002 ベヒーモス・ディアブロ

 ひとえにベヒーモスといっても種類は様々だ。

 俺の村を襲ったのがどのタイプかは分からない。


 ただ、一つ言えることがある。

 ベヒーモスは最下級でも手強いということだ。

 冒険者レベルで表すなら適性は45になる。

 ソロだと+15の60が適性レベルだろう。


 そんな相手に太刀打ちするなら〈神聖武器〉が必要だ。

 〈スフィア〉を装着するスロットを備えた、上級冒険者の御用達。


「なんとか間に合った」


 日が暮れ始めた頃、俺は村に帰還した。

 草原の上に位置しており、周囲が木の柵で囲まれている。

 ベヒーモスはまだ現れておらず、皆はのんびり過ごしていた。


「ディウスー!」


 木の門が開いて、同い年の女が駆け寄ってきた。

 ピンクのミディアムヘアで、クリッとした目をしている。

 レイナだ。


「レイナ……」


 俺は反応に困った。

 前世でレイナの俺に対する気持ちを知ってしまったからだ。

 それによると、この時点で既に、彼女は俺に好意を抱いていたという。

 俺は結婚を申し込まれるまで幼馴染みとしか見ていなかった。


「どうしたの? 神妙な顔をしちゃってさ。というか、ジークは?」


 レイナは髪を掻き上げ、俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。


(どうやら俺の反応を見て誤解したようだな)


