004 旅立ちと復讐
「ディウス、手配していた馬車が来たわよ」
母の声が扉の向こうから聞こえる。
王都に向かう時間のようだ。
「聞こえたろ? もう終わりだ」
「うぅぅぅ……。これから寂しくなるなぁ」
朝になっても俺とレイナはイチャイチャしていた。
いや、厳密にはレイナがひたすらイチャイチャしてきた。
体中にキスしてきたり、甘い声で淫らなことをおねだりしてきたり。
俺はそれに応じていただけだ。
「そんなに寂しいなら一緒に王都へ行くか?」
「それは嫌だぁ。私、この村が好きなんだもん! ディウスが残ってよ!」
「残ったら冒険者として活動できないじゃないか」
冒険者は〈冒険者ギルド〉のクエストをこなしてお金を稼ぐ。
そのため、ギルドがないこの村ではただのプー太郎になるのだ。
「じゃあ、月に1回は村に戻ってきて!」
「その頻度はどうか分からないが、年に1~2回は戻れるように頑張る」
「やった!」
その後もレイナはイチャイチャしてきて、馬車を待たせることになった。
◇
俺の旅立ちは村民全員が見送ってくれた。
ジークの両親もその場にいる。
他の人たちと違って複雑そうな顔をしていた。
息子が死んだばかりなのだから当然だ。
(妙な罪悪感が湧いてくるな)
ジークに復讐したこと自体は後悔していない。
しかし、ジークの両親には申し訳ないと思った。
「頑張るんじゃぞ、ディウス」
村長が皆を代表して声を掛けてくる。
その隣には、捨てられた子犬のような目で俺を見るレイナ。
「ありがとう、村長さん。じゃあ皆、俺、行ってくるよ!」
皆に手を振りながら馬車に乗り込もうとする。
だが、その時だった。
「待て! ディウス!」
この場に似つかわしくない怒声が響く。
声の主が遠くから歩いてくる。
「ジーク!?」
我が目を疑ったが、間違いなかった。
全身がズタボロになっているが、紛れもなくジークだ。
血走った目で俺を睨んでいる。
「ジーク! 生きていたのね!」
「よかった! 本当に良かった!」
ジークの両親が駆け寄り、息子を抱きしめた。
村民たちも「良かったねぇ」と頬を緩ませている。
「良くなんかねぇ!」
ジークが吠える。
皆は「えっ」と驚いた。
「俺はアイツに……ディウスに崖から突き落とされたんだ!」
「「「なんだって!?」」」
場に衝撃が走る。
俺は何も言わずに静観していた。
対応を検討中だ。
「どういうことなの? ジーク」
母親はジークに肩を貸しながら尋ねた。
「昨日、俺とアイツはあそこの崖を登っていたんだ。それで頂上まで登ったところで、ディウスがいきなり俺の体を蹴って突き落としたんだよ!」
「本当なの!?」
ジークの母親が俺を睨む。
俺の両親も信じられないといった顔で俺を見ていた。
「そんなわけないだろ。何で俺がジークを蹴落とすんだ」
俺は笑って流した。
「そうよ! ディウスとジークは親友でしょ!」
レイナが続く。
この意見に多くの村民が「たしかに」と頷いていた。
小さな村だから、人間関係は全て筒抜けだ。
もちろん俺とレイナのことも……。
「落下の衝撃で記憶がおかしくなったんじゃないか? ジーク、お前はワイバーンに襲われて落ちたんだよ」
俺はさらりと言ってのけた。
(周りの反応を見れば俺の優勢は明らかだな)
誰もが俺の言葉を信じている。
冷静に考えれば当たり前のことだった。
現世における俺とジークに何の因縁もないのだから。
「本当なんだって! アイツが! ディウスが俺を!」
「ジーク、落ち着きなさい」
「そうだ。ディウス君がそんなことするわけないじゃないか」
ジークの両親ですら息子の言葉を疑っていた。
「何で誰も信じないんだよ! あそこにいるディウスは悪魔なんだよ! 化け物なんだ! 俺を崖から突き落としたんだって!」
ジークが訳の分からないことを喚きまくる。
どれだけ必死に訴えても、誰の胸にも響かなかった。
「ジーク、少し家で休んだほうがいいんじゃないか」
村長が気遣って手を差し伸べるが――。
「触るなよジジイ!」
ジークは拒絶した。
村長の手を振り払い、強く睨みつけたのだ。
「お主、ワシに向かってなんじゃその目は!」
これに村長が怒る。
村長は未成年には優しいが、大人には厳しい男だ。
今のジークが相手でも容赦しなかった。
「ジーク、謝りなさい、村長さんに」
「うるさいうるさいうるさい! 母さんも信じていないくせに! 何で誰も信じてくれないんだよ!」
ジークはある種のパニック状態に陥っていた。
「ジーク、あのね、ディウスはベヒーモスから村の皆を守ってくれたんだよ?」
レイナが昨日のことを説明した。
さすがに好きな女の言葉なら耳を貸すようで、ジークは大人しく聞いていた。
「ベヒーモスを……? ディウスが?」
「うん。それにね、村に戻ってきた時のディウスは悲しそうにしていたよ。もし本当にジークを崖から落としたのなら、あんな顔はできないと思う」
「ディウスが悲しそうに……」
ジークの動揺が収まりそうだ。
(せっかく生きていやがったんだ。ダメ押しにもう一発くらわしてやるか)
俺はレイナに近づき、彼女の肩に手を回した。
「レイナ、気持ちは嬉しいけど、君が言うのは逆効果だよ」
「え?」
「だってレイナは俺の女なんだからさ。発言に偏りが出てしまう」
そう言うと、俺は皆の前でレイナとキスした。
驚く彼女の唇を奪い、ジークの前で見せつけるように舌を絡める。
「ディウス……!」
レイナは頬を赤らめて受け入れた。
俺の首に両手を絡めて、情熱的なキスをする。
「嘘だ……! レイナがディウスと……! 嘘だああああああ!」
ジークは泣き崩れた。
(親友に裏切られ、好きな女まで奪われた絶望を味わうといい)
「ディウス君、ごめんね。この子に悪気はないの」
「村長さんもすみません。息子にはきっちり叱って謝りに行かせますから」
ジークの両親が放心している息子を抱えて家に運ぶ。
「さて、俺は王都に行ってくるよ」
「おお、そうじゃった! お主の見送りをせんとな!」
「ディウス、死なないでね。また帰ってきてね! 私、待ってるから!」
「おうよ」
レイナと別れのキスをして、俺は馬車に乗り込んだ。
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