あっという病に
@kobayashikakeru
荻原 景(おぎはら けい)
はじめは軽く、グッと力を込める。
「っぐ…」
自分の身体の下からか細いうめきが聞こえる。
「締めるぞ」
なるべく高圧的に聞こえる様に低く声を出す。
わざとらしく低い自分の声に内心恥ずかしさを感じるが、すぐ考えない様に意識を相手の目に集中する。
彼女は苦しさからか目に涙が溜まっており、
顔が赤くなっていく。それが興奮からなのか分からないが手を引き剥がそうとするものの腕を叩いてはこない。
行為に及ぶ前に、2人で合図を決めている。
本当に苦しい時には腕を叩いて限界を教えるのだ。
元々こんな性癖は自分には無い。
今までの彼女ともこんなプレイはした事は誓ってない。
彼女から相談されなければ、する事もなかっただろう。前回はおっかなびっくりだったために、行為の後で気が小さいなどとからかわれた。
もう少し力を込めてみるか。
手のひらから彼女の喉が空気を吸おうと押し戻してくるのが強くなるのを感じる。
「ゔっ」
普段とは違う低い声と共に腕をパンパンと叩いてくる。
合図だ、腕の力を抜くと自分の手のひらが汗をかいていた事に気づいた。彼女の体温か、
それとも自分の小心者加減からなのか。
「ヴハッ、ハッ、ハッ、ハア、ハァッゴホッ」
彼女が酸素を求めて咳き込む。
涙で潤んだ瞳と涎にで湿った唇を見て鼓動が早くなるのを感じた。
影響されてこっちまで変な癖になりそうだ。
「ハァ…今日、…凄いね」
馬乗りになった自分の下からこちらを見上げて彼女が話しかけてくる。
彼女が息も絶え絶えに嬉しそうに高揚した顔で言う表情に顔が熱くなった気がする。
あらわになっている彼女の胸は呼吸に合わせて、自分の股の下を激しく上下に押し上げてくる。
彼女と目が合い、こちらの息も上がっているのに気づいて彼女は僕の手をもう一度喉へと運んでいく。
「…今度はしながら」
初めてだった学生の時と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に興奮しながら片手でゴムが付けたのを確認して両手を再度首元にそえる。
「んっぐ…」
苦しそうに、だが艶かしさのある吐息でギュッと手のひらに力がこもる。
彼女のふくらはぎが肩にかかり全身で体温を感じあう。
首から感じる彼女とも自身からかも分からない熱を感じながら、彼女の潤んだ瞳から目が離せない。
腰にも力が入り足がつりそうなくらい腹部から足にかけて力を込めて動かしつづける。
彼女と知り合ったのは同僚の紹介だった。
同僚の犬が子供を産み引き取ってくれる里親を探していた。
里親と会うと言う事で付き合ってついていくと、里親側も友人を連れてきていた。
それが彼女だ、初めの印象はきつそうな女性だなという印象。付き合いでついてきたからなのかかなりそっけない態度で首を何度も掻いていた。
首まであるセーターを着ていて、肌に合わないなら脱いだら良いのにと思っていた。
今思えばきっと首元を隠していたのだろう。
相談を受けた時に1人でも首を絞めてすると言っていた。
普段の彼女を思い出し一層頭に血が昇っていく。彼女の目が涙を溜めている。
頬が高揚して口が力無く空きツーとよだれが垂れてくる。
自分の興奮を止められない。
普段は冷たい印象の彼女を自分のものの様に扱う自分に又興奮していく。
「はあっはあっはあ、あ、はっはっ」
何も考えられず腰が動く、彼女の黒目が何度も上に痙攣する様に動き白目を剥きそうになっている。
自分の下半身が彼女の身体に打ち付ける音と共にバシバシと自身の腕を叩く音が重なって聞こえる。
もう少しで、今までないくらい…
恐らく血走った目で彼女の姿を目の端に捉えたまま息を荒げて動く。
「ふっ……はっ…は………ぅ…はぁはぁ」
たとえようのない脱力感と果てた感覚、高揚感で満たされて全身から力が抜けていく。
少し息を整えながら背中で息を吸う。
「…凄かった……、、」
思わずこぼれた自分の子供みたいな感想に自分で笑いそうになる。
天を仰ぎラブホテルの煙草で黄色くなりつつある天井を見つめる。
