第2話 特別な眼
「がっ!?」
俺の身長の2倍はある身体を使って突進してきた狼に、俺はなすすべもなく轢かれてそのまま地面を転がった。全身に激痛が走り、苦痛に喘ぎながら地面を転がることしかできない俺を、狼は冷静に見つめていた。
渾身の力を込めて放った拳は狼の顎を正確に捉えていたが、巨大な狼の前では無力なもの。それでも、狼は既に死んでいると思っていた存在から反撃を受けたことを警戒していたようで、突進後に追撃を仕掛けることも無く……地面を無様に転がっている俺のことを観察していた。
「く、そ……」
力の差は歴然。むしろ、俺みたいな弱者が強力なモンスターをここまで足止めできた時点で充分だろう。才能も無く魔法だって碌に使えない俺が、クラリスを助けることができたのだから……それで充分だ。
頭ではそう思っているのに、身体は納得していない……いや、頭でも納得していない。転生してからずっとクソみたいな人生を歩んできて、その最後が野生動物に負けて食われて終わるなんて……俺自身が納得していない。
「う、ふぅぐっ!? が、ぁ……まだ、生きてる、ぞ」
狼が後退りするのが見えた。
恐らくだが……目の前のこいつは俺の存在に気圧されている。得体の知れない力で何度も立ち上がってくる俺と言う存在に対して、恐怖を感じているのだ。
俺は『神眼』を発動させて遠くへ逃げていったクラリスに視線を飛ばす。涙を流しながら必死に逃げて来たクラリスは、村の大人たちにモンスターが現れて俺を残してきたことを伝えているようだ。
視界の外から飛んできた狼の爪を最小限の動きで避けて……俺は自分の違和感に気が付く。
「……なん、だ?」
血を流しすぎて思考はまともに動いていないはずなのに、俺は無意識に狼の攻撃を避けたのだ。自分で自分の行動に驚いていると、狼が痺れを切らして牙を見せて突っ込んできたので、しゃがむようにしながら牙を避けて掌底を腹に叩きこむと甲高い悲鳴を口から漏らしながら狼は地面を転がって距離を取った。
見える……狼の動きがはっきりと見えていた。
「これ、もしかして……父さんの『見切り』なのか?」
フューリー家の人間が受け継ぐべきスキル……それを今更、俺が発現したとでも言うのか? しかし、人間に与えられるスキルは1つだけで俺のスキルはあくまでも『神眼』のはずだ。
そんな俺の思考を置き去りにして、狼は三度、こちらに向かって突進してきた。しかし、今度は狼が動くよりも先に俺の目には狼がこれから動く軌跡がはっきりと映っていた。
「はは……今更、何だって言うんだよっ!」
狼の攻撃をその通りに避けて、的確なカウンターをそのまま身体に叩きこんでいく。アドレナリンがドバドバ出ているのか、身体の痛みがすっと消えていき……今は身体の中で魔力が高ぶっていた。魔力の高ぶりはそのまま身体能力へと変わっていく。さっきまでは攻撃を受けても大して怯みもしなかった狼が、俺の打撃だけで確実にダメージを受けているのがわかる。
軌跡が見え、その通りに避け、反撃を叩きこむ。なるほど……こんなスキルを持っていればそりゃあ確かにフューリー家は帝国でも最強と呼ばれる訳だ……こんなもんチートだ。1対1で負けるビジョンが見えない……たとえ俺が素人で、相手が巨大なモンスターであろうとも結果は変わらない。
「レイモンドっ! 無事……か?」
「な、なんだこりゃあ……」
数分後、急いで準備をしてきたらしい村の猟師たちが俺の所に辿り着くころには……殴り殺された狼と、全身に返り血を浴びながら意識を失いかけていた俺がいるだけだった。
俺を呼ぶ村人たちの声を聞いて……俺は意識を手放した。
暗い空間で1人で漂っている。
時間も流れていないその空間はとても静かで、どこか落ち着くような気がした。
「うーん……君、本当に異端者だよねぇ」
「誰だ?」
気持ちよく静寂の中を漂っていたら、いきなり声が聞こえてきたので起き上がって視線を向けたら……そこには炎のような人影が立っていた。男なのか女なのかも判別できないその姿に俺の眉間に皺ができたら、そいつはクスクスを笑っていた。
「僕はねぇ……君をあの世界に放り込んだ張本人さ!」
「……そうか」
なんだ、そんなことか。
興味もなくなったので俺は再び1人で暗闇の中を漂い始めた。
