シュー★ファミ!只野くん

海月くらげ

第1章 スキル発動家族会議

入学! 探索者養成学園

今日の塔は、厚い垂れこめた雲の上から、周囲をにらみつけ威圧している。


先ほどから、路面のホコリが舞いあがる、あの匂いがしていたので、もしかしたら来るのかな、とぼんやりと考えながら歩いていたら、これから校門をくぐろうというときになって、只野翔太は、ほおや手の甲に、細かな水滴があたるのを感じた。


翔太は、ついに降ってきたなと、空を見上げる。


白い塔が、学園の斜め向こうに、そびえ立っている。全高1万メートルの威容は、今日は、雲の下の部分しか見えていない。


低く垂れこめた雲を突き抜けて、自分だけは、今も晴れた青空をおがんでいるのだろう。うらやましいかぎりだ。


中央高校の校門前には、ホロアドバイズ機器が設置され、ゲートの奥の校舎正面玄関口へと、新入生を誘導する案内を点滅させている。


ホロフォントには、第三十四期新入生スキル検査会場とある。


都立探索推進中央高校は、名称に中央とあるが、建っているのは塔の東側だ。


現在、塔の東西南北にひとつづつ、4つの初級探索者養成学校がある。


もとは、中央高校のみだったのだが、需要の大きい探索者の育成のため、つぎつぎに増やされたという経緯がある。


翔太が、校門の広いゲートをくぐろうとするときには、校庭の地面や、翔太の歩いている軟化緩衝アスファルトの、そこかしこに、水滴のシミが増え始め、急速にその数を増やしていった。


翔太は、学園生活初日から、濡れネズミはゴメンだぜ、とばかり校舎の玄関に向けて駆けだした。


翔太は、下を向いて走っていたが、正面玄関のベースをのぼる階段が見えてきたので、視線を上げるついでに、もう一度、ちらりと、塔に目を向けた。


なにも、初日から雨を降らしてくれなくってもなぁ。


せっかくのパリッパリの制服である、美園に会うまでは、まともな格好をしていたいのだ。


別に、塔が雨を降らすわけではないし、天気予報のお姉さんが今日の天気を決めるわけでもないが、翔太は、誰かに文句を言いたい気分である。


ベースの階段を上りきると、翔太は、不満げなため息を吐きながら速度をゆるめ、新しい制服のそでを、ぽむぽむ、と払いながら正面玄関の採光シェイドの下に、無事、避難するのであった。


ぎりぎりセーフだ。


「……ふぇ~~……」


「きゃっ!」


「あ、ごめん……!」


美園綾香は、突然、後ろから不満げな声がぶつかってきたもので、ビックリして、身を縮め、後ろを振り返った。


背中まである、つやのある黒髪がフリンジといっしょにゆれる。


美園の見知った顔が、彼女の顔のすぐ近くで、目を見開いて、固まっている。


「あ、み、美園……」


「た、只野くん?」


「あ、わ、わ、わりぃ! い、いやっ、ほらっ、雨が降ってきちゃってさ、ガッコー初日から、濡れネズミとかいやじゃん、走って、あんまり前、見てなくってさ、あはは、あ、ってか、美園は、大丈夫だった? 雨」


女性フェロモンの甘い香りと、軽く薄いシャンプーの匂いが、雨が舞いあげるホコリの匂いを、翔太の鼻孔から追いやる。


美園は、翔太の学園への進学を決めた理由、まさにそのものである。


いきなり、美少女のふところに入りこんでしまって、翔太は、パニック状態である。


こんなに近くで、美園を、眺めたことはない。


いつもは、離れた席の遠くから、ぼんやりと、また、話すにしても、1メートル以内には近づいたことはないのではないか?


思えば、哀れな中学生活であった。


神聖無垢なる進学目的は、おもむろにパラライズをといて、真新しい制服につつまれたカタチの良い胸の前で、両手を、ぽむ、と合わせると、首を軽くかしげて、翔太に話しかけてきた。


「只野くんも、中央だったんだ」


「あ、あー、うん」


至近距離から繰り出される笑顔は、強烈な威力で、翔太の言語中枢を吹きとばす。


翔太は、なんとか踏みとどまって、言葉をふりしぼる。


「わたしだけかと思って、ちょっと、心細かったんだ」


「そ、そっか、あー、でも、小田たちも、多分、ここじゃね?」


「あ、かもね」


「あいつら、いっつも、こーゆーので盛り上がってたし」


「只野くんも、探索者志望だったなんて、知らなかったよ。うふふ」


「あー、うん、それもいいかなーとか、なんて、あ、あと、家が近くってのもあるしさ」


「あ、そっか、塔の近くに住んでるって、言ってたもんね」


「あはは、そう、そう」


つぎつぎと、玄関に入ってくる新入生たちが、身体をほぼ密着させるように、笑顔で会話するふたりに、ジロジロ、視線を向けながら、通り過ぎていく。


ふたりは、はた、と気付いて、いつもの距離をとった。


「う、うん、おはよう、只野くん」


「あ、ああ、おはよう」


残念、間合いをとられてしまった。


外は、本格的に雨が降り出したようだ。


玄関から、スキル検査の会場に向かう生徒たちの流れは、玄関奥の通路を左に進んでいく。


生徒たちは、制服の水滴をはらったり、すこし濡れた髪を直したり、新しい学舎に見合うような恰好を保つのに余念がない。


「降ってきたなー」


「午前中でやむって、天気予報でいってたよ」


「そっか、雨具、持ってこなかったからさ、あはは」


「わたしも」


「突っ立ってても、じゃまになるし、いこっか」


「そうだね」


なにげない雑談も、尊く感じる翔太である。


ふたりが、玄関を抜け、玄関ホールに入ると、玄関前の掲示スクリーンの前に、臨時に置かれたホロアドバイズ機器が、翔太と美園のユビキタス紙に、位置データを飛ばしてくる。


ふたりの前面に、今日のスキル検査会場へ向かう案内のホロ矢印が浮かびあがる。


「こっちだ」


「うん」



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