第34話 遊園地

 色々あったが、花月作の朝食は上手く出来上がり、ありがたく頂いた。そして、片付けがちょうど終わった頃、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。

 恐らくあの二人が来たのだろう。

「よし、じゃあ行くか。」

 言って、俺は腰を上げる。すると、それを見た花月が驚きの声を上げた。

「おお。今日は全部自ら動き出しますね。雨でも……いや、今日は降らないで!」

「何かずっと神頼みしてるな……お前。」

 祈っている花月をよそに俺は玄関へと向かう。まあ、花月の祈りは俺も同意なので、祈りすぎるくらいやってもらいたいところだ。

「あ、陽輔……花月さんは?」

「今、神と交信してる。」

「いや、どういうことだよ……。事実だったらそんな真顔で言うことじゃないだろ……。」

 戸惑っている広田には悪いが事実だからな。まあ、言葉足らず足らずだが。

 と、そんなやり取りをしていると、後ろからクスクスという笑い声が聞こえてきた。

「高鷹、おはよう。ほんと意味わからないことを言わせたら右に出る者はいないね。」

「……その発言も意味わからないけどな。」

 菊原の言葉に広田は少し呆れた様子でそう言った。意味わからない×意味わからないは意味わかるになると思うので、今のやりとりは辻褄合ってることになるでしょう!……この考えが一番意味わからないですね。えぇ。

 と、そんなやりとりをしていると俺の後ろのほうで足音が聞こえた。

「広田くんと菊原さん、おはようございます!」

「花月さん、おはようございます。」

「あ、おはようございます。」

 広田と菊原はそれぞれ挨拶を返す。

「花月さんは来なくていいのか?」

「はい。私はお留守番してますので、3人で楽しんできてください!」

「お前は、この家の住人じゃないけどな。」

「もう、そんなこと言わないでくださいよ。一か月以上住んでるんですから、もうこの家の住人ですよ。」

「え……、花月さんって通ってるんじゃなくて住んでるんですか!?」

 菊原が唐突にそう叫び声をあげた。びっくりした……菊原のこんな声初めて聴いたかもしれない。

「あれ?言ってませんでしたっけ?」

「はい……。え、ここって高鷹と伯父さんだけだよね住んでるの。」

 菊原は大声を出したことが恥ずかしかったのか、小声で俺にそう聞いてくる。

「ああ、そうだな。」

「……大丈夫なんですか?」

 恐る恐るといった感じで菊原は花月に尋ねる。まあ、当然の疑問だな。俺のほうもそう思ってたわけだし。

「はい。今のところは何もないですし。護身用のグッズもHKKから支給されてますからね。それに……」

「それに?」

「それに、伯父さんはともかく陽輔君が何かしてくることはないでしょう?」

「確かにね。」

 花月と菊原が何か小声で言っていた。……なんかしらないがそこはかとなく馬鹿にされている気がする。

「じゃあ、そろそろ行こうか。電車の時間に間に合わなくなるかもしれないし。」

 広田の号令に俺と菊原は頷きを返し、3人で外に出ていく。いってらっしゃいと手を振る花月に俺たち3人はいってきますと返事を返す。

 空を見上げると、太陽が強く照り付ける。5月末の太陽は夏真っ盛りとはいかないまでも暑いと思わされるには十二分の火力を放っていた。なかなか暑いな……。

「三人で出かけるのも久しぶりだな。」

 ふと広田がそんなことを言ってきた。……そうだな。

「そうだね。」

「まあ、俺が全く外出してなかったからな。そもそも今月に入るまで誰とも出かけてなかったし。」

「そうだな。お前のせいだな。」

「おい、ちょっとはフォローしてくれよ。まあ、事実だからフォローできる要素もないけど。」

 俺がそう言うと、広田と菊原は笑顔を見せる。……この雰囲気も久しぶりだな。

 色々と会話をしながら3人で少し歩き、電車に乗る。揺られること20分少々、目的地が見えてきた。最寄り駅に降り、少し歩くと白と赤のお城をモデルにした入口が視界に入ってくる。

ほんと、久しぶりにきたな、ここ。なんだか子供のときに来た時より、小さく感じる。天井こんなに近かったけ……。

 そう思いながら、3人で入り口をくぐり中に入る。目の前には小さめの観覧車があり、左右には道が続いている。右手にはゴーカートやサイクルモノレールがあり、左手にはジェットコースターや大きい観覧車がある。

