悪役令息の取り巻きに転生した俺が本気で考える『悪役更生プラン』

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

第1話 憧れの異世界。

「う……。うう……」


 なんだか夢の中を彷徨っている様な気分だ。なんだっけ……。俺……。


「ここは……? 俺は……」


 混濁する意識のなかで次第に断片的な記憶のパーツが集まりだす。


 そう。俺は一人で地元の山を縦走していたんだ。職場を退職し……。自分の人生を見直そうと心に決め……。山奥で、熊に…出合い……逃げて……。崖から……?


「え? 助かった? ……俺」


 ガバッと跳ね起きた俺は、自分が見知らぬ部屋にいるのに気が付く。


「どこ?」


 なんだろう。妙に豪華な部屋だ。目の前の壁には映画で出てきそうな暖炉が壁面に設置されいる。が、今は特に何も燃えていない……と思う。まだ頭がはっきりしないのか、妙に見えにくい。

 さらにその暖炉の上の壁には写真らしき物がが六枚並んでいるようだ。



 それにしても広い部屋だな。さらにこのベッド。妙にデカい。ホテルか? 


 妙に現実的じゃないそんな部屋の感覚に不安を覚えながらも、とりあえず俺はベッドから降りようとして気が付く……。


 あれ? なんだ? このツルツルな細い足……。まるで子供の様じゃないか。


 うろたえながら自分の手を見る。やはり何か変だ。肌の質感も子供のようなツルッツルだ。何か鏡でも無いかと周りを見回せば、向こうの壁に鏡っぽい物がある。


 ぽい。と言うのはよく見えないのだ。遠くがぼやけるのだ。自分の手など、近くのものはよく見えることから普通に視力の問題なのかもしれない。


 今まで視力両目とも1.5の世界で生きてきた俺には、遠くが見えないというのは未経験の世界だ。思わず眉をしかめよく見ようとすると少し良く見える気がする。目の悪い人がやる目付きの悪い仕草の理由が納得できた。


 ――どういうことだ?


 なんだか、自分が自分じゃない様な感覚に不安が強くなる。



 ベッドの脇には小さなスリッパが置いてあったが、俺は構わずベッドから飛び降りて鏡に向かう。


 ――すぐにでも自分の姿を確認したい。


 そんな気持ちが心を急かせる。


 近づけば、それはちゃんと鏡であった。だからといって安心させてくれたわけではない。むしろ俺は鏡を前に更に困惑を重ねていた……。


「誰……?」


 鏡が映し出した姿は、俺が今まで二十数年間生きてきた姿とあまりにもかけ離れていた。西洋人のような透き通った白い肌に、これまた透き通るような緑の目。そしてクリンクリンと好き放題に荒ぶる天パー質の髪は黄金色に輝いていた。


「って……。え?」


 あっけにとられ、俺はそのまま鏡を見つめる。どういうことだ?


 ……。


 俺は死んだのか?


 まずすぐにそれを理解した。確かにあの状況。あの崖からの滑落。無事であることのほうが難しい。


 ……。


 ということは死後の……世界?


 それでも、何故か自分の死がそこまで重く感じられなかった。こうして体があって意識があるからなのか。両親を早く亡くし、一人っ子だった俺には寄る辺など無いというのもある。


 それじゃあ今のこの状況は何? という話だ。


 天国? ……いや。違うな。


 ……。


 戸惑いの中であったが、それに関しても割とすぐに繋がっていく。

 生前は多くのラノベを読んできた俺だ。今の状況に関しても、そこから厨二的なおかしな結論へと、たどり着く。


 そう。それは――


「異世界転生なのか!?」


 死んだという認識はショックではあったが、もしこれが異世界転生なら話が違う。世知辛い社会に背中を向けていた俺は、何度それを夢見て、望んだのだろう。


 それはそうだ。俺は大のラノベ好き。ラノベと言ったら今は大抵が異世界転生や異世界召喚だ。日本人がその記憶を持ったまま異世界に行ってチート能力を得て無双して、ハーレムして……。うぉぉい!


 期待値は高い。


 よし。まずは落ち着こう。


 よく考えろ。本当にここは異世界なのか? 魔法は? あるのか?


 少し冷静になり、暖炉の方へと歩く。少しでも情報が欲しい俺は、暖炉の上にあった写真を確認することにした。


「これは、絵か……」


 写真と思った物は、手書きの油絵のような物だった。よし、中世ファンタジーの世界の確率は高まる。


 それにしてもこの絵。もしかしたら産まれた時から毎年書いたりしているのかもしれない。右端の赤ちゃんの絵が左に行くほど少しづつ成長している。そして、最後の六枚目はまさに今の自分の姿そのままだった。


 ただ一つ、違いが有るとすれば、この絵の少年はメガネをかけている事。


 ……ん? って事は部屋にメガネもあるのか?


 そう思いながら再びベッドの方へと戻る。



「お、これか」


 先ほどは気が付かなかったが、ベッドの横のサイドテーブルの上にちゃんとメガネが置いてあった。手に取ったメガネは銀縁の少し重量感を感じる丸メガネだ。そのままメガネをかけてみれば、一気に世界がクリアになる。


「おお。これが目の悪いって事か……」


 改めて鏡の前に戻り、メガネをかけた自分を確認する。メガネを掛けなければまだ綺麗な男の子という感じはあったが、メガネをかけると一気に雰囲気がモブっぽくなる。流石にここが異世界だとしたら、コンタクトなど無いだろう。

 それでも、こんなメガネを作れる技術のある世界なら歓迎だ。あまり文化的に劣ってても生きづらそうだしな。




 うん。あまり楽しんでばかりもいられない。もう少し情報を集めるべきだな。


 今度は部屋の中を歩き回る。壁に自分の絵が有るように、ちゃんとこの子供の部屋のようだ。

 机の上を見れば勉強をしていたような形跡も有る。高級そうなノートに万年筆でひたすら文字が書かれている。文字は明らかに日本語と違うのだが、不思議なことに文字はちゃんと読むことが出来た。


 だがそこは疑問視しない。なぜなら異世界転生だからだ。



「ラドクリフ?」


 暖炉の上にある壁の絵が一年に一回描いていると考えれば、この俺は六歳だ。年齢的に文字を練習している段階なのだろう。机の上のノートいっぱいに「ラドクリフ」と汚い字で書いてある。自分の名前の練習だとしたらラドクリフという名前で間違いないと思うのだが……。


 ラドクリフ……。そんなキャラクター居ただろうか。全然思い当たらない。


 ……。


 異世界転生には大きく二パターンある事を俺は知っている。一つはオリジナルの世界に転生する事。もう一つはゲームや小説の世界に転生するパターン。


 これはどっちだろう? と、俺はもはや異世界転生を疑う事すら無くしていた。


 他に書いてあるのはアルファベットの練習の様にひたすら意味無く文字を書いているだけだ。日記などがあれば色々情報があると思ったが、これでは駄目だな。


 情報が無い。これから親とかにも会うだろう。どうすれば良い?


 ――うーん。よくある記憶喪失ということにするか。


 せめて名前が分かっただけでも御の字なのだろう。後は……現状適当にやり切るしか無いのか。

 俺はそんな事を考えながら、色々とこの世界についてチェックをしていく。いわばラノベでは定番の作業だ。


 ……。


 とまあ、恥ずかしかったので割愛するが、どうやらこの世界にはステータスバーの様な物もないようだ。


 でもなあ……。あると良いな、魔法くらいは。


 そんな事を考えていると、突然部屋のドアが開かれた。






※カクヨムコン10に向けての新作です。応援よろしくお願いします。

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