第3話:仲間を選び方には二種類ある。癖か、性能だ

「ようするに、特別実習と言う名目での勧誘合戦ですか」

「すまないリオ君。だが、彼らを欲しがる組織や団体、国家があまりに多すぎてね。それでこういう形になったのさ」


 この街では珍しくないケットシー族――外見は普通のサイズの藍色の猫が、教官長という札が付けられた机の上で伸びをしながら「直接彼らには言えないだろう?」と気怠そうに続ける。


「……相変わらず、美しい毛並みですね」


 オスかメスか判別しづらい外見に加えて中性的な声の教官長は、人と同じような服こそ着ているが四つ足でテーブルを上を数回くるくる廻り、そのまま今度は日が当たる所でクルンと丸くなった。


「拳闘術の新しい術科師範として採用されたメリッサ君は、御実家で猫を飼っていたそうでね。最近彼女のホームシック対策も兼ねて手入れしてもらっているのさ」


 本来ならば椅子とセットであるべき机には椅子ではなく木版で作られた簡素なスロープや、これまで木製の手作り感あふれる段差が両端に取り付けられた、いわば一種の巨大なキャットタワーと化している。

 ある手先の器用な生徒が作り、教官長の意見や実際使った感覚を元にアップデートされ続けた立派な場となっている仕事場にして憩いの場。


 その生徒、名をクオンと言う。

 理由は言わずもがな、教官長という分かりやすい権力者への媚売りである。


「で、話題の二人だけど。……まぁ、優秀すぎたよね」

「はい。我が校どころか、あれほどの才に並ぶ者はかつての大戦の英雄くらいだと言われるほどには」


 几帳面な性格なのか、普段ならば机の上にはランプとペン立て、インク壺しか目立つ物はないのだ。

 その机の上に転がっているのは封蝋に使われていた大量の赤い蝋の残骸と、大量に積まれた手紙の数々。


 その全てがたった二人の生徒を手に入れるために連合、あるいはその構成国家のお偉い方々が送ってきたものである。

 あるいはへりくだった物、あるいは嘆願するもの、あるいは脅迫めいたもの。

 それらが連日この学校へと運ばれてきている。

 毎朝毎朝配達してくる郵便業者やそれを業者にまで各地から運んでくる商隊は、手数料で随分と儲けている事だろう。


「ユート君は言わずもがな。連合のきっかけとなった統合大戦以来誰一人として認められてこなかった『剣聖』の称号にもっとも近いと言われている」

「はい。独断専行が多く言動に少々問題がありますが、その根は善性である事に我々教官勢は疑いを持っておりません。彼が動いた実戦では、同行していた生徒はもちろん正規戦力まで損耗がほぼゼロに抑えられています」

「そうだね。実力、手にするだろう名声。……まぁ、軍組織からはどうしても欲しい存在になるよねぇ」


 連合体として加盟している国家はいわば互いに同盟を結んでいる形になるが、諍いが無くなったわけではない。

 利益がかかっているとはいえ言ってしまえば結局のところ口喧嘩なのだが、その時に「俺ん所強い奴いるけどそんな事言っていいんだ?」という札が欲しいのである。


「そしてクオン君。まぁ我が校の主席というだけでも十分すぎる肩書だけど、彼もまた大戦時の英雄に匹敵する魔術師にして拳闘士」


 リオ教官が手にしているのは、二人の生徒のこれまでの功績の記録である。授業のではない。


「ユートが単独で被害を抑えるタイプなら、クオンは集団を使って被害を抑えるタイプです」


 すなわち、一部実習も含まれる実戦において戦闘や防衛、避難誘導などで多大な功績と認められた記録の数々である。

 従来の優秀な生徒なら入学してから卒業するまでに三つあれば特に優秀とされる物なのだが、クオンとユートはそれぞれ三十を超える功績を挙げていた。


「小隊規模の指揮は極めて優秀。十日前の山村での実習中に突然起こった盗賊団による襲撃も、その場にいた生徒たちをまとめ上げて全員を捕縛。翌日にはアジトを発見、制圧していました」

