ep.3
「ラナ、見て!ここがシュヴェル王国よ!」
「なんだか、全体的に青いですね」
私たちの乗った馬車は、とうとうシュヴェル王国の王都に到着した。
馬車から見える街並みは、帝国とは全く違っておもしろい。
建物は全てレンガ調だし、屋根などは全て青色に染められている。
帝国は、ほとんど建物は岩造りで、色彩は紫のものが多いから、とても新鮮だ。
行き交う人々の顔もいきいきとしていて、とても良い国だと言うことが分かる。
その国の豊かさや、平和の度合いは、その国に住む人を見れば分かる。
「ラナ、あそこに売っている食べ物はなにかしら。とてもおいしそうよ」
「そうですね。少し生活に慣れてきたら、王都の散策もしてみましょうか」
「そうよ。そうしましょう!」
前世では、始まりの聖女として教会から出してもらえることがほとんど無かった。
国を出るなどもってのほかで、2度目の人生にもかかわらず、見るもの全てが新鮮だ。
馬車は、王都の大通りをまっすぐと進んでいく。
人で賑わっている地区を越え、ずっとずっと先へ進む。
「ねえ、王都に入ってから、もう結構経っているわよね?どこまで行くのかしら」
「そうですね。私たちが行くのは、大公閣下のお屋敷と聞いていますが・・・・・・・こんなにも人気のない方にあるものなのでしょうか?」
一抹の不安を抱えながら、私たちは馬車に揺られる。
結局、大公のお屋敷に着いたのは、王都に入ってから1時間後のことだった。
キッと音をたてて馬車が止まる。
護衛の騎士が扉を開けてくれたので、エスコートされながら馬車を降りた。
そして、目の前にそびえたつ、これから私たちが暮らすお屋敷を見上げる。
「なんて、大きさ・・・・・・・」
それは、とても壮麗なお屋敷だった。
街にある建物と同じく青を基調としたレンガ調だが、その大きさが桁違いだ。
屋敷の前に広がる庭園も、見渡すほどに広く、色とりどりの花が咲いている。
しかも、ここは、王宮の裏手という立地だった。
文字通り、王の背中を守っているのだろう。
想像以上に、大公と国王の絆は深いらしい。
「奥様。使用人一同、心よりお待ち申し上げておりました。私、この屋敷で執事長をしております、ソルダと申します。ぜひ、ソルダとお気軽にお呼びください」
「分かったわ。ソルダ。よろしくね」
私は、目の前で頭をさげる壮年の執事と、侍女に目を向ける。
私たちの出迎えをしてくれた2人だ。
私の旦那様になる予定の人は、見当たらない。まだ、日も沈んでいないし、仕事中なのだろう。
「第1王女殿下」
護衛の騎士に声をかけられ、私は軽く振り返る。
「私たちは、これにて、帝国に帰ります」
「分かったわ。ここまでご苦労様」
彼らは、私に対して一礼すると、さっさと踵を返して屋敷を出て行く。
私も、それ以上馬車に目を向けることはなかった。
「さあ、これからここで世話になるわね。私はどこに行けばいいのかしら?」
「・・・・・・・え、ええ。こちらに。奥様の部屋を用意しておりますので、ご案内させていただきます」
ソルダはどうやら、私の護衛をしていた騎士があんなにもあっさり帰ると思っていなかったらしく、少し慌てた様子を見せた。しかし、すぐに切り替えて手を屋敷の方へ伸ばす。
私は、荷物をラナに任せてソルダの後について歩いた。
屋敷に入ると、メイン扉の両脇に一列になって控えていた使用人たちが一斉に頭を下げる。
「奥様、ようこそお越しくださいました」
その数、ざっと50人。
大公の屋敷にしては、少ない気がする。
だが、教育が行き届いている良い使用人たちだということが、美しいお辞儀から分かった。
「さ、奥様。長旅お疲れになったでしょう。本日はこちらのお部屋でお休みください。明日は、婚姻の儀でございますので、朝になったら侍女が数名お支度のお手伝いに参ります」
ソルダに案内された部屋は、実家の王宮よりも広く、豪華絢爛では無いが、掃除の行き届いた上品で綺麗な部屋だった。
「そう。ありがとう。ところで、なのだけれど」
「はい」
私は、部屋を去ろうとしたソルダを呼び止めて気になっていたことを聞くことにする。
「旦那様とは、いつ会えるのかしら?」
「そ、れは・・・・・・・申し訳ございません。旦那様はお忙しい方でして、私どもも旦那様の予定を全て把握しているわけでは無く」
「そう。ならいいの、ありがとう」
ソルダは、1度頭を下げて立ち去った。
「リアラ様」
ラナが、不安そうな瞳で私を見つめる。
私はラナが言わんとすることを察して、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。ラナ。まさか、結婚前に一度も顔を合わせない、なんてことあるわけないじゃない」
