どうやらラブコメフラグが立っているらしい従姉妹との同居生活。
梅海人
第1話 嵐、来たる
朝日を見ると死にたくなる。
今も、遮光カーテンの上部の隙間から朝日が線を描いて部屋を区切るみたいに差し込んでいる。その線が伸びるのに比例して、俺の精神もキリキリと蝕まれていく。
キツイ仕事があるわけでも、憂鬱な学校に行かなければいけないわけでもない。むしろ大学を一回生の途中で精神的に病んでドロップアウトした俺は、今やただの引きこもりがちなフリーターだ。しかし、だからこそ朝が来ると死にたくなる。社会のレールから外れて転落し早一年、もはや戻り方が分からない俺は、それでも時間は止まらず進んでいることを思い知らされるこの朝日が大嫌いなのだ。
週2で入っているビデオショップのアルバイトも今日は無いし、現実逃避にとりあえず昼まで寝よう。特に何をするでもなく夜通しいじっていたパソコンから離れベッドに移動する。頭まで羽毛布団を被ると視界は真っ暗になる。
ああ、これが至福だ…。
少しずつ寒くなり始めた11月。一番冷え込むこの時間に羽毛布団にくるまって眠るのが最高なのだ。
温もりと安心に包まれ瞼が次第に重くなる。多分起きた後絶対死にたくなる事とか、夜寝れなくて絶対死にたくなる事とかは考えずに今はただこの羽毛布団からもたらされる温もりを享受していたい。
そうまどろんでいた最中。
バン!と、乱暴な音をたてて、俺しか触ることを許していないはずの部屋のドアが開く音がした。
「起きろニート」
聞き覚えのある声、絶対に忘れるはずのない声が頭から降ってきた。
なんで急に?
驚きのあまり布団から動けずに固まっている俺をまだ寝ていると思ったのか、声の主は俺の部屋を遠慮なしに突っ切り、洗濯バサミでしっかりと閉められていたカーテンを勢いよく開けた。長い間動いていなかったカーテンレールが悲鳴じみた声をあげて、暴力的なまでに眩い太陽光が俺の部屋を押し潰すように振り注いだ。
「
思わず身体を起こして布団から顔を出す。
ろくに掃除もしていない部屋に舞う埃が、大きな窓から溢れんばかりに差し込める太陽の光を反射してキラキラと嘘みたいに光って見えた。
「やっと起きたか」
宙を舞う埃の奥、大きな太陽を堂々と背負ってこちらを見つめる翠と目があった。長いまつ毛に縁取られた、ゆるく吊り上がったアーモンド型の瞳が俺を射抜く様が、逆光にも関わらずよく見えた。
「お早う。久しぶり、
「
約一年ぶりに会う同い年の従姉妹、
太陽に照らされて艶めく少し癖のついたロングヘアーがふわりと肩甲骨のあたりで揺れている。真っ黒なロングコートで全身を包んだ翠は見惚れるほど様になっている。
「喜べ一志。引きニート生活は今日で終いだ」
まるで物語の始まりのような、それでいて終わりのような倒錯した空気を纏っていて、翠にはそれがよく似合っていた。
不覚にも俺はそれに期待してしまった。さっきまで羽毛布団に包まれていた身体が冷たい外気に晒されて、高揚にも似た感覚と共に鳥肌が全身を支配した。
このクソみたいな生活が何か変わる予感がする。またコイツと、翠と一緒なら…そんなことを思った。根拠など無いけれど。
翠は小さな体を反らすように大きく息を吸って三日月型に口を開いた。
「人の金で焼肉を食いに行くぞ!」
…あ、別にそんなことなさそう。
サラサラと砂のように散っていく期待と膨らんでいく恥を横目に、俺は小さく口を開くことしか出来なかった。
「……俺は、ニートじゃなくてフリーターだ」
世界一情けない訂正は儚く眩い朝日に溶けて消えた。
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