夢をくれた悪魔

微風 豪志

夢をくれた悪魔

小説家になりたいのに。

まるっきり、これっぽっちも、世界は僕に興味がない。

そんなこと言ったところで才気に溢れてない非凡な僕にはどうすることもできないんだよ、「悔しいなぁちくしょう」

散々馬鹿にしてきた奴らを見返してやれる様な痛快なストーリーも伝説の勇者になって誰かを助けた記録も僕には書けないものなんだ。

ため息を一つついて、飲みかけの缶コーヒーを飲み干す。

最近はアニメを見ても、映画を見ても、ゲームをやっても満たされない。

「はぁーあ、芥川賞とりてぇ」

いくつも新人賞に応募したけど、どれもコレも予選落ち。

「才能ないのかな?」

立体的な構造を持った物語なんか俺に書けるわけないだろ、と考えながら神社の境内の階段に腰掛けながら考えていた。

「教えてやろうか?」

後ろから聞こえた声の主の方へと振り返る。

そこには背広とパナマ帽に身を包む褐色のナイスミドルが暗闇から徐々に姿を現した。

「誰だあんたは?」

「俺は悪魔さ」

そう話しながら煙草を服の内ポケットから取り出し背広の右ポケットから取り出した銀色の四角いライターで火をつけながら隣に座る。

「隣に座る許可は出しちゃいないが」

「隣に座るのに許可が必要とは知らなかった、隣に座ってもいいかい?」

「別に構はしないが、俺は今それどころじゃねぇからな」

「他人に構っていられないくらい小説が書きたいのかい?」

...不気味な男だ、小説の話などしていないのにまるで頭の中身を覗かれているようだ。

「のぞいているぞ」

「それが本当なら俺のアイディアを盗んで小説を書かれちまうんじゃないか?」

「お前さん今そう言った話が思いつかないから困ってたんじゃないのかい?」

そういえばそうであった。

「悪魔って言うと漆黒の翼と山羊のツノが生えたやつを思い浮かべるけどお前にはついていないな」

「そいつは普段は隠しているのさ」

「何故?」

「初めましてでそんなものがついていたらびっくりして逃げられるかもしれないだろうが」

「悪魔かなんだか知らないが何故俺の前に現れた?」

「なんでお前の前に現れたのかって?」

「そうだ。なんの目的があって俺の前に現れた。」

「最近は夢を追う熱烈な若者が減ってなぁ、命を賭してまでやり遂げたい事がないらしい。契約数のノルマがもうすぐきちまうから、取り敢えず困ってそうなやつに片っ端から声かけてるんだよ」

「そうか...ならば俺に芥川賞を取れる様なすごい作品を書けるようにしてくれ!」

「まぁ待て急くな。まだ無理だ。」

「え?無理なのか?」

「まずはプロットの組み方からだな」


第一章 小説の書き方


「まず初めに、読みたくなる面白い作品の条件だが...お前がまず最初に影響を受けた作家は誰だ?」

「太宰治の人間失格の真似して書いてみた作品と後は芥川龍之介の羅生門の続きを妄想しながら執筆していたのが中学の時だ。」

「ふむふむ、では羅生門の続きをまた今書いてみてくれないか?」


今し方。下人の行方を知る者は誰もいないと話したが、この下人は走る途中考えを巡らせ、その結果。罪悪感がふつりふつりと蘇り、老婆から奪った着物を返す為踵を返して歩いていた。私と同じ劣等の状況下に立たされたあの老婆が髪を抜いていたことに呆れたのはなんだったのか?冷静に帰った時、私も老婆と同じ土俵に立つ事を自分自身をよしとしなかった。再び同じ場所に戻ると老婆は死んでいた。老婆は髪を結い首に括って死んでいたのである。


「ありがとう、ではコレを書きお前が伝えたいことはなんだ?」

「羅生門の延長線上、切羽詰まった状況で犯す罪は果たして本当に犯罪であろうか?、という問いであろうか?」

「ではその羅生門から派生して君が読者へ問いかける伝えたいこととはなんだ?」

「漠然としたムワムワが残るだけで、具体的にこうとは書き示せないが」

「詰まるところ、純文学に必要なのはおまえが生きてるこの世界をおまえというひとりの人間がどう捉えて考えて感じているかという事の一体何が問題で、おまえの中での答えというものを具体的に書くことができれば、いい作品になるのではないかということなのだよ」

「難しすぎないか?」

「世の中の価値があるものというものは自分の生み出すことのできない、いわば生み出すのが難しいものに自然と価値がつく世の中になっているんだよ」

悪魔と名乗るおっちゃんは、ペロリと舌を出し唇の乾燥を防いだ。

「そこまで正しく理解した上で私が大切だと定義したいものそれは...競争だ!争いだ!嫉妬妬み悔しい気持ちと勝利への願望だ!それが

より良い作品を生み出す秘訣なのではないかと思っている。」

「それって現代社会で一般的には卑しい物として排斥されようとしているものではないか?」

「それは社会ではなくおまえだろう?」

「なん...だと...?」

「自らに足りない思想や価値観を無理なく広げてくれるそんな魔道書とでも呼べる作品が、おまえにとっての純文学なんだよ!おまえにはあるか?熱量が、パッションが、筆が自然と動きだして世界をなぞるその力が!熱意を持たなければ込める事など叶わない、火をつけないフライパンの上にいくら素材を入れたって料理なんてできないだろう?素材だけではダメ、道具だけでは足りない、知識だけでは新しいものは生まれない!創作とは何か?

