転生した伝説の聖女は、普通の王女ライフを謳歌したい

茉莉花菫

I 紫水晶と黄金

第1章 普通の王女の嫁入り

ep.1


 私――リアラ・ヴィリ・レ・ソルシエールは、普通の王女である。


 バサッという音と共に、まぶたの向こうの光が目に突き刺さる。

「リアラ様。おはようございます。朝でございます」

「ん・・・・・・・おはよう、ラナ」

「さあ、お支度の時間ですよ。シャキッとなさいませ」

「んー」


 信頼できる頼もしい侍女が1人いる、普通の王女。


 鏡台の前に座り、ラナに支度をしてもらっている自分を見つめる。

 クリーム色と薄紫のオッドアイと紫紺のふわふわした長髪もつ16歳の少女が、鏡の向こうで眠そうに目をまたたいている。

「リアラ様。本日のお飾りはどういたしますか?」

「んー、いつものでも良いけれど、もう結構古くさいし・・・・・・・。新しいのなかったかしら」

「申し訳ございません。お飾りはこれが全てで」

「え?この前、城下町の宝飾店が王家にって、装飾品を贈呈しに来てたでしょ?あれはどうしたの?」

「・・・・・・・申し訳ございません。第2王妃様が、リアラ様には今あるもので充分だろうと、リアラ様の分も持って行ってしまって」

「あー、そう。それなら、そのガーネットのやつでお願い。それ、お気に入りだから」

「かしこまりました」


 母の身分が原因でちょっとした嫌がらせを受けている、普通の王女。


 私は自室の一角にある小さなテーブルの席に着く。

「リアラ様。ご朝食でございます」

「ありがとう。今日も美味しそうね」

「そうでございますね。それでは、失礼いたします。」

 その一言を合図に、ラナの左目に紫色の魔法陣が浮かび上がる。

「本日は、こちらのスープに毒が入っております。他のパンとメインは問題ないかと」

「そう。分かったわ。それにしても、あの人たちはスープに毒を入れるのが好きね」


 毎回の食事に毒を盛られる、普通の王女。


「そういえば」

「ん、なあに?」

「いえ、お伝え忘れていたことがございました」


 ただ、今日は


「先ほど、ご昼食は王族御一家で御一緒するとの言づてをいただきました」

「あら、めずらしいこともあるのね」


 少し普通ではないことが起きそうだ。


 ~~~~~~~~~~~


 私は今、久々の家族全員が集う食卓に向かっている。

「あ、見て。半端者よ」

「ほんとだ。嫌なもの見ちゃった」

 コソコソと、隠す気があるのかないのか分からない侍女のささやきと嫌な笑い声が、聞こえる。

 私の右斜め後ろを歩くラナが鋭い視線を向けようとしたので、それを手で制した。

「リアラ様」

「だめよ。ほっておきなさい」

 ラナから、抗議をするような雰囲気を感じる。

 そこまで想ってくれるのはありがたいが、あれくらい、いちいち気にしていたらキリがない。

 そうこうしているうちに、食堂に着いてしまった。

 私が扉の前に立つ従僕に目配せすると、ギイッと扉が開けられる。

「いってらっしゃいませ」

 ラナが一緒にいられるのはここまでだ。

 腰を折り、頭を下げるラナに見送られ、私は扉の中に一歩踏み入れた。


「あら、お姉様じゃない。顔を全く見ないから、お隠れになってしまったのかと思いましたわ」

 私が食堂に入った途端にそう口にしたのは、第2王妃のご息女の第2王女である。一応、私の腹違いの妹に当たる。

「本当ね。元気そうで何よりだわ」

 そう、心にもないことを口にするのは、青いドレスで着飾った第2王妃だ。

 この場には、声を発した2人以外にも、父である国王陛下、第1王妃と第3王妃、腹違いの兄弟である第1王子から第3王子がいる。

 彼らは、何を考えているか分からない視線をこちらに向けていたり、興味がなさそうに手元に視線を向けていたり、と様々だ。

 私を除く国王の子どもたちは、鮮やかな菫色の瞳をしている。

 紫の濃い菫色の瞳は、王家が誇る強い魔法の力を宿していることの証左なのだ。

 私は、声をかけてきた2人に向けて1度カーテシーをし、当たり前の顔で扉に一番近い下座に座る。

 視界の隅で、第2王妃と第2王女が顔をしかめたような気がしたが、目を向けることはない。

「さて、皆そろったようだな」

 食堂に響いたのは、陛下の声。

 瞬間、席に着く全員が陛下の方を注目する。

「今日、わざわざ集まってもらったのは大事な報告があるからだ」

 陛下はそう言うと、私たちをグルリと見回し――私の所で動きを止めた。

「リアラ」

「はい」

「お前に、婚姻の話がきた」

 ・・・・・・・まあ、予想していなかったわけではない。

 いつもならありえない昼食の誘い。どう考えても、私に関する話があるのだろうと思っていたが、そういう話だったか。

 私は特に何も言わず、陛下の次の言葉を待つ。

「相手は――シュヴェル王国の大公だ」

「シュヴェル王国の大公様、ですって!?」

 陛下の声に一番に反応したのは私、ではなく第2王女だ。

 それから、ぱっと私に喜色のにじむ瞳を向ける。

「あらあらまあまあ、お姉様。シュヴェル王国の大公様と言えば、冷酷無慈悲、血の鬼神とも噂される方ではないですか!・・・・・・・もし、噂通りのお方なら、お姉様はどんな目に遭うか・・・・・・・ああっ、想像しただけでも恐ろしいですわ!でも、そんなに心配なさらないでお姉様。噂通りでない可能性だって、無いわけではないのですから!」

「おい」

 早口の甲高い声を遮る中低音の声。

 それは、私の腹違いの兄にあたる第1王子だった。

