第3話 騎士団長と平民聖女
「ん、んんっ……」
体を包む温かな布の感触に違和感を覚え、目を開けた私は、朝日の目を細めながらゆっくり起き上がると、白を基調とした部屋に置かれたベッドの上にいた。
「ここは、一体どこ?」
――確か、私は酔っ払いに道を尋ねたせいで、危うく宿に連れ込まれそうになって、それで……
「おっ、ようやく起きましたか」
「っ!」
驚いて横を見ると、そこには黒に金色の刺繍を施された騎士の制服らしきものに身を包んだ赤髪の大柄の男性が、私を見て安心したように微笑んだ。
そして、後ろにいた部下らしき人に指示を出したその人は、視線を私に戻した。
「今、部下に医者を呼ばせ、あなた用の食事を持ってくるように指示を出しましたので」
「あの、ここってどこですか? そして、あなた方は一体誰ですか?」
――あの酔っ払いの仲間ではないことは間違いないけど。
恐る恐る聞く私に、男性の騎士様は申し訳なさそうに眉を顰めた。
「あぁ、申し訳ございません。ご説明が遅くなりました。ここは、カレイド王国騎士団の客間です」
「カレイド王国!?」
――『カレイド王国』って、島国であるアガリテ皇国と海を挟んだ大陸で一番の大国! そしてここは、世界最強と謳われている王国騎士団!?
気がついたら海を渡って、世界最強の騎士団の客間でお世話になっていることに戸惑いが隠せない私。
そんな私を見て、優し気な笑みを浮かべた騎士様が左胸に手を当てた。
「そうです。そして、私は騎士団長のラウリス・フォルスター。恐れながら、酔っ払いに絡まれて困っているあなたを助け、我が騎士団で保護させていただきました」
「っ!」
――この方が、世界最強の騎士団を率いる団長様。
金色の瞳を細めて笑みを深めた団長様に見つめられ、急に恥ずかしくなった私は、正気を保とうと小さく首を横に振り、小さく息を吐くと深々と頭を下げた。
「あの、なんとお礼を申し上げたらいいやら……その、本当に、助けていただきありがとうございます」
「いえ。でもまさか、普段は滅多に神殿から出られない聖女様が、酔っ払いに絡まれているなんて……思いも寄りませんでした」
「っ!……私が、聖女だったのをご存じなのですか?」
「もちろんです。むしろ、私たちはあなたを我が国に迎え入れるために海を渡ってきたのですから」
「私を、迎えに?」
「はい。聖女であるあなたを……いや、大聖女様であるあなたを我が国に迎え入れたいのです」
「はいっ!?」
――私が大聖女様!? そんなわけない! そもそも、今の私には聖女に必要な神聖力がないのだから。
団長様から『大聖女様』と呼ばれて気が動転したが、視界の端に映った長い白髪に、助けていただいて温かくなっていた気持ちが、一気に申し訳ない気持ちに変わった。
「あの、騎士団長様」
「何でしょう?」
――言わないと、今の私は聖女じゃないと。
じっと見つめてくる団長様から失望される恐怖を、シーツを握っていた手に力を入れることで抑え込んだ私は、顔を俯かせると静かに口を開いた。
「申し訳ないのですが、今の私には神聖力が……」
「無いのですよね?」
「えっ?」
――知っていた? 今の私に神聖力が無いことを?
驚いて顔を上げた私に、優しく微笑んだ団長様がシーツを握っていた私の手を優しく包み込んだ。
「今のあなたに神聖力がないことは知っています。けれど、私たち騎士団は分かっています。元平民であるあなたが、聖女として傷ついている人達に躊躇いもなく救いの手を伸ばせる素晴らしい方だと」
「どう、して?」
――どうしてそこまで、私のこと……?
団長様の口振りからして、カレイド王国騎士団は私が元平民の聖女であることを知っている。
でも、どうしてわざわざ海を渡って私を迎えに来たのだろう?
私が過去に、騎士団に何かをしたわけでもあるまいし……
それでも、団長様の優しい言葉を聞いて、今までの虐げられてきた痛みや悲しみが涙となって頬を伝った。
それを大きな手で優しく拭った団長様は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「まずはゆっくり休んでください。頑張り過ぎたあなたには必要なことですから」
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