恋の願いは七福神では叶わない!
おだた
夏祭り
九月。
千住本氷川神社にも暑い日が続いていて、空はあいもかわらず、晴れたり曇ったり。晴れると、日光が熱く肌を焼き、曇ると蒸し暑さが増す。銀杏の樹は青々とした葉で境内を覆い、熱風に枝を揺らせている。
七福神が一柱、大黒天が祀られている、千住本氷川神社に、法被姿の老若男女が集まっている。
その中にひとり、法被を着た女子高生、
水泳の塩素で焼けたショートカットには、茶色のメッシュが入っている。その頭に手ぬぐいで鉢巻する。神輿を担ぐ前から、暑さで汗が吹きでる。噴き出た汗が、額から、うなじから、首元から流れて、大きな胸元や背を濡らす。
「千尋ちゃん、熱中症には気をつけて」
「わかってます」
千尋は、スポーツドリンクを飲む。
「ちーちゃん!」
「笑美ちゃん!」
「法被姿、似合ってるよ」
「ありがとう」
千尋をちーちゃんと呼んだのは、幼なじみの女子中学生、佐々木
「笑美ちゃんも神輿、担げばいいのに」
「安全上、高校生以上だから」
「ところで、あいつは来てるの?」
「もちろん」
「その割には、姿が見えないけど」
千尋の後ろにヌッと、男子高校生が現れる。
「オー! さすが千尋、法被姿が似合ってる!」
すかさずスマホで千尋を撮りまくる。後ろか、前から、横から、下から。
彼は笑美の兄で、千尋と同い年の幼なじみ、佐々木
「汗が滴るうなじ! 汗で透けるスポブラ! 生足まで出して、これがエロくないと! 否! エロい!」
千尋の蹴りが炸裂する。
「今すぐ消えろ!」
「グハ! 千尋のマジ蹴りもひさしぶりだな」
「勝手に撮るな!」
「切ないなあ、幼なじみじゃないか」
「千尋、法被姿似合ってるね」
「鈴、来てくれたんだ」
「せっかく誘ってくれたんだし。それに、千尋の法被姿、見たかったしね」
現れたのは、伊集院
「撮っていい?」
「可愛く撮ってよ」
「千尋は元から可愛いじゃん」
「おだててもなにも出ないぞ」
「お、みんなそろってるな」
「とーちゃん」
千尋にとーちゃんと呼ばれたのは、芦立
「おとうさん、こんにちは」
「こんにちは、鈴ちゃん。学校では千尋が迷惑かけてるね」
「私、迷惑かけてないし」
「迷惑だなんてとんでもない。心強い友達です」
「俺も、心強い幼なじみです」
「にーちゃん。幼なじみは負けフラグだよ」
「佐々木兄妹は、あいかわらずにぎやかだな」
「うちの兄がやかましくて申し訳ありません」
「千尋はおまえの、お
「にーちゃんのその態度が既に失礼だよ」
宮司が友義に近づく。
「千尋ちゃん。大きくなりましたね」
「おかげさまで」
「幼い頃、あの三人で境内を駆け回っていたのが、つい昨日のようです」
「子供はあっという間に、大きくなりますから」
「勝ち気な性格は、母親似ですかな」
「そうですね」
「千尋ちゃん。医者を目指しているんだって?」
「はい。母の
「
「医師に落ち度はありませんでした」
「そのために、産科、婦人科に強い医大の付属学校へ、中学から通っている」
「納得できない年頃なんでしょうが、好きにさせています」
「学んで得ることもある。ですかな」
「良い娘に育ちました。ただ、ちょっと思い込みの激しいところがある。それが気がかりです」
三日前
「千尋!」
駆け寄る鈴。
「おはよう」
「おはよう」
「今日も暑いね」
「もうすぐ秋分だっていうのにおかしいよね、この暑さ。地球温暖化だよ」
「炭素を大量に必要とする建築技術ができれば、CO2削減に帰依するかも」
「想像もつかないね」
「そうでもないよ」
「なにそれ」
「鉄とコンクリートで造られているビルを炭素で造られるようにできれば、大量の炭素が必要になる」
「費用対効果が悪そう」
「そう。悪い」
「ダメじゃん」
「材質はできてる」
「なにそれ」
「カーボンナノチューブ」
「ちょっとよくわからない」
教室に入り、席につく。そこに橋本聡が入っている。
「おはやよ~」
「おはよう」
鈴は、あきれた顔だ。
「なんだよ、やよ~って」
「俺、そんなこと言った?」
「言った」
「寝ぼけてたのかな」
「遅くまでゲーム? Vtuber?」
「両方正解! Vtuberのゲーム配信見てた」
「それ、『火炎マーズ』配信!?」
「そう」
「あたしも見てた」
「宇宙ステーションを舞台にしたFPSだよね」
「人とAIアンドロイドのバトルロワイヤルな」
「あたし、AIアンドロイド側でログインしてた」
「そうなの!? 俺、人間側」
「どのキャラ?」
「それは言えねーな」
「なんで?」
「そいう伊集院は、言えるのか?」
「言えない」
「バトルロワイヤルだからな。使っているキャラクターがわかったら、対戦しにくいだろ」
千尋は言う。
「だったら、鈴と橋本でパーティ組めば良いじゃん」
「その手があったか。伊集院。今度、パーティプレイしようぜ」
「良いよ」
「OK。今度、ログインID教えるよ」
「わかった」
橋本
「私、ナイスアシストでしょ?」
「もう!」
「好きなら、自分からID教えるぐらいの勢いがなきゃ」
「あたし、千尋ほど、根性ないし」
放課後。帰りじたくをする、鈴と千尋。
「千尋はこれからプールで泳ぐの?」
「もちろん。この学校、水泳部ないし」
「水泳は体力作りが目的だっけ?」
「そ。私の夢は知ってるでしょう?」
「医者でしょ」
「産科、婦人科、外科ね」
「ここの大学、産科や婦人科と、女性医師育成に注力しているからね。ママの弔い?」
「そう。私のかーちゃんは、私を産んだときに死んだ。かーちゃんは、女性の婦人科医、産科医を希望したのに、全て男性だった」
「医者は男性が多いからね」
「だから私が女医になる」
「医者と水泳はあまり関係なくない?」
「なにいってるの? 医師に必要なのは、一に体力、二に学力、三四がなくて、五に経験ってね」
「今度の日曜日、地元のお祭りに来て。私、御神輿担ぐから」
「医者を目指す学歴優秀な女の子が、御神輿担ぐって」
「好きなんだ。お祭り」
「北千住のお祭り?」
「そう。千寿七福神の神輿も出るよ」
「法被着るの?」
「もちろん」
「千尋の法被姿か。それは見たいなあ」
おもむろに空を見上げる。青空と、綿菓子の様な雲と、入り乱れて、射す様な日差しが照ったかと思えば、次の瞬間にはゲリラ雷雨が土砂降る。そんな日にちの続く晩夏。
「お祭りの日は天気が良いといいな」
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