ep.19
「思い出、ではないのですが」
「お、なんだなんだ」
私は、兄様が一体何を語るのか、でまかせを言うのか、なにがきても対応できるように身構える。
「リアラは、ますますリリア様に似てきたな」
へ・・・・・・・?
私は、兄様の言葉に頭が真っ白になる。
リリア、は、私のお母様――“終わりの聖女”の名前だ。
どうして、兄様の口からお母様の名前が出てくるの。
「申し訳ない。今は、シュヴェル大公夫人、だったな」
兄様の、私に向けた瞳が、ほんのわずかに温かみをおびる。
私は、口を半開きにして、声を発することができない。
兄様の発言に真っ先に反応したのは、陛下だった。
「リリア・・・・・・・?聞いたことのない名前だな。ソルシエール帝国の王族に、そんな名前のお方がいらっしゃるのか?」
ハッとして陛下の方を見ると、陛下は、全てを見通そうとするように私とレヴィン兄様を交互に視線を向けていた。
隣の旦那様からも視線を向けられているのを感じる。
私は、どうしても旦那様の方を見られずにいた。
そして、理解する。
お母様の存在は、他国に対して秘められていたのだ。知らなかった。
ならば、聖女の血脈が途絶えてしまったことも、旦那様たちはご存じないはず。
お兄様は、それ以上なにかを言うことはしない。
私は、どうすれば
「リ、リリア様は、リアラ様の遠い親戚のお名前です。ねえ、リアラ様」
「え、ええ。もう、亡くなってしまったのだけど」
兄様が何も言わないので、外交官が代わりに言い訳をひねり出した。
彼らも、兄様の発言に動揺を隠せないようだった。
私も、なんとか同意を示す。
陛下は、これに納得されるのか。私はゴクッと唾を飲み込んだ。
「そうなのか!リアラに似ているというそのご婦人に会ってみたかったものだが、亡くなってしまっているとは残念だ」
陛下の快活な笑みに私は胸をなでおろす。
だが、安心はできない。この陛下は、優しそうに見えて隙の無いお方だ。
とりあえず、一山越えた、くらいに思っておくべきだろう。
その後、晩餐はなにごともなく進み、私は、食堂をあとにした。
夜、私はお屋敷の私室、ではなく王宮の割り当てられた休憩室でベットに腰掛けていた。
今日からしばらく、私も王宮で寝泊まりすることになったのだ。
つまるところ、簡単な身柄の確保だろう。
兄様がこちらにいる間は、目の届くところに私もいてほしいといったところか。
明日には、ラナも王宮に来る予定だ。
私は、なんとなく眠れずにベットの上で足をぷらぷらとさせている。
窓の外の夜空を見上げると、星がきらきらと輝いている。
「きた」
ぽそっとつぶやき、私はベランダに出る。
隣の部屋は旦那様なので、バレないようになるべく気配を殺す。
私の瞳は、紫水晶と黄金に星に負けない程に輝いていた。
私は、ためらいなくベランダの柵に足をかけ――――飛ぶ。
重力に従って私の身体は地面に落ちる、ことはなかった。
私の身体は上昇し、屋根の上に降り立つ。浮遊魔法を駆使した方法だった。
そして、私は、旦那様の部屋の方向に同じく浮遊魔法で降りようとしていた人に声をかける。
「こんばんは。ここでなにをしているの?」
「リア、ラ、様・・・・・・・!?」
それは、兄様が連れてきた外交官の1人、手袋をしていた人物だった。
夜闇に溶け込むような黒いローブを着ているが、間違いない。
「なんとなく嫌な魔力を感じてきてみれば。旦那様になんの用かしら」
「・・・・・・・」
「なんの用かしら」
重ねて聞くと、彼はにやにやとした笑みを浮かべて口を開く。
「いやー、夜の散歩ですよ。私のちょっとした趣味でして。それにしても、なにをしている、はこちらのセリフですよ。リアラ様こそ、なにを」
「嘘をつかなくてもいいわよ?」
ピタッと彼の動きが止まる。
「ねえ、お願いがあるの」
「・・・・・・・なんでしょう?」
「手袋を、はずしてみてくれない?」
「手袋、ですか?ええ、もちろん――」
「左手の、ね」
彼は、右手の手袋を外そうとしていた手を止める。
私は一歩、彼に近づく。
「ねえ、どうしてはずさないの?」
「・・・・・・・」
もう一歩、近づく。
「なにか、見られたくないものでもあるのかしら」
「・・・・・・・」
歩みを、早める。
