雨のち晴れ、時々。

@kuron2864

雨のち晴れ、時々。

 私は高校二年生の高羽花梨。いじめられている。転校生としてやってきて、根暗な私は学校になじむことができず、そのまま上位カーストの人間から標的にされてしまった。持ち物を隠されたりといった陰湿なことはもちろん、見えないところを殴られたり、水をかけられたりとあらゆることをされてきた。しかし、ここまで大仰なことをしており、更に学校という閉鎖空間の性質上いじめに気付く人物は多くいた。教師も含めて。しかし、次の標的にならないように、今の立場を失わないように誰もが身を潜めていた。そんな生活が転校初日から始まっていた。


「え~、ではこの問題を、高羽。」

答えようと席を立つ。

「ファフロツキーズが起こったことにより、神による天罰が下ったと勘違いした人たちによる暴動が起き、経済に大打撃が生じました。」

「よく勉強しているな。しかしこのファフロツキーズ、原因がよくわかっていない。まあ、急にカエルや魚が降ってくるなんて、俺たちでも勘違いしてしまうだろうな!」

先生が高らかに笑う。世界史や歴史の授業はやはり楽しい。地球上で起きたことを、現代を生きる私が知れる幸せを感じる。正直、私は勉強できるわけではないが歴史については興が乗る。ふと横に目を向けるといつものやつらが私を見てニヤついていた。すると、引き出しの中からぬるぬるとした蛙が花梨の制服へと飛び移る。

「ひっ…!」

情けない声が漏れ出る。

「あっはっは!どうしたの花梨ちゃん?」

鼻につく笑い声をあげ、それにつられるように周りの生徒も引きつったような小さい笑いが起きる。ファフロツキーズもこのような理由のない悪意が伝播した結果の副産物なだけなのかもしれない。


 学校が終わり、花梨は自宅へと帰るや否や自室に籠る。そして、文机に向かい何かを書き始める。

『○月×日 織田 腹部を殴られる 原田 人格否定 不明 引き出しにカエル』

高校に入学したら始めようと心に決めていた日記だが、今では復讐心を褪せないようにいじめの内容を書き連ねるものと化してしまった。書き留めたと同時に携帯に通知が届く。咲からだ。私のたった一人の親友。中学で離ればなれになってしまったが、ずっとこうして話している。

『かりーん、もー歴史無理~教えて~』

『どこがわからないの?』

『全部!』

咲はいつも変わらないな、と感傷に浸っていると、電話がかかってきた。

「花梨助けてええええ。」

「はいはい、それじゃあ最初から始めるよ。」

毎日のこの時間の、この電話の時間が唯一の至福の時間だ。

「やっぱ花梨は教えるのが上手だね~。…歴史だけだけど。」

「うるさいなあ。これでも頑張ってるんだよ。」

「そういえば学校はどう?楽しい?」

時が一瞬止まる。

「え、ま、まあ楽しいよ。ど、どうして?」

「だって、花梨って言っちゃ悪いけどぱっと見とっつきにくそうじゃん?でも転校生だから注目集めるじゃん?大丈夫かなーって。」

流石私の親友、よくわかっている。まさにそれが転じてこうしていじめられている。

「そ、そうかな。そんなことない、よ?私だって成長してるんだから。」

心がズキッとした。

「確かにそれもそっか!よかったあ、心配してたんだよね!」

「…うん、ありがと。…そろそろご飯だからまたね。」

「うん、またね!」

 電話が切れる音が頭の中でこだまする。話してしまいたい、けど心配をかけてしまう。転校するときに咲からもらった人形を握りしめる。しかし何も答えが出ないまま、下から「花梨、夜ご飯よ~」と母親の声が聞こえてくる。人形を鞄にしまう。


「はーい。」


母親の声に誘われるまま食卓へと向かう。おぼろげな意識のまま味噌汁を啜っていると、ふと耳に番組の音が入ってくる。どうやら今を輝く人物についての特集のようだ。

『僕は昔いじめられていました。助けを求めても手を差し伸べてくれる人物はいませんでした。親にも誰にも相談できず、とても辛かったです。』と今をときめくアイドルが赤裸々に語っていた。花梨はいつのまにか食い入るようにテレビを見つめていた。

『いじめる奴らって、都合のいい奴が欲しいだけなんですよ。だから僕は自分のことを”やばい奴”と認識させることでいじめさせないようにしました。何を起こすかわからないやつって思わせるんです。』花梨は言葉を聞いた瞬間、心が晴れるかの如く思考が澄み渡っていった。そして、明日からの作戦を思いつく。こんなことでよかったのか。不敵に笑ったかと思うと茶碗を片付け、明日へ向けて寝床についた。