「それ以上は、隣国の大公閣下に非礼になる。控えろ」

「む。はーい」

 静かな叱責に、潔く席に着く第2王女。こういうところは素直なんだよな。

「リアラ」

 私は、陛下の名前を呼ぶ声に再びそちらに目を向ける。

「行ってくれるな」

「はい。陛下」

 私が短くそう言うと、陛下は満足したらしい。

 私が一切おびえるような仕草を見せないので、第2王女は不服そうだが、それ以上なにか言うこともなかった。

 それ以降、私は口を開くことはなく、王族一家での食事は、私を除いた人々で朗らかな会話も交わされながら、つつがなく幕を閉じた。


「リアラ様」

 自室に戻ると、私は真っ先に長椅子に飛び込んだ。

 そのままクッションをひっつかみ、それをしかと抱きしめる。

 そんな私を見下ろして、ラナが眉根を寄せていた。

「なに?今は私たちしかいないんだから、これくらい許しなさい」

「そうではなく。食堂で、何をお話しされたのですか」

 まったく、察しの良い侍女だ。

 私は、長椅子で居住まいを正すと、ラナを見上げた。

「私の婚約者が決まったの」

「それは。おめでとうございます」

「相手は、シュヴェル王国の大公だそうよ」

「・・・・・・・」

 ラナも、彼の噂は知っているようだ。

 複雑そうな色を瞳に宿している。

「・・・・・・・冷酷無慈悲な血の鬼神様に嫁ぐ、か。噂通りか、はたまた噂以上なのか。私の命は最悪、どうなってもいいってこと、なんでしょうね」

「リアラ様・・・・・・・」

「ねえ、ラナ。これって」

 私はふう、と息をつく。


「とっても、普通の王女、みたいじゃない!?」


 キラキラと目を輝かせる私に、ラナは額を押さえ、分かりやすくため息をついた。

「あなたはどうして、いつもそうなのですか」

「そう、ってどういうことよ」

「どうして、そんなに脳天気なのか、と聞いてるんです。今までの、こっそり退けられるような危機じゃないんですよ?」

「けど、どんなことがあっても、絶対、なんとかなるわ」

「あなたのその自信はどこから、はあ。いえ、分かってますけれど」

「そうそう。私のことは、あなたが一番分かっているでしょう?ラナ」

 そう、私の“どうにかなる自信”は根拠のないものではない。


 私には、前世の記憶があるのだ。


 前世で私は、今や伝説となっている"始まりの聖女"だった。

 正確には、今と同じでソルシエール帝国の王女だったわけだが、特別な力を神から授けられ、始まりの聖女として国を守る役目を負っていた。

 ちなみに、始まりの聖女わたしの血は、現在まで脈々と受け継がれており、教会という名の王族に対抗する大きな一門として君臨して、いた。

 “いた”と過去形なのは、代を重ねる度に血は薄くなり、聖女の力は徐々に弱まってしまったからだ。

 聖女を立てることで絶大な権力を持ってきた教会は、聖女の力が弱まれば当然 権力も弱まる。

 そこに、前々から教会を邪魔に思っていた王族が介入し、聖女の一門は壊滅した。

 ただし、血が完全に途絶えたわけではない。

 しっかりと流れているのだ――リアラわたしの体の中に。

 私の母は、"終わりの聖女"だった。その弱まった力をなんとか相続するべく、代々強い魔法の力を誇る王家と縁を結んで第4王妃となり――これが王家の策略だったわけだが――子をもうけた。

 しかし、生まれた子どもリアラは、聖女の力も魔法の力もほとんど持たない、半端な存在だった。

 聖女の力を表わすのは黄の瞳で、魔法の力を表わすのは紫の瞳。

 瞳の色が濃いほどに、その力が強いとされている。

 が、子どもの瞳はクリーム色と薄紫色のオッドアイ。

 どちらの力も完全に継承していない、半端者。

 半端者を生んだ王妃は王に見限られ、他の王妃にも嫌がらせを受け、ついには心と体を病んで身罷った。

 母が亡くなった瞬間、私は"始まりの聖女"であった記憶を取り戻したのだ。

 生まれ変わった私が望むことは、ただひとつ。


 普通の王女になりたい。


 前世では、さんざんもてはやされ、神格化されてきた。

 そんなのは、もう うんざりなのだ。

 冷酷無慈悲な血の鬼神に嫁ぐ?上等!前世に比べたら、普通の王女らしくて最高じゃない!

「ですが、リアラ様。もし、本当にお相手が噂通りのお方で、早々に追い出されてしまったり、命を奪おうとされたらどうするのですか?」

「そうね。その時は、逃げて行方をくらませてしまいましょ。どうせ、この国には帰ってこられないでしょうし。あ、もしかしてラナは嫌?もしそうなら、ここに残っても良いのよ」

「ふふ、ご冗談を。私は、地獄の果てまでリアラ様にお仕えすると誓った身です」

「地獄の果て、はやめてちょうだいね・・・・・・・」

 ラナの笑えない冗談はさておき。ラナがずっと着いてきてくれるのなら、百人力だ。

 私は死ぬことはないが、生活力は皆無。もし、平民として生きることになったら1人では廃人になってしまう。

「とにかく、明後日には出発するそうだから、早々に荷物をまとめてちょうだい」

「かしこまりました」

 優秀なラナは、この説明だけでテキパキと荷造りを開始する。

 一方の私は、これから直面するであろう出来事に、ワクワクと武者震いをしていた。

 窓から空を見上げ、シュヴェル王国があるであろう方向を見据える。

 さあ、いよいよ、始まる。

 私の普通の王女生活ライフはこれからだ!








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