「おいおいおいおい! 酷いじゃないか! なんでそんな淡白な反応なんだよぉ! そこは「お前が俺を転生させた神なのか!?」みたいな反応する所じゃんかよぉ!」
「知るか」
どうせ人間の仕業ではないと思っていたけど、話し方からして明らかに愉快犯だ。俺が別の世界に転生している姿を見て楽しんでいるタイプだろう……反吐が出る。
「まぁ、そんな毛嫌いせずに仲良くしようぜ?」
「何が目的だ? 愉快犯以外に俺には想像できないんだが」
「ふふ……それは、ゲームの駒にするためさ!」
「ゲーム?」
異世界に人を放り込むことがゲームですか……こっちは死んだ記憶すら失っているって言うのに、俺に何ができるって言うんだよ。
「君は僕の『眼』をあげた」
「……あぁ、あの遠くを見ることしかできない使えない『神眼』のことを言ってるのか? だったらとんでもないクソ野郎だな。お前が変な力をくれたせいで俺の人生は滅茶苦茶だよ」
「ふっふっふ……それは君が僕の眼を使いこなせていないからさ。実際、さっき死にかけていた時は随分と上手く使えていたみたいだけど?」
「お前、俺のことをずっと見張ってるのか? 気色悪い奴だな」
「そうやって厳しい言葉を使うのは自分に思い当たる記憶があるからじゃないかな?」
確かに……俺は意識を失う寸前に、こいつの眼の力を使って狼の攻撃を的確に避けて反撃を行い、命を奪った。その力が使えないと思っていた眼の真の能力なのだとしたら、やはりとんでもない性悪だ。
「覚醒したのがさっきだからって僕のせいにするなよ? そもそも、今の状態だって君はまともに眼を使いこなせていない。僕の眼がただ動きを軌跡を予測するだけの『見切り』と一緒にするなよ?」
「……なら、さっさと覚醒させろ」
「それはできないなぁ……だって僕はもう君に眼をあげてしまった。だからそれはもう君のもの……自分で覚醒させるしかないんだよ、わかるかい?」
滅茶苦茶ムカつくことを言われている気がするけど、同時に結構な正論にも聞こえる。
「ま、精々頑張ってくれよ。僕の眼を使いこなせることができれば君は誰よりも強くなれる……ま、僕の力を受け継いだ人間ってのは例外なく不幸な目に遭うんだけどね! あははははははは!」
朧げな姿をしていた人型の闇がゆらゆらと左右に揺れながら……消え去った。俺が揺蕩っていた闇も段々と消えていき……光が空間を支配する。あまりの眩しさに目を閉じると、誰かの声が聞こえてきた。
「レイっ!?」
「……いきてた、か」
ぼんやりとした視界には涙を浮かべているクラリスの顔。それと心配そうに覗き込んでいる他の村人たちの姿がようやく見えてきた。
どうやら、俺は狼を倒した所で倒れてからここまで運ばれて来たらしい。
「あの、やろう……」
「大丈夫、グレートウルフは貴方がしっかりと倒してくれたから」
「あれ、そんななまえだったのか」
俺が言った「あの野郎」とは、その狼のことではなく……闇の中で好き放題に行って消えていったカスの方だ。俺に眼を与えたとか、偉そうなことを言っておきながら例外なく不幸な目に遭うとか言ってた、あの屑だ。
「あ、ははは……」
馬鹿な奴だな……俺はもう不幸な目に遭いまくっているって言うのに。
無能と罵られながら家を追い出され、こうしてモンスターに襲われて死ぬギリギリの所まで追い込まれている、今の状況を不幸と呼ばずにどう呼ぶのか。だが、同時に俺には同量の幸運が舞い込んできている。家を追い出された先で親切な人たちに拾われ、モンスターに襲われながらもこうして生き残ることができているのだから。
俺の幸不幸の天秤はバランスを保っている……つまり、不幸が降り注げば同僚の幸運が俺に舞い込んでくるとも考えられる。これからもそうであるという確証はないが……あいつの思い通りにことが運ぶこと、それ自体がムカつくので絶対に抗ってやろうと思った。
俺が『神眼』を使いこなせていないと、あの神様気取りは言っていた。とても悔しいのだが……どうやらその通りらしい。
力が欲しいと思った俺がミードに稽古をつけてもらっているのだが……全く機能してくれない。グレートウルフと戦った時は未来予知のように相手の動きが軌跡として見えていたのに、ミードが振るった木刀の軌道は全く見えなかった。
「どうした? この程度か?」
「まだ、やれる!」
