第陸話 『超技術〈オーバーテクノロジー〉』

 訓練を始めてから3日目。

 朝正義が目を覚めると、近藤から連絡が入っていた。

 というのもスマホにではない。

 軍の情報の共有や連絡は指輪を通して行っている。

 指輪の赤く光っている部分に触れると空中に画面が出現した。

 画面を操作して近藤からの連絡を確認する。


【今日は違うところに集合、エレベーターで9,5,4,8,2と押して閉じるボタンを2回押してばいけるよ】


 いつものように軍服に着替え、病院のエレベーターで近藤から言われたとおりにすると、扉を閉じたエレベーターは前に進んだ。

 エレベーターが前に進むという感覚も正義はもう慣れた。

 

 エレベーターから出ると、そこは大きめの道場ような建物の内部。

 一人の女子がエレベーターの扉の前に立ち、建物の中央にいた近藤と話していた。


「今日はありがとうございました……あら」


 彼女が近藤に頭を下げ、振り向いた時に正義と目が合った。

 眉毛まで伸びる切りそろえられた前髪と腰まで伸びた艶やかな黒真珠のごとき髪と目。

 大和撫子と形容してしまうような美しい顔。

 まさにお嬢様といった雰囲気であった。


「失礼しますわ」


 その優雅で上品な笑顔に正義は少し頬を赤らめる。

 彼女は正義の横を通り、エレベーターに乗った。

 

 荷物を建物の端に置き、正義は近藤に近づく。

 

「おはようございます」


「おはよう正義君」


「今の娘って?」


登尾のぼりおりん、君と同じ僕の教え子さ。ちょっと癖が強い子だけど」


(あの感じで?いったいどんな娘なんだろう?)


「さて!昨日までは射撃練習だけだったけど、今日から本格的に戦闘訓練を始めよう」


 戦闘訓練と聞いて正義は少し身構えてしまう。

 

「それは近藤さんと戦うってことですか?」


「いや、君が戦ってもらうのはこれだ」


 そして近藤が懐から取り出したのは一枚の紙。

 その紙の表面には墨で書かれた文字。

 近藤がその紙を勢い良く振ると、その紙は突然燃えだし、正義は一瞬たじろぐ。

 だが近藤は熱がる様子もなくその紙を床に落とすと、炎は高さ2mぐらいまで燃え上がったと思えばすぐに消え、その中から軍服を着た人間が出てきた。

 だが顔にはのっぺらぼうに黒い眼の形をした模様が大きく書かれており、微動だにしない姿はまるでロボット。


「説明しよう。これが、軍が作った超技術オーバーテクノロジーの1つ、『式神』さ!」


 近藤は紙をもう1つ取り出す。


「式神というものは全部で二種類。1つは職業『式神使い』の適性を持った人が生まれながらに持ったその人オリジナルの式神、もうひとつは1000年前のとある職業『陰陽師』が開発した、札で召喚できる使い魔のようなもの。こちらの式神はいつでもだれでも召喚できるが、召喚したものの命令を遂行したり、式神の役目を終えてしまうと消える。より複雑、より強い式神ほど量産は難しく、手に入れるのは難しいんだぜ」


「これが式神……人そっくりですね」


「式神はいろんな種類がある。このように人型もあれば、生き物の形をした式神、機械のような式神。軍はこれらを使って労働力や戦力を補強している。人手不足の軍にとっての要と言ってもいい」