それは自信だ!おまえがオギャアと生まれてから今日まで世界へ抱いたその疑問を素材と、おまえが学んだすべての技術を知識と、おまえが涙を流した理不尽を熱として、全身全霊をかけて作った作品も数多の駄作に過ぎないという事を理解して尚も前に進み続ける馬鹿になれなければ、おまえに作家の資格はない。他の世界に生きたほうがいい。という事を前提にすべての世界があるに過ぎない」

「だから世界が息苦しいのではないか」

「苦しみの中でもがくものこそ美しい」

「それは悪魔の思想ではないか」

「悪魔の思想を巧く書ければ、芥川賞なんぞ軽く取れるぞ」

悪魔はそう話しながら高らかに笑っていた。


第二章 キャラクター


神社の境内から出て真っ直ぐに延びたアスファルトの道を、枯葉を踏みつけながらカサカサと進む。悪魔は帽子を胸に抱えながら左手を背中に回して、ゆったりと歩く。

それについていきながら悪魔の話を聞いていた。

「人気の小説に出てくるキャラクターというのはどれも地に足つけてキャラクターがたっている」

「地に足をつけるとは、どういう事だ。」

「小説に落とし込む人間は身近な人、もしくは自分自身を参考にすることが多いだろう?そんな周りの人のことを動物に例えてみるといい、そうすれば自然と登場人物達の人間関係も自然と構築することができる。」

「例えば?」

「例えば、忠実で人懐っこい正義感の強い人物何を想像した?それは犬ではないだろうか?

では少し変えて、粗野で不器用で根は優しく人情深い人というと?狼を思い描かなかったかい?楽をしたく周りを利用する。狡猾な人というと、猿を思い描かないかい?そんなふうに考えた時に正義感の強い人と狡猾な人を

合わせたらシーン1 犬が騙される。シーン2喧嘩になる。シーン3猿に罰がくだる。みたいな感じで自然とストーリーができるものではないかと思う。」

「それは人それぞれあるんじゃないですか?なんかしっくりこないですけど...」

「まぁ取り敢えず困ってたら小説の中に入っていく感覚を研ぎ澄ますといいよ、そんな馬鹿なって思うかも知れないけど意外とコレが馬鹿にならないくらいかけるんだよね」

「そんなものでしょうか?」

「今まで経験してきた人間関係の全てが君の勘みたいなものになって蓄積された感覚はたぶん言語化できないけど確かな技術に繋がっている、と思うよ。知らんけど」

「知らんけどって...案外適当ですね」

「ごちゃごちゃとうるさいな、こうゆうパッションみたいなところは読者兼作家の一種のオカルトティックなスピリチュアル的センスに任せる他ないんだよ。」

「ふわっとし過ぎてて解説系小説家的ポジションに着くのは難しそうだな。」


第三章 テーマの作り方


道端の自動販売機の前で止まった悪魔は、甘いミルクの混じったコーヒーとブラックを買ってから、テーマについて話し始めた。

「物語には必ずテーマがある。」

「さっき話してた材料の部分ですか?」

そうゆうと悪魔はニヤリと笑った。

「いや、料理名と言ったほうがいいかな例えば初めて作った、母が作った、料理人が作ったハンバーグどれも同じ味だろうか?いやいや同じハンバーグでも、作る人が違えば、味も形も大きさも変わるはずなんだよそれならば、テーマっていうのは料理名、小説家で言うところのジャンル、まずは書きたいジャンルの本を読んでみるといい、そしたら自ずとどんな作風にしたいかっていうところがわかってくるんじゃないかな?」

「でも僕にはとてもじゃないが無理だろう」

いくらインプットをしようがアウトプットがうまくいかない、僕はそう言う人間だ。

「ではそれをテーマに本を書けばいいじゃないか」

お気楽にいい切るものだな。

私は3年間小説が書けないことに葛藤して、もがいてやっとの事で書いた小説が予選で落とされてその上で訳のわからないおっさんの与太話につきあっているんだ、藁にもすがる気持ちでな、そう考えていたら悪魔はブラックのコーヒーを俺に投げてきた。

