第6話 謀反の疑い 修正版

 23年に発表した「政宗が秀吉を殺していたら」の修正版です。実はPCの操作ミスで編集作業ができなくなり、新しいページで再開したものです。表現や文言を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。


空想時代小説


 11月に入り、めっきり寒くなったころ、とんでもない報が政宗にもたらされた。成実(24才)と小十郎(35才)が呼び出された。

「川島と針生の両名から、同じような密書が届いた。どうやら大崎氏(43才)と葛西氏(55才)が談合して、謀反を企んでいるようだ。兵糧や武器の確保をふだん以上にしているとのことだ。それに、目付の川島も針生も近くに寄れぬという。こそこそしているのはあやしい。どう思う?」

 成実は戦のことではないので、小十郎に目をやった。おまえが話せという合図である。

「お館さま、ここはまず真偽を確かめなければなりませぬ。大崎殿。葛西殿だけでなく、重臣も読んで問い詰めた方がよいと思います」

 と小十郎が言うと

「拙者もそう思う」

 と成実が言った。政宗はあきれたが、智略のことを成実に聞くこと自体、無理があると思った。

「それでは、早速召し出せ」


 数日後、政宗と成実・小十郎の前に、大崎氏と葛西氏が召し出された。政宗の脇に座る成実は、刀をいつでも抜けるように左に置いている。大崎氏と葛西氏は当主の前ということで、刀を右に置いている。当主の前で刀を左におくのは無礼とされている。謀反と疑われても仕方ない行為である。二人は成実が左に刀を置いているので、緊張していた。

「大崎殿、葛西殿、よくぞ参った。本日は確かめたいことがあり来ていただいた」

「お館さま、何なりとお聞きくだされ。なんのやましいことはござらん」

 と二人は返した。そこで、小十郎が詰問を始めた。

「では一つ目、昨今通常よりも多い兵糧や武器を集めているということだが、これはいかに?」

「それは、北条攻めに備えての蓄えでござる」

 二人は、当然のことという顔をして答えた。

「まだ北条を攻めるとは決めてはおらんが」

「小十郎殿、我らにも情報を寄せる者がおります。昨今のお館さまの動きを見ればわかること。真田が降ってきた時に、北条攻めは時の問題と政宗家中の者は皆そう思っております」

「では二つ目、目付の川島と針生を遠ざけているとのことだが、これはいかに?」

「お二人がそのように申し出たのですか? 特に他意はありませぬ。病で伏せっておりましたし、特に川島殿と話をする必要もなかったからです」

 とシラッとした顔で大崎氏は答えた。葛西氏も

「奥方が病で奥にいることが多く、私も針生殿と話をする必要がなかったからです」

 とこれまた平然とした顔で答えた。二人の言い逃れに、小十郎はじれったく感じた。そこで奥の手の質問をした。

「お二人に、北条の密偵が訪れたという話があるのだが・・?」

 かまをかけた質問をした。大崎氏と葛西氏の表情が一瞬変わったのを政宗と小十郎は見逃さなかった。

「そ、そんなことはありませぬ。もし、そんな者がきたらすぐに報告いたします」

 と声を荒げて答えた。

「それでよい。二人は別室で控えよ。次に重臣たちと目付の二人を呼べ」

 近侍の武士が、二人を離れた別室に連れていき、代わりに重臣の二人と目付二人を呼んできた。4人は隣の部屋に控えており、先ほどのやりとりを聞いていた。大崎家重臣一栗氏(50才)と葛西家重臣富沢氏(55才)そして、川島氏(35才)と針生氏(39才)も同席した。小十郎が詰問を始めた。

「重臣のお二人、先ほどの話を聞いていてどう思われる?」

「兵糧や武器の購入は、殿より北条攻めのためと聞いております。病の件は、たしかにそうでありましたが、それほど思い病とは思えませんでした」

 一栗氏が答えた。

「葛西家も同様です。ただ、殿の奥方は病ではなかったと思います。奥にこもってはおられましたが、医者を呼んだという話は聞いたことがありませぬ」

 富沢氏が答えた。二人の目付は、それみたことかという顔をしている。

「北条の密偵のことは?」

「私どもは何も聞いておりませぬ。ただ、ひと月ほど前に、夜中に虚無僧と会っていたという話を聞きました」

 という一栗氏の答えに

「こちらもそういうことがありました。そういえば、兵糧や武器の調達の命はその後でござった」

 細川氏の答えに、小十郎はかまをかけた甲斐があったと内心ほくそ笑んだ。

「うむ、よくぞ話してくれた。そなたたちの忠心は無駄にはせぬ。北条攻めの際には、よろしく頼むぞ」

 と言って、4人を帰した。

「小十郎、お主のかまにひっかかったの。さて、どうする?」

「大崎殿と葛西殿には蟄居引退で充分だと思いまする。家臣団には謀反の意志がないので、つぶすよりは生かした方がいいと思いまする。ただ、葛西殿には俊信(17才)という嫡子がおりますが、大崎殿には子がおりませぬ。ここはお館さまの縁戚の中から養子をだして後を継がせては?」

 年があけて、1993年正月、政宗の縁戚である義宗(15才)が、大崎家の当主となり、大崎義宗を名乗った。葛西家も俊信が当主となった。一栗氏と富沢氏はどちらも筆頭家老となり、実質的な当主となった。また、川島氏と針生氏は役目を免ぜられ、自分の領地へもどった。二人にとっては、重い役目だったので、ホッと一安心というところである。

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