ミードとは3つも離れているが敬語は使っていない。ミードの方がフランクな人間なので、あまり年上って感じがしないって言うか……まぁ、それなりに仲がいいってことだ。
短く刈り上げた坊主頭に日焼けをしている浅黒い肌のミードは、袖の無い服を着ながら倒れ伏す俺のことを見下ろしていた。全身に鋼のような筋肉を纏った彼は、割と俺が憧れるような強さを持った人だ。
「よし、こいっ!」
誘われるままに木刀を持ってミードの懐に突っ込んでいくが、突き出した木刀を素手で簡単に掴まれてしまった。苦し紛れに木刀を回転させて掴んでいる手を引き離そうとしたが、回転させた瞬間に手を放され、止めた瞬間に再び掴まれてしまった。どして……無防備になった俺の腹にミードが持っている木刀が叩きこまれ、怯んだ隙に一気に接近してきたミードのショルダータックルを受けて地面を無様に転がる。
「近接戦闘の才能ねぇな! 反射神経が足りん!」
「だ、だから鍛えてるんだろ!?」
「鍛えてなんとかなるレベルじゃないわ、お前のその反応の悪さ」
「アンタはスキルで自分を強化できるからいいよな!」
「おう、今は何も使ってねぇけどな」
ミードが生まれ持ったスキルは『身体強化』というとんでもなくシンプルにして、割と凶悪なスキルだ。ミードのように肉体を鍛え上げた人間が身体能力を強化すると、それだけで本来ならば手も足も出ない筈の大型のモンスターとすら力比べができるほどになるのだ。
「はぁっ!」
「遅い! もう俺は反撃の態勢に入ってるぞ!」
「くそっ!」
必死で『神眼』を使おうとするが全く役に立たない。見えるのはこちらを心配そうに見つめているクラリスの姿だけで……ミードの木刀が俺の鳩尾に突き刺さる。一瞬だけ呼吸が止まり、次に肺の中から空気を吐き出してしまう。
力なく膝から崩れ落ちた俺はミードをなんとなく恨めし気に睨み付け……その瞳にミードの動きの軌跡が映った。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぉっ!? びっくしたー……なんだよ?」
「見えた!」
腹がズキズキと痛んでいたが、そんなことはどうでもよくなるぐらいに頭が興奮している。自分の力が再び発動したことが嬉しくて、楽しくて……頭がどうにかなりそうだ。
「よくわからんが、まだ元気ならやれるなっ!」
「ふっ!」
「おぉっ!?」
ミードの先制攻撃を紙一重で避け、カウンターで木刀を差し込んだら浅くだが確かにミードの身体に当たった。俺の動きが変わったことを理解したのか、ミードが笑いながら今度はさっきの数段早く動く……動きの軌跡が見えたので、再び紙一重でその攻撃を避けて反撃の拳を腹に叩きこむ。
「おぐっ!? や、やるじゃねぇか……これが、世迷言の正体か?」
「世迷言って……本当に相手の動きが見えたって言ったじゃないですか!」
「さっきまでボコボコに殴られてた癖に説得力ねぇこと言ってるから世迷言なんだよ。けど? 今の動きなら……確かに信じてもよさそうだ」
ミードの雰囲気が変わった。恐らくは、俺が相手の動きを見切ることができることを理解して、その更に先を行こうとしているのだろう。ちょっと言い方は悪いが、ミードは平均的な村民なので頭はそれほどよくない。だから、俺が先読みで動いているのも自前の筋肉と速度で上回れると思っているのだろうが……俺のこの眼はそんな甘いものではない。
爆発的な加速で近寄ってくるミードの攻撃が俺の眼に見える。未来の動きの軌跡……それが俺の眼には映っている。ミードの動きは確かにとんでもなく速いが、先が見えていればどのタイミングで飛んできても避けることは容易い。
「はぁー! うぇっ!?」
ミードの動く未来を見て、俺はそれを避けながら移動しようとしたら、ミードが動き出す未来の軌跡が変わった。
「とぉっ!」
「っ!?」
脇の下を掠めるように、ミードの木刀が通り過ぎる。
単純なことだが、ミードが動き始める前に俺が動けば……それに合わせて相手の行動も変化する。今のは俺が悪かったが、それでも紙一重で避けることができる余裕があった。全力を躱されたことに驚きを隠せない様子のミードに、力を込めた拳を叩きこんで……俺の筋力が足りなかったので普通に殴り返されて負けた。
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