 久しぶりに見たこの光景にとても懐かしさを感じる。子どもの頃にきたときは全てのアトラクションが大きく見え、とてもわくわくしたものだ。ただ、身体が大きくなってしまったのか今はあのときよりは全てが小さく見えてしまっている。……昔と今とではこんなに違うんだな。しかし、それでも変わってしまったのは俺のほうだけで、遊園地自体は何も変わっておらず、楽しかった思い出がよみがえってくる。懐かしい。エモい。

「久しぶりに来たが、何だか狭く感じるな。」

 どうやら、広田も同じことを思ったらしい。

「ちょっとそういうこと言わないの。楽しくなくなっちゃうでしょ。」

 ムスッとした表情で菊原は広田をとがめる。危ねえ、口に出さなくて良かった。怒った時の菊原ちょっと怖いからな。このまま広田のほうに矛先向かせておこう。

「ああ、悪い。つい、思ったことが。」

 広田はドギマギしながらそんな言い訳をする。

「ま、まあ、今日は色々と見て回るか。」

 菊原の怒りから逃れるように、広田はそう言って園内に備え付けられてあるマップのほうに目をやった。怖いからね。逃げたくなるよね……。

「……うん。」

 それに菊原は同意の意を示し、一緒にマップの方を見る。とりあえず、怒りが収まったようで良かったです。

「あ、じゃあ、ジェットコースターから乗らない?」

 気分を持ち直した菊原が、平時より幾分かキラキラした表情でそう問うてきた。

何なら気分が上がってるみたいでとても良かった……まあ、それは良かったのだが

「いきなりすぎるだろ……。それに、俺が絶叫系嫌いなの知ってるよね?」

 そう、俺は絶叫系が苦手なのだ。一回三人で別のテーマパークも行ったことあるし、普段の会話の中でも何度か伝えているはずなのだが……、ちょっと飛ばしすぎじゃありません?