 これ幸いとばかりに、彼女が言う「神妙な顔」のまま答えた。


「ジークは……死んだ」


「えっ」


「崖に登ったところでワイバーンに襲われて、アイツ、そのまま下に……」


「嘘ッ……!」


 レイナの目に涙が込み上げる。

 彼女は俺に好意を持っているが、ジークのことも好きだった。

 友達としてだが。


「気持ちは分かるよ。俺も辛い……」


 レイナを騙すのは気が引けるけれど、ここで正直な言葉は言えない。

 俺は彼女を抱きしめ、頭を撫でた。


「ところでレイナ、村長はどこにいる?」


「村長?」


「ジークの件を報告したいんだ」


「そっか、そうだよね。村長はさっき家に戻っていたよ」


「分かった。本当はもっと抱きしめてやりたいんだが……」


「ううん、大丈夫。村長さんのところに行ってきて」


「すまんな」


 俺は駆け足で村長の家に向かった。

 ジークの件は建前に過ぎず、本命は神聖武器だ。


 若い頃、村長は冒険者をしていた。

 最終的にはCランクに到達したと言っていた記憶がある。

 つまりレベルは45~54の間ということ。

 そのレベル帯なら神聖武器を持っている可能性が高い。


「村長さん!」


 俺は村長の家に飛び込んだ。


「よぉディウス、血相を変えてどうしたんじゃ?」


 村長は居間にいた。

 古びた木の椅子に座り、膝の上で眠る猫を撫でている。


「ジークが死んだ! ワイバーンに襲われて崖から落ちたんだ!」


「なんじゃと!?」


 反射的に立ち上がる村長。


「そんなことよりも神聖武器! 村長さん、持っていない?」


「Fランクの剣ならあるが……それよりもジークは」


「ジークは死んだ! 言っただろ! 崖から落ちた! 以上! 村長さん、俺は冒険者になる! だから神聖武器をちょうだい!」


 ベヒーモスが現れるまで猶予はないはずだ。

 俺は捲し立てるような早口で話を進めようとした。


「神聖武器は村の倉庫に保管してある。欲しいなら自由に使うといい。ワシはジークの両親に報告してくる」


 村長はあっさり快諾してくれた。

 ジークの件で頭がいっぱいになっているようだ。

 平時なら「冒険者は危険だからダメ」と頑なに反対していただろう。


「ありがとう、村長さん!」


 俺は話を切り上げて倉庫に向かった。

 Fランクだろうと神聖武器の力は凄まじい。

 俺の経験があれば、この体でもベヒーモスを倒せるはずだ。

 相手がA級以上の上位種だと話は別だが。


「お、あったあった!」


 倉庫に入ってすぐ神聖武器を見つけた。

 Fランクのプリズムガリバーという長剣だ。

 鍬などの農具に並んで隅のほうに立っていた。


「って、おい! なんでスフィアがないんだよ!」


 神聖武器はあったが、スフィアスロットは空だった。

 これは普通だとあり得ないことだ。


 神聖武器はスフィアを装着して初めて意味を成す。

 つまり、スフィアのない神聖武器はただの武器と同義なのだ。


「これだったら鍬で戦っても大して変わらねぇよ……」


 俺は村長を呪った。


「「「キャアアアアアアアアアアアアア!」」」


 そんな時、外から悲鳴が聞こえてきた。

 それが何を意味するかは一瞬で分かった。


「ベヒーモスだ!」


 俺はプリズムガリバーを持って倉庫を出た。

 スロットが空でも、ただの剣としては使えることに変わりない。


(ぐっ、重いな……!)


 前世なら片手で振り回せた長剣も、今の俺には両手で精一杯だ。

 年齢的には今でも立派な大人だが、筋力が全く足りていなかった。

 体が細いことは鏡を見なくても分かる。


「グォオオオオオオオオオオオオオ!」


 倉庫を出てすぐにベヒーモスを見つけた。

 筋骨隆々で、凶悪な角を生やした巨大な四足獣だ。


「おいおい、嘘だろ。A級じゃねぇかよ……!」


 敵は上位種のベヒーモス・ディアブロだった。

 前世の俺でもソロで倒すには骨が折れるほどの強敵だ。

 スフィアのないプリズムガリバーでは傷一つ付けられないだろう。


(何で上位種がこんなところに……! いや、それよりも!)


 よく見るとベヒーモスは手負いだった。

 一部ではあるが、腹部の皮膚が剥がれている。

 その箇所は薄い膜に覆われていて、心臓が透けていた。


(あそこに剣を刺せば勝てるぞ!)


 考えるよりも先に体が動いた。


「皆は下がっておれ! ワシが、ワシがこの村を守るんじゃ!」


 鍬を片手にベヒーモスに立ち向かう村長。


「危ないから村長さんも下がっていて! アイツは俺がやる!」


 俺は村長の横を駆け抜けた。


「おい、ディウス! 待つんじゃ!」


「やめなさいディウス!」


 母親の悲鳴が聞こえるが止まらない。


「ディウス! ダメ!」


 レイナの声だ。


「ういおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は皆の声を無視して突っ込んだ。

 両手で長剣を持ち、切っ先を敵に向ける。


「グォオオオオオオオ!」


 ベヒーモスは突っ込んでくる俺を前肢で薙ぎ払おうとした。

 家よりも大きな獣の掌底だ。

 かすり傷でも致命傷は避けられない。


「その攻撃は知っている!」


 俺は剣を地面に刺し、棒高跳びの要領で跳躍。

 ベヒーモスの攻撃を回避した。

 そのまま敵の懐に飛び込み、そして――。


「もらったああああああ!」


 手応え、あり。


「グォ、グォオオ……」


 ベヒーモスの声が弱まっていく。

 俺の剣は、敵の膜を突き破って心臓に刺さっていた。


「トドメだ!」


 剣を横にぐるりと回転させる。

 心臓が完全に機能を停止し、ベヒーモスは死亡。

 その場に崩落した。


「なんとか勝てたな……」


 被害は木の柵と畑の一部が壊れた程度だ。

 死傷者は出ていなかった。


「ディウス、なんじゃその動きは……!」


「すごい……!」


 皆が衝撃を受けている。

 俺はベヒーモスの前に座って呼吸を整えた。

 前世と違ってスタミナがないため、この程度の戦いでもバテバテだ。


「ぬぅ? 依頼を受けてやってきたが……既に討伐が済んでおるではないか」


 息を整えていると、老練の剣士がやってきた。

 前世ではベヒーモスを倒してレイナを守ってくれた冒険者だ。

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