無能と罵られて家から廃嫡されたけど覚醒したスキル【神眼】が最強だった件について ~お前は家の誇りだなんて今更言われたって元の関係には戻れませんよ~
斎藤 正
第1話 追放された
「フューリー家長男、レイモンド・フューリー……貴様をフューリー侯爵家から廃嫡する。これは決定である」
「……わかりました。お父様」
「うむ。二度とこの家の敷居を跨げるとは思わないことだ。既にフューリー家の人間ではなくなったお前には関係ない言葉かもしれないが、最後に1つだけ伝えておく……お前のような弱者に価値はない。精々好きに生きて野垂れ死ね」
父の言葉を聞いて、俺は自分の奥歯を噛み締めた。
「ぷっ……さっさと出ていきなよ、お兄様?」
「そうよ。汚らしい弱者がこの家からいなくなると思うとせいせいするわ」
「はぁ……くだらない」
俺の異母弟と母親は、俺のことを見下して笑っている。
俺はこの雨が降る日、生まれ育った家を……追い出された。
フューリー侯爵家はシュヴァルツ統一帝国の中でも古くから存在している貴族家である。大昔に、帝国が大陸を統一する激しい戦争を繰り広げていた時代に武功を示した初代フューリーが貴族になり、それから何年もかけて段々と家の規模を大きくしていったのがフューリー侯爵家である。統一帝国内でも特別に広い領地を任され、血縁関係者は国の要職についている、絵に描いたようなエリートの血族。
そんな偉大なるエリートの血族に生まれ変わった俺、レイモンド・フューリーを一言で表すのならば……フューリー家の落ちこぼれ、だろうか。
実家を追い出された俺は、少ない食料と水を手にしながらふらふらと平原を歩いている。齢10の子供がこんな平原を歩いていること自体がおかしいと、自分でも思っているのだが……追い出されてしまったのだから仕方がない。
フューリー家が治める街でホームレス生活するのもよかったのだが……僕は余りにも顔が広く知られすぎていたので、さっさとこのシュヴァルツ統一帝国から逃げ出すことを選択していた。とは言え……大陸の殆どを統一して領土としている帝国は果てしなく広い。フューリー侯爵家が治める土地が国境に程近い場所にあったとしても、子供の足でそれを超えるのは難しい。しかも……国境には大河が流れていて、まともに渡れるものではない。
「ふぅ……覚悟を決めろレイモンド、覚悟を決めろレイモンド。できる、できる、絶対にできる……できるっ!」
決死の覚悟を決めて俺は川に足を踏み入れ────当然のように流された。
「はっ!? 生きてる? 死んでる? 天国? 地獄?」
「……元気じゃのう」
勢いよく起き上がった僕の横には、目を点にして驚いている壮年の男性がいた。
俺はどうやら布団に寝かされていたらしく、この男性は俺の隣で鉈を研いでいたようだ。鉈か……もしかして、俺はこれから解体されるのだろうか。拾ってくれたのは食人族かな?
「おーい、目を覚ましたぞ」
「あら、ようやくですか? もう助からないものだと思っていましたが」
「酷いことを言ってやるな。呼吸は安定しておったのだからいつかは目が覚めると言っていた医者の見立てを信じろ」
どうやら俺を助けてくれたのは食人族では無さそうだ。
ゆっくりと起き上がると、そこには老夫婦と呼ぶには少しだけ若そうな男女……どうやら彼らが俺のことを川から引き上げてくれたようだ。
「お前さん、どうしてブレン川を流されて……いや、そもそもどうして1人であんな川の近くにいたんじゃ? 見たところ、なにかに襲われたって感じでもあるまい」
「まぁ、ちょっと事情があって帝国から出て行こうと思ってたんですよ」
ブレン川とは、俺が流されたシュヴァルツ統一帝国とミカルス国家連合の国境を流れる大河のことである。基本的に常に暴れ狂っているとんでもない川で、場所によってはかなり広く膨れ上がっている大河であり、渡る為にはブレン大橋を通らなければならないのだが……帝国と国家連合の仲が悪いせいでしっかりとした許可を持っている商人なんかじゃないと通れないのだ。
「ほぉ、その年齢にしては随分と流暢に敬語を使うな。身なりからして……貴族だろう」
「……助けていただき、ありがとうございました。この恩はいつか必ず返しますから……詳細は聞かずに、ただ俺を助けたことだけを覚えておいてください。では」
「待て待て、話は全然終わっとらんぞ」
「そうですよ」
こんな見ず知らずの人間を助けるような人たちが、俺を拾ったばかりに不幸な目に合うような所は見たくない。フューリー家の恥である俺のことを、父が観察しているかもしれない……俺はそんなありもしない幻想に囚われていた。あの人が、弱者に視線を向けることすらしないことを、知っているはずなのにな。
出て行こうとする俺を慌てて止めた老夫婦は、2人で見つめ合ってから頷いていた。
