宝石商に見せた。するとその宝石商はその石を、幼なじみが見たことのないような金額で買い取ると言った。幼なじみはびっくりして、これは借りているものだからと言って断った。
でも、幼なじみはそのことを、骨董品店の店長にも言わなかった。やっぱりガラスだってよ、と言って返して笑い合った。そしてその晩、幼なじみは、玄関前に出たままになっていた傘立ての壺を、中に入っていた石ごと盗み出して、二度と港町には戻らなかった。
それで終わりの話だった。そのあと壺がどうなったのかはわからないけど、アリスはそれより店主のことをかわいそうだなと思った。店主は壺のせいで、大切な幼なじみをなくしてしまったので。
ほかにもいろんな話が入っている。残りは家で読もうと思ったアリスは、本を閉じると立ち上がり、カウンターに向かった。
ルカがカウンターに戻っている。メイユールさんはいない。アリスはルカに本を差し出しながら、聞いた。
「ワタライさん、最近来ましたか?」
ルカは目を細めて本を受け取ると、無言で貸し出しの手続きをした。そういえばルカは最初、アリスのおばあちゃんがどんな本を借りたのかは教えてくれなかった。マーゴによればそれは大事な秘密だから。だとしたらワタライさんが図書館に来たかどうかとか、それがいつなのかも、大事な秘密なのかもしれない。
アリスは本を差し出してきたルカに言った。
「わたしもあの壺の秘密、わかっちゃったかもしれないです」
「それは僕に伝言を頼んでいるの?」
ルカは少し意地の悪い笑みを浮かべている。アリスも負けずにニヤリと笑った。
「違います。でも、キャロットケーキおいしかったです、とは伝えてもらってもいいです」
「なにそれ」
「ネモ店長のところでごちそうになりました。ワタライさんが焼いたんだそうです」
「そうなんだ。意外な特技だね」
アリスはうなずきながら本を鞄にしまうと、それじゃ、と言って図書館を出た。
玄関前の階段を降りると、向こうからワタライが歩いてくるのが見えた。アリスは思わずワタライの手元を見たが、今日は壺は持っていないみたい。アリスは深呼吸するとその場で、ワタライが来るのを待った。
アリスが気づいたよりはあとで、ワタライはアリスに気がついた。前回見たときよりはシャツがパリッとしている(でもまだルカとは全然違う)ワタライは、ふらりと手を上げてアリスにあいさつしながら、アリスの前まで来ると立ち止まった。
「帰るところ?」
「そうなんですけど、お礼と、あと報告があって、待ってました」
「お礼と報告?」
「ノーチラスで、ワタライさんが焼いたキャロットケーキをごちそうになりました。すごく美味しかったので、そのお礼です」
ワタライは、無精髭の生えた口元をほころばせた。
「結構よくできてたでしょ」
「マーマレードも美味しかったです」
「ほしいなら少し残ってるから、あげるよ」
アリスは食いつきかけて、でも踏みとどまった。
「それはうれしいんですけど、その前に報告があります」
アリスが、壺のことなんですけど、と言いながら鞄を開けようとすると、ワタライはそれを制止するようにアリスの鞄の蓋に手をおいた。
「あの壺は持つべき人が見つかった。だからもう終わり」
「持つべき人?」
「ああいう曰く付きのものはな、在るべき場所、持つべき人がいるんだよ」
「持つべき人、誰だったんですか?」
ワタライはやんわりした笑顔で、秘密、と答えた。
「それを調べたくてこの町に来たわけだからねえ。苦労の末得た成果をそう簡単には教えないよ」
「それって、もうこの町には用事はないっていうことですか?」
アリスは不意に不安になり、自分でもその不安の原因がよく分からないまま尋ねた。ワタライは、でも、その不安を的中させることで、アリスに不安の原因をはっきりさせた。
「まあ、その人のところに渡しにも行きたいし。だからここでご協力いただいた面々にはお礼参りをな。ノーマンのところもそれで」
「じゃあ今日はワイラーさんに?」
「いや、あいつはものは一切受け取らないって拒否してきたから。今日はただの別れのあいさつ。ついでにお嬢ちゃんにも会えてよかったよ。数日中には発つ予定だから」
アリスは唾を呑み込んだ。ワタライはどこかに行ってしまうらしい。アリスは一瞬うつむいてから顔を上げた。
「あの」
「なに?」
「ネモ店長が、エドは詐欺師だからねって」
「ちょっと。こんな人のいるところで滅多なこと言うなよ」
ワタライは、そんなことは言いつつも、全然慌てていない。アリスはしっかり、ワタライの目を見て言った。
「わたしのことは、だましたことありますか?」
ワタライは苦笑いしながら、「ないよ」と言った。
アリスは、じゃあいいです、と言いながら一歩下がった。
「ちょっと行ってきて、また戻ってくるんじゃなくて。お引っ越しするんですね」
「そうするつもり」
「じゃあ今言わないと。ありがとうございました」
アリスは深々と頭を下げると、では、と言ってワタライをその場に置き、横断歩道に向かって歩き出した。
本のお話はずっと昔のことで、だからそんなことはあり得ないのだけど、ワタライが壺を渡しに行く「持つべき人」が、きっと後悔しているだろうあの幼なじみのことだといいな、とアリスは思った。
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