ep.26
「レイア様」
ビクリと彼女の身体が震える。
「私は、貴女を許せない。母に嫌がらせをしたこと、心労をかけたこと。・・・・・・・呪いを野放しにしたこと。全て、墓前に謝って欲しい」
私はそこで視線をついと大広間の扉の方に向けた。
「・・・・・・・私の罰は、どうなるの」
レイア様は、もはや全てを諦めたような目でそうこぼす。
私はそれに、興味がなさそうに鼻を鳴らした。
「そうね。謹慎10カ月ってところかしら」
「は?」
レイア様は、気の抜けたような声をもらす。
口もあんぐり開けて、私を見つめた。
「どうして・・・・・・・。私のやったことを考えれば、国外追放、母国送還、死刑だってありえるのよ」
「そうかもしれないわね」
「そうかも・・・・・・・って」
確かに、私のこの判断を聞いた人は全員、そんなの甘すぎると言うだろう。
実際、父様にレイア様の刑罰について進言した私の隣にいたレヴィン兄様からも指摘を受けた。
だが、私にとってこの女が受ける刑罰など、かけらも興味がないのだ。
むしろ、重い罰を与えて自分の記憶に、この女のことが残るほうが嫌だった。
「貴女は母の死に直接関与したわけではない。呪いのことも、全てはカルロがやっていたことなのでしょう。だから、これでいい」
「なん、で。だって」
「ああ、私に毒を盛っていたこと?私のことはどうでもいいのよ。私に対する全ての悪事はなかったことにしていいわ。どうでもいいから。だけど、それ以外は、全て、忘れることなど許さない。一生、恥じて、後悔して、惨めに生きて」
私とレイア様の視線が交差する。
レイア様の瞳が1度グッと細められたと思ったら、レイア様は私に絶対服従を示す臣下の礼をとった。
「かしこまりました」
私は、ひとまず落としどころを見つけられたと、詰めていた息を吐く。
だが、私の横にいたもう1人が、聞き捨てならないことを聞いたとばかりに身を乗り出す。
「おい、リアラ。毒とはなんだ。その話は聞いていない」
「あー、それは兄様が気にする必要のないことです」
「だが」
「この話はいったんここまで。ほら、レイア様のお迎えがきましたよ」
私の言葉に、レイア様と兄様が同時に大広間の扉を見やる。
そこではちょうど、扉がゆっくりと開いていくところだった。
扉の奥から、ある人物が、姿をあらわす。
「陛下・・・・・・・」
ファクト・ヴィル・ア・ソルシエール。ソルシエール帝国の国王であり、私たちの父だ。
父様は、1度大広間にいる私たち3人の顔を順繰り見ると、最後にレイア様のところで動きを止めた。
緋色の瞳と菫色の瞳が見つめ合う時間がしばらく続く。
・・・・・・・どのくらい経っただろうか。
父様はレイア様から視線を外すと、私とレヴィン兄様に目を向けた。
「2人とも。この場は私が責任を持って預かる。そろそろ王国に戻った方がいいのではないか?」
「そうですね。置いてきた人形も万能ではありませんし」
私は父様の言葉に素直にうなずいて、ふと、聞き忘れていたことを思い出す。
「最後にひとつだけ。レイア様、カルロは一体何者なのですか?あの男は、今どこにいるのですか?」
レイア様は、私の問いに少し考えるように間を置いて口を開く。
「今どこにいるか、は分からないわ。王国に行ってから、連絡をとれなくなってしまったの。何者なのか、もよく分からない」
「え?どういうことです?カルロは、あなたが拾ってきたのでしょう?」
「ええ。そうよ。けど、カルロは最初から得たいが知れなかった。不気味で危うい青年だった。私も力が欲しくて、使える駒が欲しくて迎え入れたけれど、お互い本当の意味で信用し合ったことはないわ」
そう言って、レイア様はくちびるに指をあて軽くうつむく。
「王国に帰るなら、早い方がいいかもしれないわね」
と、唐突にレイア様がそう口にする。
「カルロが何をするのか、私にも分からない。あなたのいない王国が今どうなっているか。早くカルロを見つけないと、大変なことになるわよ」
私はサッと血の気が引く。
カルロ・リディル。現代で、私の目の前で呪いを扱って見せた男。
もし、王国で旦那様になにかあれば
「兄様、早く帰りましょう!」
「ああ」
私は急いで大広間の一番開けた場所を探す。
来た時もそうだったのだが、私の長距離転移魔法によりものの数秒で帝国と王国を移動する。
転移魔法は、転移する距離が長くなるほど、転移させる人数や物の個数が多いほど難しくなる。
なにかイレギュラーが起きたときのためにも、転移魔法を展開するには広いスペースが欲しい。
私はちょうどいいポイントを見つけると、足早にそちらへ移動する。
「兄様、こちらです!」
レヴィン兄様は、しばらく己の母親をじっと見つめていたが、私の声に視線をはずし、こちらに駆け寄ってきた。
レヴィン兄様が魔法発動範囲内に入ってすぐに、私は転移魔法を作動させる。
「レヴィン」
王国へ、今まさに転移しようという瞬間、レイア様がこちらを振り返った。口元には、小さな微笑みが浮かんでいる。
その視線は、レヴィン兄様へ。
「ダメな母親でごめんなさい。――――――。」
転移完了。
私は辺りを見回して、確かにシュヴェル王国王宮内の自室に戻ってきたことを確認した。
レヴィン兄様は一緒ではない。
彼は、彼の自室に転移するように設定している。
その時、バタバタとこちらに駆け寄ってくる者がいた。
「リアラ様!お帰りなさいませ!」
ラナだ。
たくさん心配をかけてしまったのだろう。
ラナの顔から、安堵していることがはっきり伝わる。
「ただいま。ラナ」
私も、ラナの顔を見て、帰ってきたのだという実感を得た。
「どうされたのですか?」
と、ラナは、眉根を寄せて心配そうに私の顔をのぞきこむ。
あら、顔に出ていたかしら。出したつもりはなかったのだけれど、さすがラナね。
「なんでもないわ」
私はそう言って微笑む。
ラナは不服そうだが、こればっかりは言えそうになかった。
私の脳裏にこびりついているのは、あの別れ際にレイア様がレヴィン兄様に向けた言葉。
最後の一言はよく聞こえなかったのだが、あれはなんと言っていたのだろう。
・・・・・・・いいえ。詮索することではないわね。
私は自分の中で区切りをつけ、落ち着いた雰囲気を再び切り替えるように顔を引き締める。
「ラナ、やるべきことがあるわ」
「承知いたしました」
私の雰囲気を変化を察したラナも、キリリとした顔つきになる。
そう。私はやらなければいけないことがある。
また、大事な人を失う前に。
私は、早速動き出すべく部屋のドアへと歩みを進めた。
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