「家から追い出されたのだろう? 貴族にはそう言う話があると聞く」
「だったら、私たちの子供にならない? 結婚しても子宝に恵まれず、2人で寂しく暮らしていたのよ」
「ご想像通り、俺は貴族の生まれです。そして力が無いという理由で家を追い出された……こんな人間を義理の息子にしたところでいいことなんてなにもありませんよ。ただ、面倒なことが増えるだけです」
「力が無い? スキルのことか?」
「……そう、です」
そうだ……俺には有用なスキルが無かった。たったそれだけのことで、俺は生まれ育ったあの家を追い出されたのだ。
「なんてことを……スキルは光の神ゼノバ様がこの世に生まれる子供への祝福として授けてくれるもの。そのスキルの内容次第で子供を捨てるなんて、とんでもない親よ!」
「婆さん、ちょっと落ち着いて」
「誰が婆さんですか!」
この世界に生まれた人間は必ずスキルを授かる。それは光の神ゼノバがこの世に生まれた子供を差別なく祝福しているからだとされているが……実際に人間はその生まれ持ったスキルの強弱で差別をする。
俺がスキル1つで家を追い出された理由は単純……スキルは遺伝するからだ。
俺の父であるフューリー家当主のカルラ・フューリーは『見切り』というスキルを持って生まれている。これは相手の動きの軌跡を瞳に映し出すという戦闘において無類の力を発揮するスキルであり、フューリー家が大体受け継いできた力なのだ。しかし、俺が持って生まれたスキルは『神眼』だった。名前はかっこいいのだが……できることは遠くの物を見ることができる程度で、大したものではない。故に……長男でありながら俺はフューリー家から廃嫡された。
母が生きていたら、今の俺に対してなんて声をかけるだろうか。フューリー家の人間として恥ずかしいと思われたかな……それとも、力のない俺でも母は愛してくれただろうか。記憶の中の母はいつも微笑んでいて、俺に対して何も答えてはくれない。
「行く当てのない子供をそのまま放り出すなんて非情なことはしたくない」
「そうよ。私たちを助けると思って、ね?」
気を遣われてしまった。
あのまま言葉で説得しようとしても俺が頷かないことを察して、自分たちの為にと理由を作ってくれたのだ。それが酷く、情けないはずなのに……とても嬉しかった。この世界に転生して初めて、生きていていいんだと思えた。
自然の零れてきた涙を拭おうとしたが、2人に手を握られてしまい……涙を止めることができない。泣いてもいいんだと、無言で訴えかけてくれる2人の好意が俺の心に染みた。
この日、俺は失ったはずの生きていくための場所を、手に入れたのだ。
帝国と国家連合の境付近に位置するこのググラ村は、辺境の村であることが過ごしていてわかった。生活は全て自給自足で、国家連合の偉い人が来るのは年に一度、税金代わりに農作物の一部を持っていくのと同時に、来年以降の作物が育つかどうかの土壌調査に来てくれる。こんな辺境の村にまでしっかりと土壌の調査に来るなんて、勤勉な国だな、なんて思ってしまった。
数年も住めば、余所者であるはずの俺もすっかりと馴染んでしまった。特に、同い年の子供がいたのも大きかったかもしれない。
「クラリス、また編み物か?」
「あら、レイ……そうよ。私の趣味なんだから」
艶やかな黒髪を持つ、クラリス・リールは俺と同い年の女の子……そして、このググラ村の村長を務めているガルガ・リールの1人娘である。俺がこの村に馴染めたのは、クラリスが村長の娘で同い年だったからだ。勿論、この村に住んでいる人はいい人ばかりだから、そんな条件がなくても俺は馴染めていただろうけど、ここまで親しくなれたのは彼女のお陰だ。
「もう来年で15なんだし、そろそろ俺も将来を考えないと駄目だな」
「しょ、将来?」
「そうだよ。成人だぞ?」
この世界では基本的に15で成人……つまり大人とみなされる。大人とするには少し若い気もするが、この世界には人間以外にも多種多様な種族が存在し、人間に危害を加えるモンスターという存在もいるので、必然的に成人が早くなってしまうのだ。
成人になれば俺も大人として色々な選択を迫られることになる。この村で成人して選択肢として上がるのは……猟師か農家だな。
「いっそのこと、都まで行って学校に通うのもありかな」
「学校? でもそんなお金、どうやって捻出するの?」
「そこは問題ない。成績優秀者は学費出さなくていい学校も幾つかあるからな」
俺が成績優秀者になれるかどうかは、知らないけど。
「ふーん……その、この村で、生きていくなら?」
「やっぱり農家だろ。母さんと父さんもそろそろいい歳だし」
「そ、そうよね……それ以外、ないわよね?」
「え? ない、と思うけど?」
何が言いたいんだ?
