関西騒擾夜 結:ボクが死なんでも済むようにしたる

 ――いやいや、違うよねボク。

 立ちはだかる敵全部ぶちのめしたろ! は生存戦略じゃないよね。

 それはもう単に覇道を行ってるだけなんよ。

 そら格好は良かったかも知らんけど、「ここは自分に任せておけ」はどう考えても死亡フラグなんだよなあ。

 特に今回の一件なんか、本編開始前に軒並み実力者を退場させておくエピソードっぽい雰囲気あったし。

 この件で最強の退魔師を失った関西は、続くあやかしたちの侵攻によって嘘のようにぼろ負けした……みたいなね。

 絶望の闇に包まれた関西に舞い降りる一人の天才退魔師(Notボク)系の話が始まってしまうんか思ったわ。

 事態を無難に乗り切ろうとしたくても、ボクに退魔師の責務が骨の髄まで染みついてるばかりにチクショウ!

 しかも単純に負けるのが論外としても、格を上げすぎてもそれはそれで話的に使いづらくなって死が見えてくる気がすんの怖ない?

 一般人は守る、退魔師の責務も果たす、その上で生き残る――全然簡単なことじゃないでホンマ……。

 仲間、ボクの頼れる仲間はどこ? ここ?

 すずりちゃんの一刻も早い成長が望まれるわ、マジで。

 山桜桃ゆすらのやつも大丈夫やろか。

 いや死者も出てへんし、ボクもいうほど危なかったわけやないけどな?

 でもそれって結果論やし、ついでに言うたらやっぱ異能バトルというには肉弾戦に寄りすぎや思うんよ。

 もっとこう、安全に遠距離から一発でズドーンみたいな技編み出せんのかな。

 ちょっと今回の一戦で霊気を雷に変える手ごたえみたいなんあったけど、精進あるのみやなあ。

 しっかし今夜みたいな騒動でも突如として力に目覚めた系の話が出ないあたり、いまの関西には原作の主人公おらんっぽいわ。

 もしくはそもそも実力者ポジやないんか、危機を未然に防げてしまったんが良くなかったんか。

 こういう時に発見されんのがお約束のはずやけど……一応あとで調べとこか。

 あと許可を受けてしれっと使ってた霊道とかいうショートカットも九十九・九九パーセントは安全って怖ない?

 一万人に一人は神隠しにあってるって、それ頻度としては高すぎるんよ。

 もう少し、せめて飛行機事故くらいには安全にならんのかいな。いや本当ちょっとそれをためらわんと使うとかボクは覚悟決まりすぎやろ。

 空気吸うように女性口説くのもどうなんかなぁ。

 今でもすずりちゃんだけやのうて愛人二人もおんのに、管区指令に現地の人妻退魔師てどないなっとるんや性倫理。イケメン無罪か?

 退魔師の死亡率考えて割とそこらへん必要なんは知識としてあんねんけど。

 あやかしとの戦い以外にも家中の人間関係と女性関係と、もうどこに気をつけたらいいかわからんわ。

 死亡フラグ多すぎやねん、こないたくさん心配せないかんってことある?

 せめてこう、今回の鬼を今後はうまいこと活かして――鬼の大女連れたキツネ顔の男ってそれますます悪役感増してんなぁ。

「詰んだわ」

「――何か、おっしゃられましたか直志なおし殿?」

「あーいや、なんもですわ」

「左様ですか」

 言葉とともにひやりとした手のひらがそっと額に押しあてられる。

 後頭部に感じている柔らかなそれとはまた違う、心地よさを覚える感触だった。

 うん、人妻狐面退魔師の膝枕の誘惑には勝てんかったよ。

 だって讃良ささらさん、おっぱい大きいんやもん……。

 まぁちょっとだけ、迎えの車が来るちょっとの間だけやからええやろ。

 すずりちゃんにバレたら心配させといてってめちゃくちゃキレられそうやからそこだけ気ぃつけとく感じで。

「直志殿、あまり頭をもぞもぞさせないでください」

「あぁ、どうもすんません」

 しっかし落ち着いて聞いたら声が色っぽいんよなあ、この人。

 スタイルもええし、絶対美人やろ。お約束的に。

 後戻りできんくなる気ィするから敢えて見ようとは思わんけど、この艶っぽさで人妻名乗るんは各方面に失礼やない?