「そうですよね。さすがに、そんなことはありませんよね」
私たちは、うふふ、と笑いながら顔を見合わせる。
その後、私は夕食と湯浴みを済ませ、ぐっすりと眠り、次の日の朝を迎えた。
――旦那様と一度も顔を合わせること無く。
「奥様いきますよ!せーのっ」
「ぐっぎ」
私は、数人の侍女によってコルセットでぎゅうぎゅうに腰を締められていた。
いつまでもこれには慣れない。
しかも今日は、婚姻の儀を行うということで、いつもよりも念入りに、よりキツく締められている気がする。
コルセットを限界まで締め上げるために、朝ご飯も抜きだ。
ちなみに、旦那様がこちらに顔を見せる雰囲気は無い。全く無い。
「奥様、綺麗です!」
お屋敷の優秀な侍女たちのおかげで、あっという間に花嫁衣装が完成する。
鏡を見ると、シンプルな白いドレスに身を包み、髪も結い上げた自分と目が合った。
正直、似合っているかどうか全く分からなかったので、私はラナを見やる。
「ラナ、私、似合っているかしら」
「リアラ様はいつもお綺麗ですが」
「ラナ・・・・・・・」
全く当てにならなかった。
仕方ない。ドレスの似合い具合は気にしないことにしましょう。
本当は、事前に1度くらい旦那様に会いたかったが、もう時間も無かった。
婚姻の儀は、王宮内のチャペルで行うのだという。
私とラナはまたもや馬車に乗り、王宮へと向かったのだった。
チャペルの、鐘が鳴る。
私たちの婚姻の儀は、あれよあれよという間に始まりの時を迎えた。
私は、チャペルの扉の前で、自分が呼ばれるタイミングを待っていた。
隣には、私をエスコートしてくれるという男性が立っている。
名前は・・・・・・・なんといったか、忘れてしまった。
なにせ、私は今、非常に緊張している。
ラナはあくまで私の付き添いなので、チャペルの中までは入ってこれない。
王宮内の私に用意された控え室で、1人帰りを待ってくれている。
ちなみに、初めて王宮を見た感想だが、一言で言えば、青いだった。
青い壁、青い装飾、青い屋根。しかし、その青はしつこくなく、全体的に上品に、清潔感があってまとまっている。
建築家のこだわりがつまった最高の一品なのだろう――とかなんとか、婚姻の儀とは違う方向に現実逃避をしてしまうくらいには、緊張している。
なぜなら、婚姻を結ぼうという旦那様と一切顔を合わせていないから。
ありえない。ありえないでしょう。
結婚するのよ?家庭を築くのよ?
旦那様と初めて会うのがチャペル、だなんて、なんて笑えない冗談かしら。
「リアラ様。お時間でございます」
「え、ええ」
エスコート役の男性に声をかけられて、私は彼の腕に手をかける。
いよいよだ。
ギイッと音をたてて、重そうな扉が目の前で開く。
その先には、この国の貴族なのであろうたくさんの殿方がこちらを見て拍手をしていた。
その視線は、こちらを値踏みするようなものがほとんどで気が重くなるが、こればかりは仕方が無い。
それに、今の私には、そんな視線よりももっと気になることがあるのだ。
まっすぐなバージンロードの先には、私の旦那様が待っている。
本当は、今すぐ駆け出して、その人となりを知りたいところだが、ぐっと我慢して言われたとおりのスピードで、ゆっくりと歩く。
そして、とうとう、エスコート役から旦那様へ私の手が引き渡される。
隙を見て、私は旦那様の顔をチラリと盗み見た。
――綺麗
深く深く、どこまでも沈んでいってしまいそうな群青色の瞳。
ふわふわとした、確実にさわり心地のよさそうな濃紺の髪。
輪郭は繊細で、人形のような無機質な肌をしている。
それから、顔から下に目を移す。
剣を扱う人特有の、節のある手。しっかりとした体格。
おそらく、相当な実力の持ち主。私とどちらが強いのか。
見た目としては、とても良いと言わざるを得ない。
・・・・・・・だが
私の方を、一切見ようとしない。
どうやら、大切にしてもらう、ということは望めなさそうだ。
「汝 ヴェルト・ディン・シュヴェルは、リアラ・ヴィリ・レ・ソルシエールを妻とし、生涯をかけて愛すると誓いますか?」
「・・・・・・・誓います」
私は、旦那様から視線を外し、前方の牧師に目を向ける。
「汝 リアラ・ヴィリ・レ・ソルシエールは、ヴェルト・ディン・シュヴェルを夫とし、生涯をかけて愛すると誓いますか?」
「誓います」
ここはもう、腹をくくるしかない。
私には、帰る場所なんてないのだ。この人の妻として、しばらくはやっていかなくては。
最悪、逃げてしまえばいいのだし。
こうして、私と旦那様は、晴れて夫婦となった。
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