「おっと、と」

「テーマを書く時は、大言壮語よりも身の丈にあったものの方がウケるぞ。」

「テーマの身の丈か?」

「そうだ、料理初心者がいきなり名前も知らないフランスの料理作れって言われても、そりゃ無理だろう。ならテーマは散歩とか、釣りとか、取り敢えず面白くなくていいから身の丈にあった文章を書く事が近道なんじゃないかと思うね、俺は」

「でも面白くないなら、小説家として受からないだろ?」

「そいつはどうかな?あんまり面白そうじゃないタイトルと作品でも読んでみて書き手の技術さえあれば普通にウケている場面ってのは案外あるぞ、例えば素人の作った半熟卵とプロが作った半熟卵とでは、出来上がりが違うだろ?シトラス文庫の新人賞の選評を読んでみろ、その作品についての面白い場所とダメな場所って言うのがはっきり書かれているが、そんなものは編集者の好みの問題ってだけで落とされる場合が多い。肩肘張って書いた背伸びした文面よりも今書ける自分の最高出力を出して書いた文の方が読み手が親身になって楽しめるんじゃないかと思うんだが、俺がいいたいことはやりたいように模索しながら好き勝手書いた文の方が面白いだろう?きっとそうさ、そうに違いないそっちの方が書き手も楽だろう?」

「その堕落と推敲の狭間で揺れながら、模索するのが一番大変なんじゃないか」

「それを楽しむのが作家だろ?」

実に簡単に言ってくれるものだと、内心冷笑しつつ適度に相槌を打つくだらないこのやり取りが、若干楽しかった。


第四章 リライト


悪魔は神社の外にある御神木にもたれながら、缶コーヒーのタブに指を通して開けた後で口をつけていた。

「悪魔が神様の木に触れて大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、浄化とかされないのかと思って」

「本当に神が宿っていたらまずいが、此処に神などいないからな」

「でも神社に神がいないってあり得るの?」

「神の目撃情報を目安に社を建てても、神だっていつまでもそこにいる訳じゃない。」

「なるほど、普通は移動するか」

「そんな事よりも次の話だ。自分の書いた文章を俯瞰して読みながら添削する方法について話すぞ」

「一体どうすればいいんだ?」

「それはだな、時間を空けてから読んでみるといい」

「時間を空ける?」

「そうだ、ここでは熱した鉄をイメージして欲しい、それをおまえは叩いて自分の思い通りにイメージした形になっていると思うが、冷めていくにつれ粗が目立つようになっていくその粗を直す事ができれば作品の完成に一歩近づくというわけさ」

「それがお前が言っているいい作品の作り方という訳か」

「そうだ、客観的に贔屓目なしで読んでみて面白い作品にするには、同じ接続詞、言葉を多用しない、言いかた一つにしたって工夫を凝らす。あってない場合は直す。その一つ一つの文節の誠実さが読者に読んでもらうときに面白いとか感動に繋がるわけだな、長すぎる文章は二つに区切ってみたりしたりするといい」

「なるほど、過去形を多用しちまうから俺の作品は評価されにくいんだな?」

「全ての原因がそこにあるとはいえないが、それもおそらく原因の一つであろうな」

「一つ疑問なんだが」

「あぁ」

「どうしてこんなに親身になってくれるんだ?」

「それは契約だからさ」

「契約?」

「そうだ」


第五章 夢をくれた悪魔


「もしもお前の夢が叶ったときは、お前の命をもらいにいくぞ」

河川敷に差し当たり、先程まで一緒に夢の話をしていたその男が、悪魔であった事を思い出した。

「随分と安い代償だな」

「いやいやこんなに高い授業料は今まで払わせた事がない、己を非凡というお前に確かな技術を授けたのだよ。先程のやりとりは全てが悪魔の高い授業だったわけさ」

「何事にも打ち込めず、口だけの男、それが俺だ。己の才をここまで期待されたのは生まれて初めてだ。

走れば転げ、学べば堕ちて、魅力を出そうと奮起すれば笑われるばかりのこの俺に、まだチャンスをくれようとしたおまえには、感謝以外の何物もない、よしわかった!もしも夢が叶ったときは俺の命をくれてやろう」

「よく言ったそれでこそ男だ。」

旋風が舞い枯れ葉に包まれながらその男は姿を消した。



「先輩」

ヤギのツノと蝙蝠の羽、ギラギラとした鋭い眼光と赤い皮膚。ここは地獄の3丁目。パナマ帽を被った男に向かってそのデーモンは話しかけた。

「どうした?」

「人間の夢を応援して、それから命を刈り取るのってなんでっすか?」

「そいつはお前、堕落する人間は勝手に堕落するからな、俺たちが摘むべき芽はとにかく手を動かすバカ達だよ」

「まるで飛んで火にいる夏の虫っすね」

「多分もう人間は手を出さなくても滅ぶんじゃないかな」

そういいながら悪魔は缶コーヒーを飲み干した。

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