 次の日、学校に登校すると同時にいつものようにいじめが始まった。

「昨日の蛙みたいに気持ち悪すぎだろ。」

「転校してきてからずっと目障りなんだよ!」

もはや慣れた言葉だ。しかし、今日はいつもと違う。花梨は、ただずっと笑っていた。何を言われても、腹を殴られても。その様子にいじめっ子たちは「おい、こいつほんとに気持ちわりいよ。」と気味悪がり、足早に消えていった。これだけで良かったのか!あの人が言っていたことは本当だ!花梨はアイドルの言葉に希望を見出した。私もいつかはあの人のように、きらびやかになるんだ、と心に誓った。


 午前の授業を終え、昼休みになり花梨は誰にもばれないように屋上に向かい、策を背もたれに母が作ってくれた弁当を食べ始めようとすると、携帯に通知が届く。

『見てみて~花梨にあげた人形、覚えてる?』というメッセージとともに、鞄に入れている人形の画像が届く。

『もちろん、今も大切に持ってるよ。』

この人形のおかげで今を何とか生きることができていると言っても過言ではない。

『その人形の秘密気付いた?実は中に紙が入ってるんだ』

そういえばふわふわとした感触の中に若干違和感があったことを思い出す。

『チャックを開いたら多分あると思うけど、今の花梨に必要な気がして!よかったら見てみて!』

言われるがままに人形のチャックを開けると、確かに中に紙が入っていた。読んでみると、“やりたいことやってみよう!”とだけ書いてあった。それを見て、不意に涙がこぼれる。私よりも私のことを理解している。親友という言葉では抑えきれないほど咲への感情があふれ出る。しかし、泣き切る暇もなく、屋上の扉が力強く開かれる。そして花梨をいじめている連中が花梨を囲む。

「おい、こいつ泣いてやがるぜ。しかも汚い人形なんか握りしめて。」

私はそいつを睨みつけた。しかし、気に食わなかったのだろう。周りの女が、「は?なにその目。きも。あたし本当に無理だわ。痛い目見してあげる。」というと、男の一人がニヤついた顔で花梨の弁当を蹴り飛ばす。母が朝から用意してくれた愛情の籠った弁当が、屋上から校庭へと落ちていく。この所業にはさすがの花梨も怒りを示し、「うあああああああ!」と今まで出したことのない声を出しながら連中に立ち向かうが、抵抗虚しく押さえつけられてしまう。

「お前自分の立場わきまえろよ?ド底辺が。」

そして花梨が握りしめる人形を力づくで奪う。やめて、それだけは。何もしないで。思いは届くことなく花梨の、咲から貰った大切な人形をぶちぶちと破り、見るも無残な姿とされ、屋上から放り捨てられてしまった。私の、私の人生の支えが。花梨は力なく床に手をつく。

「あはははは!あんな人形のどこがいいのよ。また新しいの買えば?」

その言葉を最後に、花梨が見ている世界への感覚がふっと消えた。聞いていた話と違うな。女がなにかを喋っているが、花梨の耳はそれを受け入れなかった。花梨は鞄を持ち、すっと立ち上がるといじめっ子たちを無視し、屋上を囲んでいる柵に手を掛ける。そして花梨はいじめっ子たちに微笑み、手に持った荷物を投げ捨てる。その様子にいじめっ子たちは腰を抜かし、動くこともままならないようだ。空を見上げ、解放感を感じる。下を見ると、日記や弁当が散らばっており、まるでファフロツキーズが起きたかのような校庭になっている。そこには花梨の姿を見つけ、悲鳴を上げている人間がいくらか居た。校庭に弁当の中身が落ちていたことから不審に思ったのだろう。花梨はそんな様子を見下げ、いじめっ子たちを見下し、本日三度目のファフロツキーズを校庭にもたらした。

 放課後のチャイムが鳴る。今日は生徒の声が高く響き渡っている。


 咲、ありがとう。やっぱり大親友だよ。咲の言うとおり、やりたいこと、やれたよ。


薄暗くなった校庭の隅、鈍く光るスマホの画面。一通のメッセージ。

『どう?見てくれた?今の花梨我慢してそうだったからぴったりだと思ったの!』

『苦しいかもしれないけど、生きてりゃ大丈夫だ!』

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