「成人、したら……私は、結婚をしなきゃ駄目よね」
「そう、なのか?」
「だ、だって村長の1人娘なんだし……この村を運営していく人が必要じゃない?」
「確かにそうかもしれないな」
あんまり実感したことはなかったけど、確かに成人したらクラリスは村長の娘として生きていくことになる。近代国家のように男女平等の考えが薄いこの世界で言えば、クラリスと結婚した男が村長になる訳だな。
「その……この村に、若い男性って、多くないから……その、レイも──」
「ミードとかいいんじゃいか? 顔いいし、性格いいし、腕っぷしも強いぞ?」
俺たちより3つ年上の猟師をやっているミードは、俺みたいな弱者と違って強い。村長として村を引っ張っていくならば、彼のような人間がいいと俺は思う。勿論、クラリスの気持ちが最優先だから、ミードが嫌いって言うなら駄目だろうなと思うけど……ミードのことを嫌いな人間とかこの村にいないだろ。
なんて言っていたら、クラリスが頬を膨らませて怒っていた。フグみたいで可愛いな、なんて思っていたら勢いよく立ち上がった。
「もう知らない!」
「えぇ!? 俺、なんか怒られるようなこと言ったか!?」
全く心当たりが無いんだけども、クラリスはプリプリと怒りながら俺から逃げるように森の方へと早足で歩いていく。流石に怒らせたままではマズいかと思って追いかけていくと……ふと、視線を感じた。
「きゃっ!? なによ……え?」
「クラリスっ!」
俺が後ろを振り返っている間に、クラリスが何かにぶつかって転んだ。手を貸してやろうと思ってそちらに視線を向けたら……そこには巨大な狼がいた。
咄嗟に身体が反応して俺はクラリスを抱きしめながら横に飛んだ。熱した鉄を押し当てられたような熱さを右腕に感じで目を向ければ、肉が抉れた血が大量に出ていた。
「レイっ!? いや、こんなに血が出て……あぁっ!?」
「くそっ!?」
巨狼は爪についている俺の血液を舐めてから、こちらに視線を向けてきた。狼の癖にのっしのっしとゆったりとした動きでこちらに近づいてくるのは、恐らく俺とクラリスがまともに戦える力なんて持っていないことを察しているからだ。こいつは……獲物が怯えて逃げ出すのを楽しんでいる。
再び前脚を振り上げたのが見えたので、それに合わせて俺はクラリスを庇いながら足を動かす。力が無いと馬鹿にされながらも何年も剣術指南を受けてきたお陰で、なんとか命を散らさずにクラリスを守れている。しかし……爪が背中を掠めたらしく、液体が背中を伝う感触がする。
「クラ、リス……逃げろ」
「レイはどうするのよ!?」
「どっちかしか、助からない。手負いの俺より、クラリスの方が助かる確率が高い……俺が食われている間に逃げて、村に報告、しろっ!」
「そんなっ!?」
残念だけど、俺にはもう狼から逃げられるような体力はない。だったらせめて……自分の身を犠牲にしてクラリスを守るしかない。
転生して、生まれた家を追い出されながらも心優しい人たちに迎え入れられた幸運もここまでた。最後に誰かを助けて死ねたならよかったじゃないか。
涙を流しながら、クラリスが何度も俺の名前を呼ぶ。背中を押してやれば、泣きながらもクラリスが走って逃げていき……狼が俺を放置してクラリスを追いかけようとしているのが見えた。
「ふざ、けんなよ……てめぇっ!」
それは許せない……それだけは許しては駄目だ。
死にかけて遠のいていた意識がはっきりとしてくる。伸ばした手が、狼の尻尾を握りしめた。
「ここに、肉が転がってるだろうが……食ってから行けっ!」
渾身の力を込めた拳が、振り向いた狼の顎に刺さった。
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