あっという病に
@kobayashikakeru
浅川 忠(あさかわ ただし)
虫を見なくなった。
もう11月だし当然かもしれない、コンビニ前の明かりに照らされても鬱陶しい虫がいないなと気づいた。
灰皿の前は店内より混んでいる。ガラの悪い4人組と一緒に煙を吐きながら、他人の男女がする会話に耳を傾ける。
お局への愚痴から、話題が変わった所のようだ。
「大丈夫だったんですか?」
大柄の男が金髪コートにサングラスの男に質問する。女性2人の愚痴は終わらなそうも無かったし、良い選択だ。
「即死だったんだよ、抱き上げて下ろした時にもう駄目だったわ」
…反応はしなかったと思うが、改めてケータイのホーム画面を無駄に動かし視点を固定する。
「わりと高齢者だったし、救助活動はしたって証明にはなったと思うよ。逃げてたら罪が重くなるからさ。」
職場の愚痴に混じり、
あまりに現実的な会話の中に非日常な単語が入っていて身体の芯が冷えてくる様で、
首の裏ゾワゾワとが痒くなる。
「はねた時に車がえらい凹んでさ」
道で肩がぶつかってしまった。本当にそんな会話なんじゃないかと思うほどに、ソフトな温度感で死について語られる。
ましてや他人事で殺してしまったと話すのを聞いていると、首の裏あたりの痒みが強くなる。
「警察になんて言われたんです?」
馬鹿みたいな質問で会話が続いていく。
「飛び出してきたってんだって印象付けたけよ。ただし、道の側溝に捨てたドラレコだけが心配だわ」
やっとの思いで、接客が終わった後の煙草だというのに。
リラックスした気持ちもしぼみ、煙をゆっくりと吐く。
流石に3本目の煙草が気持ちが悪くなってきた。半分ほどで火種を灰皿に押し付けて車へ向かった。
帰りの車内でも先ほど聞いた会話が頭の中で脈打って回っていた。関係ない話だというのに気持ちが落ち着かない。
アパートに着いても食欲がなく、すぐに布団へ横になり寝てしまった。
そこからの5日間は地獄だった。あれ以来寝つきが悪くなり寝不足のふらつく足で出勤しようと階段を降りていた。
足を踏み外し体が不自然に回る。伸ばした手の爪が手すりにひっかき、そして宙をつかむ。後頭部が最初に無機質な階段へ打ち付けられる。鉄板がへこむ音と肉を叩いた様な鈍い音が同時になった。
赤い。
暗さと赤が視界を覆い、寒さと消えることのない頭痛と吐き気。
脳震盪の衝撃で突発的な記憶喪失になり息絶える数十分間は誰のことも思い出せず孤独と恐怖、そして首の裏の痒みだけが残った感覚だった。
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