終章 普通の王女の幸せ
ep.28
ガサッと足下の落ち葉を踏みしめる。
俺――――ヴェルトは、王宮を出て裏手、つい最近狩りを行った山の方へと歩みを進めていた。
足下が悪く、少し気を抜いてしまえば転んでしまいそうだが、俺がそんなへまをするわけもない。
下に視線を向けず、俺はただまっすぐに目の前を行く男の背を見つめて、安定した足取りで歩く。
「それで、どこまで行くんだ」
「もう少し、もう少しですので」
先ほどから同じような会話を何度も繰り返している。
俺もだんだんと辟易してきていた。
事の発端は、数十分前。
執務室でいつものように1人で書類を裁いていると、俺を訪ねる者があった。
それは、シュヴェル王国からの外交官の1人だった。
にやにやとした笑みを浮かべた彼は、レヴィン殿下が俺と内密に話したいから自分について来てくれ、と言った。
明らかに怪しい誘いではあったが、レヴィン殿下の名前を出された以上ついて行くほかなく、俺は素直に彼に従ったのだ。
危ないのかもしれない、とも思う。
一応部屋を去る際、丁度執務室に戻ってきたランスにレヴィン殿下に呼び出され執務室を留守にすることは伝えたが、罠かもしれない話について行くのは良くないことだろう。
知らない人にはついて行くな。幼子でも知っていることだ。
だが、俺は俺の強さを知っている。
誇張でも自慢でもなく、俺は今剣術の力を誇るシュヴェル王国において、最強だと自負する。
ならば、自ら罠に赴き、その真意を確かめるのも悪くない戦法なのだ。
前の男は終始ヘラヘラとしてつかみどころがない。
そういう人物は得てして要注意人物だというのが俺の経験則なので、少しばかり警戒を高める。
その時、ピタリと目の前の男が止まった。
山に入ってすぐの所だった。
「つきましたぁ」
「ほう?どうやら、レヴィン殿下の姿はないようだが」
「ああー、そうですねぇ」
ねっとりとした男の声が、耳にへばりついて気持ち悪い。
俺はさりげなく腰の柄に手を置きながら、周囲に視線を走らせた。
遮蔽物は多い。木々が乱立しているため剣を振るには少々厄介。
だが、あくまでそれは“少々”だ。
俺にとっては問題ない。
足下が悪いのも、俺の問題にはならなかった。
「もう1度だけ、聞く」
「・・・・・・・」
「レヴィン殿下は、どこだ?」
俺は完全に柄を握り、全身から力を抜いて反射的な動きをできるように備える。
男は、ゆらりと身体を揺らした。
「レヴィン殿下、はぁ」
男が、首だけでこちらを振り返る。
「そんなの、知りませんよお」
俺はまばたきする間に剣を抜き、男に肉薄する。
剣の切っ先を男に向け、ためらいなくそれを振り下ろす。が
「あー、やだやだ。怖い怖い」
俺の背後から、男の声が聞こえた。
勢いよく振り向くと、にやにやとした男が背後に立っていた。
どうやって。俺は、ずっと奴を捉えていたのに。
「転移魔法ですよ」
答えは、案外あっさりと教えられた。
「知りませんよねぇ。シュヴェル王国の人は。あーこれだから嫌なんだ」
俺は再び男に肉薄し、今度はさらにスピードを上げて男の身体を突き刺す。
「ちょっと、話の途中ですよ。これだから剣なんかを使う人は。野蛮で敵いませんねぇ」
男はまたもや俺の背後に転移していた。
俺は横目で奴をにらみつけ、ゆっくりと剣を下ろした。
「本当に剣は美しくない。魔法はこんなにも美しいのに。ああ。嫌だ。美しくないものは嫌いだ」
ゆらゆらと、男の身体が揺れる。
「嫌だ。嫌だ。美しくないものは嫌だ。貴様は美しくない。“血の鬼神”など、おぞましい」
「・・・・・・・」
「ああ。おいたわしい。この世で最も美しく尊いあのお方の夫君が、この世で最も醜い血の鬼神とは。ああ。おいたわしや」
男はすっかり自分の言葉に酔いしれているようで、「おいたわしや」と繰り返している。
俺はすっかり冷めた視線で男を見下ろす。
先ほどからなにを言っているのか分からないが、ようは、リアラに俺はふさわしくないと言いたいのか。
・・・・・・・そうだな。そうなのかもしれない。だが、俺は
「ああああああ。嫌だ。嫌だ。考えれば考えるほどに虫唾が走る!」
その時、男が急に全身をかきむしり始めた。
その異様さに、俺は眉をひそめた。
まずいな。これは。早く決着をつけなければ、風向きが悪くなる。
そう思い、俺はするどく構えをとった。
だが、少し、遅かった。
瞬間、男が動きを止め、どす黒い光を瞳に宿す。
「殺す」
「・・・・・・・っ」
息をのむと同時、首にヒヤリとした空気を感じ身をくの字に折る。
目だけを元いた位置に向け――――信じられない思いを抱く。
なんだ、あれは?
どす黒いなにか、だった。
どす黒いもやが鋭利な刃となり、俺を襲っていた。
本能で、察知する。あれは、危険だ――――
「よけてんじゃねえよ!!!」
怒号とともに、奴が俺に刃を向ける。
が、それも間一髪でよけた。
そして、俺は攻撃に転じようと足を一歩前に進める。
もう、一歩。あと少しで、奴に剣が届く距離になる。
俺は、勢いよく踏み込んだ。
捉えた――――っ
俺の攻撃に対し、奴は、刃で剣を受け止めようとするのでも、剣をよけようとするのでもなく、ただ腕を伸ばしてきた。
馬鹿か、と思った。腕を伸ばすだけではなにもできない。
俺はそのまま剣を奴に振り下ろし、奴の手が、俺の胸に、触れた。
ドクリ
がくりと足から力が抜け、崩れ落ちる。
心臓が、ドクリドクリと音をたてる。
身体の内から、なにかが、俺の身体を壊す。
・・・・・・・なにが、おきた。
「ふっはははははは!私の、勝ちだアアアアアアア」
奴の耳障りの悪い叫びを聞きながら、俺は視界がぼやけてくるのを認識する。
まずい、意識が。
かすんでいく、視界の中。遠くなっていく、聴覚の中で。
「旦那様・・・・・・・っ」
彼女を捉えたような、気が、した。
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