「山岳警備隊の人達が驚いていたねぇ。自分達の縄張りにあれだけ大規模な盗賊団のアジトがあったなんて」

「偽装に特化した異国の術士が賊にいるとは思わないでしょう。……フースイ? でしたか。対処法まで含めて、クオンもよく知っていたものです」

「勉強熱心だからね、彼。おかげで城下でも問題になっていた盗賊団を壊滅できた。我が校の株が上がったって理事会のお歴々はお喜びだったよ」

「……その成果で起こった問題を、学生に押し付けるのはどうかと思うのですが」


 机の上に広がる手紙の山は本日分だけである。

 時にはこれの倍を超える量がこの学校に送り届けられ、場合によっては圧力まで掛けられる。


 それだけの価値があの二人にはあると、そう捉えられていた。


「私としても色々悩んだし、ギリギリまで粘ってみたさ。が、理事会の方々からせっつかれてね」


 教官長はリオを始めとする教官達に対してある程度の統率権を持つが、学園の運営に関しては理事会の面々の声の方が強いのだ。


「まぁ、政治的な思惑はともかく彼らの進路が明るいものになるのは間違いない。逆にここで彼らを普通に卒業させて好きに生きろなんて言ったら、それこそ政争の火種になってしまう」

「ゆえに機会はこちらで準備するから、その間に二人の印象を稼いで勧誘しやすくしてみせろと」

「そういう事さ」


 人語を喋る猫そのものである教官長は、だが猫とはまったく違う種族である。

 念力を使いカップを浮かせて口元に運び、普通の猫はまず口にしないハーブティーを嗜んでいる。


 ティーカップのセットや茶葉は、一級品とまでは言わないが決して安い物ではない。

 ある生徒からのお土産の品である。


 その生徒、名をユートという。

 理由は言わずもがな、教官長という分かりやすい権力者への媚売りである。


「それにしては三名のみとは少々酷なのでは? 恐ろしい数の立候補者が殺到していましたが」

「とてつもなく優秀で、これと言った苦手分野がない彼らが求める人材を察して用意できるかどうか。試練としてはちょうどいいだろうさ」

「……まぁ、はい」


 リストにするだけで数日を要した膨大な立候補者達の顔を思い浮かべ、リオは痛む頭を労わろうと差し出されていた紅茶のカップに多めに砂糖を落として、念力を使って中身をかき混ぜている。


「しかし、それで女性ばかりになるのはどういうわけなのでしょう」

「ハッハッハ。相手の気を惹こうとすれば、まずは見目の良い異性を揃えてしまうのは大昔からの定番なのさ」



「――まぁ、彼らなら大丈夫さ」


 彼らの成長を――文字通り身を削るほどの修練を知っているリオは、教官長のその言葉に頷いた。

 あれほどストイックに訓練を重ねてきた二人が、色香で容易く惑わされるとは考えづらかった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 なお、当の二人は――


(なんっっっだこの都合が良すぎるハーレム展開は!!? どう考えても絶対におかしいだろうがありがとうございますぅぅぅっ??!)


(一人も男の人がいないチームとかキャラゲーで性欲オンリー欲望全開パーティ組んだ時しか見たことないよ気持ち悪!! この世の春か!? 末代まで栄えあれ!!!)


 より取り見取りという歓喜とうさん臭さによる警戒心で精神がデッドロック状態になっていた。

 そのまま心臓も止まってしまえ。


「どう思う?」

「気持ち悪すぎて吐き気がする。なんだこりゃあ、どうなってんだ」


 リストに載っていたのは、学園の生徒だけでも加盟国やその国軍の重鎮の娘といったいわゆる『お嬢様』が多く――訂正、ほぼほぼ全員がそういった面子であった。

 学外の候補者も軍警察、役所や大商会、ギルドなどに所属している人間が多く、年も近い。

 その上で、いわゆる『若き天才』達が集められていた。


「……リオさんに問いただして来るか? リストもう半分忘れちゃいねぇかって」

「そう言いたい気持ちには心から同意するが、恐らく曖昧な顔であしらわれる気がするよ」

「――クソッ、これこそ本当の建前って奴か。めんどくせえ」


 実際、面倒臭いという気持ちも両者にあった。

 ただでさえ互いの目の前にいる主人公候補への対処(闇討ちを含む)で忙しい時に、更に難しい問題へと頭を割かなくてならなくなった。


(どうする? 明らかな厄ネタだがこれを逃す手があるものか。この子……いやいやこっちも――待て待て慌てるな良く考えろ! 三人までしか選べないんだぞ俺!!)