「そうね、たとえば」
「・・・・・・・」
彼の左手を、つかむ。
彼は手を引こうとしたが、間に合わない。
「斜めに走る傷跡、とか」
「・・・・・・・っ」
私は、彼の手袋をはぎとった。
その手の甲には、斜めに走る傷跡がハッキリと刻まれていた。
ルーの記憶の中の、黒いローブの男のものと、同じだ。
「あなたが、ルーを呪ったの」
「ルー?なんのことだ?」
「あなたが・・・・・・・っ!」
バッと勢いよく男の顔を仰ぎ見て、そのままの勢いに任せて、胸ぐらをつかむ。
「どこで呪いを知った!!どうして呪いを覚えた!!どうしてそれを他者に向けた!!!」
メラメラと燃える怒りが、私の胸を焼け焦がすようだった。
許せない。
呪いの恐ろしさは私が一番知っている。
だから、全て滅ぼした。聖女として。なのに、どうして
「知っていることを全て話せ!!!!」
私の怒号に対して彼は、にやりと笑った。
「あー、怖い怖い。やめてくださいよぉ。もぉ」
「は?」
「いいんですか?そんなに叫んで。この下、血の鬼神の寝所なんでしょう?」
「問題ないわよ。防音効果のある結界を張っているもの」
軽薄な態度に、イライラが募る。
彼は、笑みをさらに深くした。
「ああ。その瞳。この魔力。あなた様はやはり力ある人だったのですね!」
「は??」
彼は、胸ぐらをつかまれながら私を見つめ、うっとりしたような気持ちの悪い顔をする。
「ああ。ああ。そうですよね。分かっておりましたとも。終わりの聖女のご息女が、半端者なんかであるはずがない!」
ぶわりと、彼の魔力が膨張する気配を感じ、バッとつかんでいた手を放す。
なに!?
彼、いや、奴を中心に、どす黒い魔力が拡がり、泥沼のような状態になる。
私は、数歩後退することを余儀なくされた。
そのどす黒い泥沼は、私にとって見覚えがあった。
「まさか・・・・・・・っ」
「大変申し訳ありません。リアラ様」
奴に目を向けると、胸に手をおき、頭を下げていた。
「時間になってしまいました。本当は、血の鬼神を始末してあなた様を自由に身にして差し上げたかったのですが・・・・・・・またの機会になりそうです」
「ま・・・・・・・っ」
「それでは、またお会いしましょう」
手を伸ばすが、届かない。
奴は転移魔法で一瞬にして姿を消した。
あとに残るのは、どす黒い泥沼のみ。
「ちっ」
まったく、とんでもない置き土産をしてくれたものだ。
あの泥沼は、ただの魔力の塊、ではない。呪いを具現化した澱みだ。
そして、その泥沼からは――――呪獣が、とめどなく湧き出してくる。
「めんっどくさいわね」
兎や狼、猿といった動物の姿をした呪獣が、泥沼から姿を現す。
そのどれもこれもが、どす黒い魔力を垂れ流し、瘴気を放ち続けていた。
あれは、ルーのような罪のない動物を呪って呪獣にした、というわけではないだろう。
呪いが具現化した、極めて自然発生型に近い形。
なら、私の敵ではない。
私は、襲いかかってくる呪獣に目もくれず、祈るように手を組む。
瞬間、私を中心に黄金色の波動が生まれる。
「おやすみなさい」
黄金色の波動に触れた呪獣は、ジュワッと音をたてて浄化される。
私に近づくこともできない、けど。
「このままじゃあ、まずいわね」
泥沼を浄化しない限り、呪獣は湧き続ける。
大元を叩かなければ、キリが無い。
それに、今はまだ抑えられているが、そのうち私の浄化も間に合わなくなる。
そうすれば、王宮が、陛下が、フレアが、旦那様が、危ない。
「気合い入れるわよ、私!」
私は、一歩前に踏み出す。
今のままの距離じゃ、泥沼を浄化できない。近づかないと。
けど、それは私が呪獣の発生源に近づくということで、怪我をする可能性も上がる。
「上等じゃない」
明日にはラナがいる。多少の怪我は問題ない。
それよりも、早急に今の状況をなんとかするには、無理にでも呪獣の発生源に近づくしかないのだ。
聖女の力の行使と移動は、同時には行えない。
魔法の力で呪獣をおさえて、一気に発生源に近づいて聖女の力全解放、これでいく!
「いくわよ」
聖女の力一時解除まで、3・2・1
「ゴー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます