俺の飼い猫が突然目の前に現れた!可愛い、癒しだ!けど何故現れたの?

賞金首

第1話


---別に、何者かになりたかった訳じゃない。

幼少期、夢見たサッカー選手、20歳になったら好きな人と結婚して子供は3人くらい作って幸せに過ごす。

そんな幼少期の夢は成長するに連れ、酷く難しく残酷なものだと知っただけだ。

世間一般的に普通に過ごすのも、現実は難しく死ぬ事が救いだと実感するのはいつからだったか。

「辛い、ダルい、面倒臭い」が頭の中の口癖になったのはいつからだったか。

「死にたい」と思うのが、言葉に出てしまうのはいつからだったか。



平日仕事明けのやっとの休日。

薄い布団と薄い掛け布団の間をを芋虫のように這いながら、ぼんやりと天井を見つめている時だった。


----「ご飯まだ?」


声とは形容し難い音が言葉として俺の頭に突然響いてきた。

3年程、この部屋でテレビやスマホの動画でしか肉声の声を聴かなかった俺にとって、突然の「音」で。

驚いて声を出そうにも、咄嗟の事に俺は適応出来ないらしく、痰が絡んだような口の中の不快感を感じながら身体を起こし、辺りを見回した。


誰もいない…。


時刻は明け方7時。

カーテンの隙間から朝日が少し漏れて、俺の枕に一直線の光が差している。


気の所為だったかな。

壁の薄いアパートだ。隣人の子供の声か何かが聞こえたのかもしれない。

せっかくの土曜日に早起きしてしまったと思いつつ、毛布に再び入ろうとした瞬間、


「ご飯食べたい!!」

「えっ!?」


1匹の懐かしい黒猫が俺の顔を無表情に覗いていた。


「えっ、チコ?!」


その黒猫は間違いなく当時実家で飼っていたユキであった。

ちょこんと座りながら俺を見上げる視線は、何を訴えているのか分からない。

呆然としている俺をよそに、ユキであろう黒猫は冷蔵庫のそばに居き、こちらの様子を伺っている。

まるで、実家にいた時にご飯を催促していたあの頃のように。


俺はこの状況を考えるよりも先に、身体を動かし、冷蔵庫の扉を開けた。

当然、実家から離れ、一人暮らしの俺の冷蔵庫に猫缶という代物は無く。

ハイボール缶と生卵が2個、昨日の夕飯に残した惣菜の肉じゃがあるだけだ。

肉じゃがも、人参と玉ねぎが僅かばかりにあるだけだ。


「猫缶とか買ってくるから、それまでこれ食べて我慢してくれないか?」


下に視線をやるが、チコの姿は無く。

名前を呼びながら部屋を見渡すも、外から聞こえる車の走行音や子供達の愉快な声が微かに聞こえるだけだった。


やっぱり、疲れてるのかなあ俺。

チコは2年前にもう死んでるのに……。


"チコ"という名の黒猫は、俺が中学生の頃に家族が保護団体から引き取った黒猫だ。

大人しい雌猫で、ほとんど鳴かない、臆病でマイペースな猫だった。


2年前、臆病で外の世界に出た事が無いチコを、俺は悪戯心で玄関の外に出してしまった。

季節は夏で、セミの鳴き声や車の走行音がいつもよりダイレクトに聴こえたに違いない。


「どうだー?怖いかあ?そろそろ家に戻る…っ、え!チコ?!おい待て!!!」


恐怖でいっぱいだったのだろう。

毛並みを逆立て、物凄い速さで道路に出てしまった。


「ごめんな、ごめんチコ……。恨んで出て来たんだろうな……。」

目頭が熱くなるのを感じながら、俺は暫く動けずに床を見つめていた。



「お前さあ、何でLINE見てねーんだよ!未読無視はやめろって」


仕事終わり、アパートの扉の前でドスの効いた聞き馴染みのある声が大きく響いた。


「……お疲れ様、ごめん。平日は社用携帯だけしか最近持ち歩いてなくてさ。」


扉の前に不機嫌そうに立って居たのは、中学時代からの幼なじみの"上野 孝平"だった。

家族ぐるみと言うだけで交流があっただけだが、元々面倒みの良い男で、俺の様な無愛想な奴にもこうして接触してくる。


本に曰く、俺の生存確認も兼ねているとの事だ。


「社用携帯なんてあったっけ。俺は私用携帯でやり取りしてるから忘れてたわ。」


「何の用?生存確認出来ただろ。その左手に持ってる袋の中は酒か?」


「正解!生存確認がてら、これ飲んで軽く話そうと思ってさ。ほら鍵開けろ開けろ!」


こういう少々強引な所も変わってない。

面倒臭いなと思う心情とは反対に、俺は表情筋の緩みを必死に隠しながら、上野を部屋に上げた。


「最近さ、お前の事業所どうなの?色々噂が回ってくるんだけど。」


「あー……。そうだよな、お前が色々この仕事紹介してくれたんだもんな。耳に入ってるか。」


「噂話程度だけれどな。お前が社長の奥さんと不倫関係にあってたとか云々……。」


発泡酒の缶に付いた水滴が指先をなぞる。

沸き立つ感情や、熱も持った身体は、疲労した思考に染みる酒のせいだろうか。


「……俺が不倫なんてする訳ないだろ?噂話って怖いな。」


「だよな。俺がこの事業所の求人教えたから、何か色々責任感じちゃってさ。変な人達の巣窟に入れちゃったかなって…。」


「そんな訳ないだろ。まあ職場関係本当に辛いわ。」


「学生気分の大人多すぎだよな!飲み会とか距離感間違えてる奴とかさ!」


少し気まずそうな、それでもどこか安堵した表情で、喉を鳴らしながら上野は酒を煽る。


正直、この話は解決しているし、あまり詮索して欲しくはなかった。

関係の無い上野に、面倒見の良い孝平には要らない心配をかけたくなかったから。


「全然関係無いんだけれどさ、俺最近面白い出来事あったんだよ。

現在進行形でさ。」


雰囲気を変えようと、別の話題を切り出す。

けれど、上野は少し間を置いてから、真顔で俺を見つめる。


「俺の部屋にさ……。」

「……うん。どうした?もしかして、その職場関係の人と何か一悶着-----……。」


「座敷童子ならぬ、座敷猫が出たかもしれない。」


「は?なんて?」

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