 近藤は式神の肩に手を置いてもう片方の手で式神に指をさす。


「ちなみにコイツを召喚するお札は一枚50万円!」


「5,50!?ってお金取るんですか?」


「プライベートで買うならね。こいつホントに高いんだぜ。ほとんどの人型式神は単純な命令しか聞けないんだけど、こいつは自立式だから結構な値をはるんだ」


「これが俺の訓練相手……」


「ほかにもあるよ。巨人型、異形型、動物型……3日間もあるのに対人戦の訓練だけじゃつまらないし経験も積めないだろ?」


 懐から何枚も札を取り出し笑いながら正義にひらひらと見せつける。

 だが近藤の話を聞いて正義はふとあることを疑問に思う。


「近藤さん」


「何かな?」


「さっき巨人型とかも言ってましたよね?こんな道場みたいな空間でそんなもの呼び出せるんですか?天井に穴とか開くんじゃ……」


 近藤はまたニヤリと笑う。


「よくぞ聞いてくれました!確かに今この巨人型の式神を召喚すればこの空間は壊れてしまう……ならば!この空間をもっと大きくすればいいのさ!」


 近藤は手を大きく広げながら説明する。

 近藤の発言に正義は理解が追い付かない。


「それはどういう……」


 正義の言葉を無視して近藤は空中の何もないところを押す動作をすると、そこに映画で見たような半透明の空中ディスプレイが出現した。

 それを近藤が操作すると、突然正義と近藤の距離があく。

 そのことに気付いた正義が周りを見ると、道場の壁がさっきよりも離れていて、上を見ると天井も高くなっていた。

 これはまさに……


「空間が広がった?」


 困惑する正義に近藤が語り掛ける。


「その通り。これが軍のもう1つの超技術オーバーテクノロジー、これもまた1000年前に『結界師』の祖によって作られた技術『結界』さ。結界と聞けば陰陽師とかが手で印を結んでバリアのようなものを張るようなものだが、それは結界の副次的なものに過ぎない。結界は『世界を結ぶ』、囲われた空間をカスタマイズするのが真の使い方なのさ。ここでは空間の変化、景観の変化、オブジェクトの出現、気候の変化等いろんなことができる」


「便利なものですね」


 「また、軍の結界は生活面などでも使われている。結界は正義君が射撃練習をしたり、戦闘訓練をしたような訓練用の結界だけでなく、多くの隊員がすむ住居用の結界、たくさんの店舗が並ぶショッピングモールのような結界、そしてサッカースタジアムがある結界までもが作られ、僕たち軍の隊員はこれらの施設を利用して生活しているんだ」


「じゃあ結界の中だけで暮らせるじゃないですか!?」


 「そうだよ。もちろんそういった施設は正義が戦闘訓練した結界とは違い、個人が勝手に改良することはできないけどね。結界の総数は計100000。その桁数が下がるごとに結界の階級が上がり、その結界に入ることができる人は限られてくる」


 説明を受けたのち、正義は少し不安な表情になって近藤に問う。


「訓練……って相手も銃弾とか使うんですか?」


「いや、相手が使うのは訓練用の玉だから傷つくことはないよ」


「……わかりました」


 返事を聞くと近藤は改めて画面を触ると、周りが急に住宅街のような景色となり、目の前の式神兵が銃を構える。

 正義もまた、緊張しながらも銃を構えた。

 その場から離れた近藤が通信越しに合図。


「訓練開始だ」


 ――――――――――――――


 その後三日間、正義はあらゆる戦闘訓練を行った。

 荒野での射撃練習、式神を使った対人戦、住宅街での戦闘、都会での怪獣型式神との一騎打ち。

 どの結界の中もまるでリアルのように思えるほど細かく再現されていた。

 射撃練習の時はうまく集中して勇者の権利をうまく使えていたが、戦闘したまま銃に意識を向けるのは至難の業であったものの、近藤のアドバイスや正義自身の努力もあり、三日目の午後には式神とも互角に渡り合えるようになった。

 戦闘が終わり、式神が停止し、近藤はその成果を正義に伝える。


「おめでとう正義君。この成果なら2日後の試験も大丈夫そうだね」


「あ、ありがとうございます!」


 正義は自分の成長が感じられ少しうれしくなる。

 近藤は内心正義の成長の速度に感嘆した。


(この三日間でここまで強くなるとは。彼自身の努力もあるがやはり勇者の2つ目の権利が作用しているのだろう……)


 彼の成長に考察しつつも切り替え、正義にあることを提案する。


「正義君、君の戦闘力はある程度育った。明日休みにしてもいいが、どうだい?実際に魔界へ行ってみるというのは?」


 魔界という言葉を聞いて正義は少し興味を持った。

 ここ一週間、一応入院中という体もあり、病院の外に出ることはできなかったからだ。

 ずっと訓練だったこともあり、新しい場所に行きたかったということもあるが。

 数秒考えてその提案を承諾。


「はい、どうせ病室でやることもないので、行ってみたいです」


 それを聞くと近藤はパンと手を鳴らす。


「よし!じゃあ今日は解散!明日は迎えに行くから病室で待ってて」


「わかりました」


 「明日朝九時には準備完了していること」


「はい、今日はありがとうございました」


 正義は近藤に一礼すると、現界に戻るためエレベーターの中に入っていった。

 


 ――――――――――――


 次の日、朝九時に正義は近藤と合流したのち、エレベーターに乗る。

 二人はエレベーターに乗ったものの、そこから軍の結界に行くのではなく、ついたのは病院の一階。

 近藤はそのまま病院から出て、前に止まっていたタクシーの前席に乗る。

 続いて正義も後ろの席に乗った。


 病院からタクシーに乗って20分後、タクシーが停止。

 正義はタクシーから降りて、目の前の何十階もある大きなビルを見上げると、3階付近の窓には大きく企業のロゴが写っていた。

 山ン本さんもとカンパニー、この国で一番大きい企業と言われる会社が軍と関係を持っていたことに正義は改めて軍の組織力を実感する。

 運賃を払った近藤がタクシーから降りる。


「さて、行こうか。魔界へ」


「はい」


 正義のその言葉には、新しい世界への興味が現れていた。

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