「だからいいかなと思って。」

「……会話が成立してなさすぎるんですが。」

 どういう思考でそうなったんでしょうか……。

「嫌いなものは最初に消化した方があとあと楽しめるんじゃない?ってこと。」

「それは確かに。……いや、乗らないっていう選択肢は与えられてないんですかね。」

 俺は乗らない方向で考えてくれてるのかなと思ったんですが……。まあ、それはそれで良くないことは分かってるんですがね。絶叫系が苦手な俺が悪いし。

「まあまあ、二人とも。ジェットコースターはあとに取っておかないか。な、菊原。」

「まあ、それもそうね。」

 言って、菊原は微笑む。何の笑みなんですかね、それは。怖すぎるんですけど。

「じゃあ、あれなんかはどうだ?」

 言って、広田はチェーンタワーのほうを指差す。

「まあ、あれなら……。最初の試練としては上等だな。」

「何でお前は戦場に行く雰囲気なんだよ……。」

 俺が覚悟を固めていると、広田に呆れられてしまった。しょうがないだろ。絶叫系が苦手な人間は意志を強く持たないとすぐバタンキューしてしまうからな。

「私も賛成。じゃあ、行こっか。」

 言って、菊原は歩き出す。俺はその瞬間の表情を見逃さなかった。すごく笑ってたな…。

「ほんと、あいつ絶叫系好きだよな……。」

「ほんとにな。まあ、遊園地を楽しむうえで必須スキルではあるからな。」

 広田の言葉に俺は頷きを返す。テーマパークエンジョイの申し子、菊原海桜。


「これって何が楽しいんだ……。」

 チェーンタワーを乗り終わって、俺が最初に発した言葉はそれだった。

 本当、何の目的で絶叫系って乗るんですかね……。死を感じる恐怖を体験するだけじゃん……。ドエムだけだろ、これ楽しいの……。

「楽しかった……。」

 そんな俺をよそに隣にいる菊原は満足した表情をしていた。まあ、菊原はドエムって感じはしないから、俺の予想は外れているのだろう。

 それはそうと、何でそんなキラキラした表情を出来るんですかね、この人は……。

「高鷹の絶叫も聞けたしね。」

「……どうか忘れてくれないでしょうか。」

 恥ずかしい……。何なら、前に座っていた子どもに見られたし……。黒歴史がまた一つ追加されてしまった……。

「忘れるわけないでしょ。絶叫系を乗る楽しみの一つに絶叫系が嫌いな人の悲鳴を聞くことができるというのがあるからね。」

「とんだ、サディスティックだ……。」

 どうやら、俺の予想とは間反対だったらしい。というか、そんな楽しみ方もあるのね……。

「じゃあ、次はあれ乗ろっか。」

 言って、菊原は近くのアトラクションを指差す。

 その方向にはウォーターラッシュというアトラクションがあり、水の上を小舟の形を模した乗り物で進んでいくものだ。自動で進んでくれるので、乗り手に特に労力は必要ない。

「あれ、結構水にぬれるんだよな……。」

「早くいくぞ、陽輔。菊原においてかれちまう。」

 広田の言葉通り、菊原は後ろを見ることなくどんどん歩みを進めている。まあ、行くしかないか……。

「本当、夢中になったときの菊原って周り見ないよな……。」

「そこが良かったりするんだよな。」

「……まあな。」

 やっぱり菊原は普段そんなに表情は変えず、テンションも上がったりはしないので、貴重な姿ではある。まあ、今も周りから見れば、そんなにテンションが上がっている感じはしないだろうけどな。ただ、俺調べによると、今の菊原は相当テンションが上がっている。


「ところで、何で、俺が一番前なんですかね……。」

 ウォーターラッシュに乗った俺はポツリとそう呟いた。

 ウォーターラッシュの乗り物は船の形になっており、縦に4人乗れる構造になっていた。それに、3人が乗ったのだが……なぜか俺が先頭になっていた。俺はこういうのが好きな菊原に譲ったのだが、なぜか頑なに前に乗ろうとせず、俺に乗らせようとしてきた。数回押し問答をしたのだが、結局俺が折れた形だ。

「良いでしょ。一番前が一番楽しめるんだから。」

 後ろにいる菊原がそんなことを言ってきた。

「そう思うなら、あなたが乗ればいいのでは?」

 俺は同意しかねるんですが……と後ろを振り向こうとした瞬間、ゴトっと音が鳴り船が動き出してしまった。はぁ……、もう交代はできないのか。

「ふ……、よし。」

 覚悟を決める。もう、後戻りはできない。俺は深呼吸をする。これまでの経験を糧に自分自身に打ち勝つ。何も怖くない。何も恐れることはない。俺は強い。誰よりも。

「子どもも楽しめるアトラクションで何ぶつぶつ言ってんの。」

 何か後ろから不躾な声が飛んできた。

 折角、このアトラクションに負けないように意志を固めて超集中状態になっているというのに。

「……え?ていうか、声漏れてたの?」

「うん。多分後ろの広田も聞こえてたと思うよ。」

「ああ、ばっちり。」

「……死にたい。」

「自分自身に打ち勝つとか言ってたのに、もう前言撤回なの?」

 だってしょうがないじゃないか。死にたくなるくらい恥ずかしいんだもの。

 そんなこんなでアトラクションはゆっくり進む。ところどころカーブしたり、ちょっとした坂道があったりする程度で終盤までは特に怖い思いをすることなく、何ならちょっと楽しいなと思いながら進んでいく。コースター系のアトラクションだが、絶叫系ほど怖くはないので、今のところは気楽だ。

 10分と少し、揺られながら進んだところで、アトラクションは終盤に差し掛かる。船が坂を上り始め、眼前には空が見える。まあ、坂とは言っても大きなジェットコースターみたいに大きな坂ではなく、高さ5,6メートルくらいのものだ。……ただ、ちょっとほんの少しだけ高いなとは思ってしまう。

「高鷹、しっかりガードしてね。」

 後ろから菊原がそんなことを言ってくる。

 そう、このアトラクションはウォーターラッシュという名前通り、下には水が張られており、下って着地した瞬間結構濡れるのだ。

「お前……、それが目的かよ……。それだったら、広田のほうが身体大きいんだからそっちのほうがいいだろ。」

「いや、広田には後ろをガードしてもらうから。」

「俺たちはお前のボディガードかよ……。」

 広田も恨み節でそう言った。ほんとにな……。自分勝手だなあ。

「ほら、落ちるよ。」

 言われて、目の前を見ると……ちょうど船の先が下を向き始めたところだった。

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