第2話

「よーし、それじゃ、チュートリアルミッションに出発だよっ!」


ピリカが無邪気に叫んだかと思うと、マイルームの床がぐらりと揺れた。


「お、おいっ! なに勝手に起動してんだよ!!」


俺の叫びもむなしく、足元に魔法陣みたいな光の模様が広がっていく。中心から、ぐいぐいと引っ張られる感覚。うわ、これ、完全に転送されるやつじゃん!


「リク、初ミッションだからね! 気楽にね!」


「気楽にできるかぁぁぁっ!!」


返事をする暇もなく、視界がぱっと真っ白に弾けた。



次の瞬間、俺は――見知らぬ草原に立っていた。


「うわっ、なんだここ……」


広がる緑。澄んだ青空。まるで絵本の世界みたいな、ありえないほどきれいな風景。でも俺の脳内は、それどころじゃなかった。


「……服、変わってる……」


さっきのマイルームで着てた、ふわふわドレス風の衣装じゃない。今の俺は、もっと戦闘用っぽい、動きやすそうなショートスカートに、ぴったりフィットするアーマーっぽいトップスを身につけていた。なんか、えろ……じゃなくて、露出多めだけど、そこは突っ込んじゃいけない空気なんだろうか。


「ふふん、これがリクの戦闘スタイルだよ! 身軽さ重視!」


「いや、普通に防御力心配なんだけど!!」


俺が盛大にツッコむと、ピリカは羽をぱたぱたさせながら、前に出た。


「それじゃあ、チュートリアルの敵、出てきてもらおっか!」


ピリカがぴょいっと指を鳴らすと、草むらの奥から、モソモソと何かが這い出してきた。


「……うおっ、きた……!」


現れたのは、頭だけで俺の胴体くらいありそうなデカい毛玉。もさもさで、丸くて、目が二つだけギョロリと光ってる。


「バグモン種〈グラスバグ〉! 弱めだけど、油断は禁物だよ!」


「弱めでこれかよ……」


じりじりと距離を詰めてくるグラスバグを前に、俺は無意識に構えた。――いや、構えたって、武器なんて持ってねぇけど!


「リク、思いっきり殴っちゃっていいからねっ!」


「いや、言うのは簡単だけどな!? 普通こんな状況で女子が殴りに行くかよ!」


「リクは"魔法少女"だもん!」


「お前のその前提押し付けほんとやめろ!!」


泣き言を言いながらも、俺の身体は自然と前へ出ていた。たぶん、さっきの【超身体能力(魔法少女補正)】のおかげだ。変に躊躇ってたら、逆に危ない気がする。


「うおおおおっ!」


気合いだけで叫んで、俺はグラスバグに向かってダッシュした。思ったよりも、すげぇ速い。軽い。身体が跳ねるみたいに動く。


「てやぁぁぁぁっ!!」


振り抜いた拳が、ゴムみたいなバグモンのボディにめり込んだ。


ドカァァン!


「うっわ、すげぇ音!!」


一撃でグラスバグが吹き飛び、草原の向こうに消えた。なんだこの火力。俺、何かやばいもんにされてないか!?


「やったねリク! フィストマジック成功だよ!」


「マジでただ殴っただけだったんだけど!!」


ピリカはにこにこと宙で回転してる。ちょっと待て、これ、絶対普通の魔法少女じゃない。というか、魔法要素がまるで感じられない。拳だ、拳しかない。


「フィストマジックはね、拳に魔力を集中させることで威力を爆発的に高める魔法なんだよ! だからリクが全力でパンチするだけで、バグモンくらい楽勝ってわけ!」


「お前、さらっとえげつないこと言ってない?」


俺は自分の拳を見下ろした。小さくて、華奢で、一見するとただの女子高生の手。でも、たった今、自分がバケモノみたいな怪物をぶっ飛ばした感触が、まだ拳に残ってた。


「……すごいな、これ……」


思わず呟いた俺に、ピリカがふわりと寄り添ってくる。


「うんうん、リクはすっごく強いんだよ! 自信持っていいよ!」


「いや、うれしくないっていうか、複雑なんだけどなぁ……」


心の中ではツッコミを止める暇もなかったけど、それでも――


俺は、自分の拳をぐっと握りしめた。


この力、たしかに本物だ。


そして、ここから先、この拳で戦っていくしかないんだろうな、って。


「よーし、次のミッションに向かうよっ!」


「……え、もう!?」


「もちろん! チュートリアルはまだまだ序盤だもんっ!」


満面の笑みで宣言するピリカに、俺は顔を引きつらせるしかなかった。


「まじかよ……まだ続くのか、これ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る