「傷が痛みますか? 難しい顔をなさっていますが、少しお眠りになった方がいいのでは……」

「あー、いやそない心配せんでも、こんなもん怪我のうちにも入りませんて」

 あかん、疲れてるからか優しくされるんが妙に染みる。

 助けてすずりちゃん、ボクこの人も好きになってまうかもしらん。

「直志殿は大変なことを成し遂げられたのです。少しくらい気を緩めていても御家の方も何も言われないと思いますが」

「どないかなぁ、普段はボクがケツ叩いとるし」

 際限なく甘やかされてしまいそうなので、適当に切り上げて目を閉じた。

 しかしまぁこんな役得も生き残ればこそや、こんだけ体張ってることへの報酬や思うたらささやかーなもんちゃう?

 正直しんどい。

 しんどいけどもかといって葛道かずらみち直志の生き方は、今更変えられる気しぃへん。

 高貴な義務ノブレスオブリージュ気取るわけやないけど、命を張った意地って奴は嫌いになれん。

 男の子やね。

 やからまぁ、ボクがこの先生きのこるためには――

「もっと、強ぅならんとなあ」

「――っ」

 口からついつい洩れた決意が聞こえたか、讃良さんが小さく息を呑む音がした。

 慈しむように優しい指が額から髪に差し込まれ、頭をゆっくりと撫でる。

 その指の心地よさに体の力が抜け意識が眠りに引っ張られた。

 まぁ、もうちょっとくらい休んでても大丈夫やろ……。


 ――ところでボク、なんか思考までエセ関西弁になってへん? 怖っ。


 §


 払暁ふつぎょうがせまり空に鳥の声が響きはじめるころ、明かりを落とした暗い部屋で、文机に置いた書見台と向き合っている和装の青年の姿があった。

 元々白いその顔が十インチのタブレットの発する光でぼうと青白く輝いている。

 画面ではビデオ通話用のアプリが立ち上がっていた。

『――悪い、遅くなった雪の字』

 青年の部屋と似たような和室の風景を写していたカメラにフレームインしてきたのは、まだ顔に少年らしさを残した活発そうな青年だった。

 名を来島くるしま鉄心てっしん

 文机の前に座する青年、三代目當間とうま雪之丞ゆきのじょうと並んで当代最強の呼び声高い一級退魔師である。

「いや、忙しい中時間を作ってくれて感謝する。それで、話は聞いているか?」

『あぁ四県、一府三県か。それに渡って大妖が二、中妖複数、おまけに中心市街では百鬼夜行だろ? 聞いただけで頭が痛くなんぜ』

「鉄、これがもし九州で起きていたとしたら、どうだ」

『ん、そりゃまぁなんとかしたさとは意地で言わせてもらうけどよ。あやかしが本気だったら戦力の割り当てミスればどこかで惨事。そういう規模だろ、これは』

「ああ、俺もそう思う。そこをなおさんが難しいところを一番に引き取ったおかげで、ほかはまだ余裕が持てた」

『あの人らしいわ――雪の字の立場じゃできねえ仕事だな?』

「かわりに俺は周りを頼らせてもらってるさ、しかしこれで関西への評価も少しは改まればいいんだが」

『あっこはどうにもややこしくてしょうがねえよ……ところでよぉ、ことの理由が理由だろ? これ本人は相当ブチギレてんじゃねえの?』

「ああ、詳細を聞く前にはもう件の鬼族・・の女の角を折った上で張形に加工していたらしいからな……」

 妖鬼ではなく、鬼族。

 すなわち恨みや憎しみによって転じた人にあだをなす鬼ではなく、古来よりあちら・・・側に住まう、あやかしとしての日ノ本の民ということだ。

 もっとも世を乱すのなら退魔師がとる対処は妖鬼のそれと変わりはないが。

『なんでそうなんのかはわかんねぇけど、直志なおっさんがバチクソにキレてんのだけは伝わったわ……くわばらくわばら』