(どうしよう、こんな怪しい中でこの子がいいとか主張したら変だよね!? ああでもこの中から選ぶしかないんだししょうがないって!! とりあえず一人、相手は主人公だけど、だからこそ好みの子を一人紛れ込ませれば――でもこれだけの中から一人だけ選ぶなんて! やっぱり二人!!)


 主に自分の下半身との戦いにだ。

 そのまま知恵熱出して倒れてくれ。

 永遠とわに。


「推測だが、恐らく僕達の勧誘合戦が始まったのだろう」

「それを回避するための高難易度実習って話だったが――」

「その実態は、回避するためというよりは人員を絞り込むためだろうね」

「だろうな。極めて危険度が高かったり、あるいは難易度や重要度の高い仕事が来ますよってなったら下手な人員は送り込めねぇ。それが教官たちの狙いか」


 一応二人は頭が回る。

 賢しい事に。

 

 伊達に主席と次席ではないのだ。

 小賢しい事に。


 それゆえ、このリストがどういうものかも把握はしていた。

 ハニートラップとまでは言わずとも、それに近い物だろうと。

 下手に触れれば抜け出せなくなる恐れがある沼であると。


「こういう物を渡されたという事は、僕らならば乗り越えられるというリオ教官の信頼だね」

「ったく。まどろっこしい事しやがるぜ、リオさんも」


 そうして嬉々として、仲良くリストの人材を吟味する二人の男がここにいた。


 沼だとわかった上で両足同時に突っ込んだ愚者の姿である。


 沈め。

 頭のてっぺんまで沈んでしまえ。


「となると、どういうチームを組むにせよまずはバランサーになり得る人間が必要だ」

「同意するぜ。組織的に良くも悪くも無難な所が一つ欲しい」


 リストをチェックすると、大抵はどこかの国の騎士団や軍隊のお偉いさんの娘だったり、有力な自由労働組合ギルドの関係者。

 中には新聞などでたまに見かける美人冒険者まで混ざっている。


 明らかに二人を――あるいはどちらかだけでも引っ掛けようという意図が見え見えである。


(やべぇなどいつもこいつもマジで美人ばっかりだ。声をかけるつもりだった後輩連中や街の子達連れていけないのが痛かったがチャラになるレベルだわ。死ぬほど鍛えていて良かった……っ)


(すごい、ゴシップ紙で話題になった娼館ギルドの美人警備ガードまでいる。切り抜いていた記事の写真と全く同じだ。……一緒に仕事してみたいけどさすがにあからさま過ぎて……クソ、僕はどうすれば……!!)


 そして見えている釣り針の前で口をパクパクさせながら必死に耐えているのがこの二人である。


「一番無難となると、国家やギルドよりは……」

「連合直属の組織が一番、だろうな」


 連合体といえど国家は国家。

 他国よりも優位に立ちたいというのは当然の考えであり、だからこそ戦力になる二人を引き込みたいのだろう。


 別にそういった国の人間と共に仕事をしても構わないとは思っている。

 どこも美人を送り込んでいたし。


 だがまだ早い。

 無駄に保身に長けた二人は、まずは安牌の確保から入るべきだと結論を出していた。


「ユート、それなら彼女なんてどうだい?」


 その中でクオンが、リストの中の写真の一つを指さす。

 戦闘技能を磨いた女子に多い短めの髪形。

 美しい中にやや鋭さを見せる中性的な顔立ち。


「へぇ、悪くねぇな」




「――武装騎馬警察の人間か」

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