「大丈夫?」
彼女を労らなきゃと少し冷静になって額の汗を拭いながら声をかける。
返事はない、この前は冷やかされたが今日は問題なかっただろうと少し自身を取り戻しながら彼女の顔を伺う。
彼女も自分と同様天井を一点に見つめてたままだ。
彼女の胸は先ほどと違い全く動いていない。
まずいと思い、慌てて彼女の顔も覗き込む。
彼女の赤く高揚していた顔が今は青白く、
唇の端かららは泡だったよだれがついている。
血の気が引いていくのが分かる。
ほてって汗をかいていた背中がエアコンの風を敏感に感じ冷えていく。
「おいっ」と何度も声をかけて、揺さぶって良いのかも分からず迷った挙句何度もゆする。
駄目だ救急車、急いで自分のスマホを探す。
自分のスマホを目を動かしてキョロキョロと探している途中で先に彼女のバッグで隙間からスマホが光っているのを見つける。
拾い上げると着信で光っていだのだと分かる。
嫌な予感がして掛けてきている発信者の名前を見ると〝さとる〟の文字が表示されている。
まずい、旦那だ。
彼女には旦那がいる、何度も彼女の口から愚痴も名前も聞いている。
救急車は呼べない、結婚している事は里親探しで会った時に同僚も彼女の友人もいるところで話している。
いや、そもそも自分だって妻がいる。
あれからウロウロと部屋を裸で何度もベッドとドアを往復している。
何度も現状に絶望し身体を擦るよるにかきむしっていた。
どのくらいたったか、スマホを見ると10分しかたっていない。
身体をゆすり、学生の時ならった心臓マッサージをしたのち絶望しながらおぼつかない足取りで歩き回っている。
先ほど冷えた背中からは今度は冷や汗でびっしょりと汗がつたって気分が最悪だ。
自分の素足がペタペタと音を鳴らす中でカツンカツンと別の音が鳴っている。
焦って足を止める。
古いエアコンが風を出す音だけが聞こえる。
誰か来たのではと緊張で動けなくなる。
カツンッ
ドアの方から音が又聞こえる。
カツンッ
入ってくる訳はないと分かっていても怖くなってしまう。
カツンッ
まただ、足音のよう音は近づいてきている気がする。
カツンッ
ラブホテルだ鍵がかかっている。
カツンッ…カツンッ
音は先ほどより短いペースでなってくる。
カツンッ、カツンッ、カツンッ
近い、さっきより音が響いて聞こえる。
…
静寂によって自分の呼吸の音がやけに聞こえる。
…カツンッ、カツンッ、
カツンッ、カツンッ、カツンッ、
カツンッ、カツンッ、カツンッ、カツンッ、
扉の前まで足音が迫ってきて、心臓が飛び出るかと思うほど脈が速くなる。
…
また静寂。
……
握っていたスマホがバイブレーションし身体が跳ねて尻もちを思いっきり着く。
先ほどから握りしめていた自身のスマホには妻の名前が表示されていた。
後ろめたさから、一瞬ためらうが今は恐怖で声が聞きたい。咄嗟に電話に出る。
「…ごめんなさい」
つい謝ってしまった。
いやこれで良い全て話して楽になりたい。
たとえ離婚や仕事が続けられなくなっても良いやり直すのが良いはずだ。
「…あけて」
最初は打ち明けてと言われたのだと思い、
もう一度ごめんと言いかけた。
だがすぐにそれが妻の声でないことに気がついた。
「…あけて」
静かで低い声。だが、女の声な気がする。
わけがわからず、不安からまた自分の胸を掻きむしる。
コンコンッ
扉をノックされ尻もちをついたまま扉を凝視する。
「…あけて」
ゆっくりと扉のドアノブが回っていく。
おさえなきゃ、鍵のことなど忘れて扉に近づこうと思ったが腰が抜けて膝が笑っている。
「…あけるね」
また、意味を理解するのに数秒かかった。
意味が分かり飛びつくように立ち上がり扉に走る。
ガチャッ
ロックが外れた音が聞こえ、なんとかノブを引っ張ろうと手を伸ばす。今まで出したことの無い力で地面を蹴っていく。
…キィーーー
手が届く前に、にぶい金属のすれる響いた音とともに扉は開かれた。
全身が痒い。
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