「俺もまぁ、伴侶探しのための物見・・・・・・・・・・と聞いたときは耳を疑った。現場で命を張った直さんたちにはたまらんだろう」

 退魔師はあやかしを討つものであると同時に、もっともあちら側に近しい存在でもある。

 自然、両者の交わりは愛憎の入り混じるものとなり、退魔師には人ならざる者の血が入っている家も多い。

 いや、まったく入っていない方が珍しいといって良かった。

 かの安倍晴明あべのせいめいからして、母は稲荷神の使いである狐といわれている――そして鉄心が昨年めとった妻もまた、鬼族の娘だった。

『動機はまぁおいてもよ、手段が迷惑すぎるぜ。こっちが荒れるのを知ってて一気に出てきたんだろ?』

「そのようだ。しかしだからといって、鬼族側の反応を無視はできん。沙都さとさんはこの件についてなんと言っている?」

 この会話には情報の共有のほかに鬼族ならではの意見を求めての意図もあった

『あぁ、そっちはシンプルなもんだ。負けたあとでなにをされようが『弱いのが悪い』だとさ。『出てこなければやられなかったのに』とも言ってたぜ。まぁ実際本音でそんなところじゃねえか?』

「――そうか、そう聞いて少し安心したよ。敵討ちは考えにくいか」

『いやあ、さすがに無理だろ。婚活気分でウキウキ出てきて、こっちを大騒ぎにしてあげくにブチのめされたら被害者面すんのはよ』

 面の皮厚すぎてオレでもキレるわ、と言う鉄心に雪之丞は苦笑を漏らした。

「お前でも、とは言うがむしろ直さんよりお前の方がよっぽど短気だろう」

『は? そんなにキレてないだろうが』

「すでに半ギレに聞こえるぞ……」

『いや、全然キレてねえよ。つかそれより今後だよ、今後。オレと沙都の一件が関係してそうだから、直志さんところに詫びに行けとかって話か?』

「いや、さすがにそれは筋が違うだろう。まぁお前が顔を見せれば理由がなんでもあの人は喜びそうだが……気になっているのは、六甲に現れた八尾の妖狐だ」

『そっちは術者が総出で、頭を押さえたって話で……いや、一級が一人呪詛をもらったって言ってたな、それか?』

「いや、それは大事ないらしい。元々神部かんべは術式の方面では日本でも有数の家だ。見込み違いの心配もないだろう」

『なら何を気にしてんだよ、雪の字』

「妖狐への対処は中心地にほど近いこと、すでに他県での動きを見て対策が整えられていたことで早かった――」

『そんだけ聞けば、別に不自然でもなさそうだけどな』

「だが鬼よりよほどずる賢い妖狐がなぜ? ということだ。話に乗ること自体はいいだろう、そして一連の混乱の仕上げにもう一体の大妖――なるほど、対応するこちらからすれば最悪のタイミングだ」

『なら、戦略的に考えてのことなんじゃねえの』

「ああ、だが自身にも利を求めてのことなら、もっと早い方がいい。自らが何も得られないだろう状況で、顔を見せたのは何故だ? 妖狐はそもそも何を目的としてこの図を描いた?」

『狐にしちゃあ馬鹿だったか、親切に鬼たちを手伝うお人よしだった――ってぇことじゃないとお前は見てるわけだ』

「そうであれば楽だな、取り越し苦労ですむ」

『関東筆頭サマは気苦労が多くて大変だな』

「茶化すな――とはいえ今の時点ではとくにどうこうできることもないが」

『おいおい、なんだそりゃ』

「注意しておいてくれ、ということだ。もし鉄たちの馴れ初めが原因なら、九州の話を関西で真似る。そういう相手だ、はどこになるかわからんぞ」

『なるほどな、了解したぜ。狐がらみは特に、だな。何か妙なことがあればすぐ知らせる、沙都にも頼んどくわ』

「あぁ、任せたぞ」

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