【14】一生忘れられない夏休み
ばあちゃんの待つ、休憩所まで着くと、
ギャルさんは、指を離して中へと入って行った。
「どうしたの?」
その様子は、少し焦って見えた。
「ねぇ。おばあちゃんはどこ?」
「ん〜?居ないの?」
「見当たらない」
僕は、少し頭を使ってみる。
ああ。そういえば、若者に人気の歌手に興味があるとか言ってたな。
「多分、あの歌手のとこじゃないかな?」
「……帰らなきゃ」
「え?……ああ。うん。
今日はありがとう。
ばあちゃんは、僕が待つから
御崎さんは先に帰ってよ」
「だめ」
「え…何が?」
「……一緒じゃないと、だめ」
「?」
「私、おばあちゃん探してくる」
「あっ!ちょ!!僕も行くよ!!」
変だ。ギャルさんは、何かを怖がってる様に見える。
一体、何が不安なんだろうか?
休憩所を飛び出したギャルさんを追うと、
目の前には、凄い人の行列が出来ていた。
「うわ。さっきまでガラガラだったのに」
そういえば、さっきまで聞こえていた歌が聞こえない。
どうやら、有名歌手のライブが終わって、
用事がなくなった人達が、一斉に帰りはじめた様だ。
「……どうしよう」
「御崎さん。心配しなくてもいいよ?
ばあちゃん、迷子になる程、方向音痴じゃないし
ここに居れば、きっと戻ってくるよ」
「………それは……前と違うの?」
「…ん?前?」
前って……いつの事だろう?
「……私は……」
「あらぁ〜!かなたちゃん!!たけるちゃん!!」
ばあちゃんの声がした。
人混みの中に居るようだ。
「おばあちゃん!!!どこ!?」
ギャルさんが叫んだ。
僕は、ギャルさんが大きな声を出す所を初めて見た。
それも、こんなに必死な顔で。
「ここよぉ〜!!」
ばあちゃんは、人波に揉まれながら手を振って見せた。
結構遠くにいるなぁ〜
「おばあちゃん!!待って!!こっちに来てください!!!」
「かなたちゃ〜ん!!ごめんねぇ!!
そっちに行くの大変だから!
階段の下で待ってるわぁ〜!!」
「おばあちゃん!!!待ってくださいッ!!」
「御崎さん、ばあちゃんあそこに居るし
僕らも降りようよ」
「だめなんだ。それじゃ……間に合わないから!!」
「え?…あっ!!御崎さん!?」
ギャルさんは、スニーカーをぐっと踏みしめて、
人混みの中にダイブした。
もう、どこに居るのかわからない。
「ええ!?」
ギャルさん。そんなに、ばあちゃんの事が好きになったのかな?
それは、なんだか嬉しいな。
さて、僕はどうしようかな。
焦って合流しても仕方がない。
少し、人がはけてから階段を降りよう。
僕は、汗ばむ首元を手で扇ぎながら、上を向いた。
星が綺麗だった。
月は、まん丸と肥えて、金色のオーラを放っている。
「あ〜。いろんな事があったなぁ
なんだか、一生忘れられない夏休みになりそうだ」
僕の頭の中で、いろんな表情のギャルさんが踊った。
思わず、口から笑みがこぼれた。
大きな音がした。
いや、振動だった。
ドカンと、地面が一瞬大きく揺れた。
でも、地震じゃない。
そういう揺れ方じゃなかった。
次の瞬間、爆発するような悲鳴が神社に響いた。
「……なっ……何?」
足がブルブルと震える。
何が起きているのか全くわからなかった。
階段の方に人だかりが出来て、色んな人が大きな声で何かを叫んでいる。
「どうしたんですか……どうしたんですか……」
少しづつ、前へ進む。
そうしないと、膝が砕けて倒れそうだった。
ついに、階段の端まで来た時、その下を覗いた僕は、
その眼下に広がる光景に、背骨を砕かれた様な衝撃で崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
神社夏祭り将棋倒し事故。
ニュースでは、そう報じられた。
特番に呼ばれた群集事故の専門家の話では、
例年では、小人数しか集まらない小さな夏祭りに、
有名歌手を招いた事で、予期しない大人数が集まり、
自治体で対応できるキャパシティを超えたのが原因だと言っていた。
現場に居た僕は、その惨状を目の当たりにした。
まるで、トラックに積まれて運搬される荷物みたいに、人が積み上がっていた。
老若男女問わず、関節を色んな方向に曲げて横たわり、
人の隙間に人が埋まり、その一人一人が必死の悲鳴をあげていた。
地獄のような光景というのは、ああいうのを言うのだろう。
そして、何より。
山盛りになった人間の中に、自分の家族と、想い人が居る事を信じられなかった。
さっきまで、普通に会話して、互いの心情を探ったり、
それに顔を赤らめたりしていたのに。
あれから二日が経った。
被害にあった人が、あまりにも多くて、
誰がどこの病院に搬送されたかわからないと言われ、
僕は、居ても立っても居られない気持ちで二日を過ごした。
ようやく病院から連絡が来て、僕は弾ける様に家から飛び出し
連絡のあった病院に駆けつけた。
「ばあちゃん!!」
病室のドアを開けて、思わず僕は大きな声を張り上げた。
四人部屋の患者全員が、一斉に僕の方を見た。
その内の一つに、見慣れた顔があるのを確認して、
僕はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「たけるちゃん!!病院で大きな声出しちゃダメじゃないのぉ〜」
ああ。よかった。
本当によかった。
ばあちゃんは、無事だった。
怪我という怪我はなく、検査が終われば、
今日にでも退院できるとの事だ。
「ばあちゃん……本当に無事で良かった。
僕は、てっきり、もうダメかと思って」
僕の糸目から、ジワっと涙がにじみ出る。
そんな僕の様子を見て、ばあちゃんは真剣な顔で深々と頭を下げる
「ごめんなさいねぇ。心配をかけてしまって、
本当にごめんなさいねぇ」
「いいんだよ。でも……本当によく無事だったね
被害にあった人、特に年配の人は……その……」
僕は思わず口を閉じてしまう。
ニュースでは、事故にあった年配の人は、ほとんど亡くなったと報道していた。
なんだか、あまり口に出して言いたくない内容だ。
その事実を口にするのが『他の人みたいにならなくて良かったね』みたいに、
言っているみたいだからだ。
「かなたちゃんがねぇ……助けてくれたのよぉ」
「え?」
ギャルさんの名前が出た事で、僕の心が激しく動く。
彼女の安否は、まだ確認できていない。
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