烈女ふたり
Φland
第1話-①
雪に足を取られながら、刀を携えた男が2人、斜面を登っていた。頂上まで登りきると、そこは山脈の峰にあたり、そこから村全体を見下ろせた。2人の男は木の影に身をかがめ、西日でオレンジに染まった村の様子を伺った。
夕飯の支度をしているのか、家々からは煙が上がっている。しかし、家の外には人が出ていない。
「言ったとおりだったな、奴の」ほくそ笑む男、キョウイチは作戦の成功を予感し早くも頭の中で皮算用を始めていた。「人影は見えん。男は全員出ているな。今なら楽にやれる。タジロウ、合図を遅れ」
「へい」
タジロウと呼ばれた男は、自分たちが歩いてきた方を振り返って、手際よく火を起こした。そのための乾いた木と火打石は予め持ってきていた。村からは火が見えないように峰を中腹まで下ったタジロウは火を灯した木の枝を頭の上で二、三度振り、雪の中に押し込んで鎮火させた。
日が沈みかけて、夜の闇が這ってきた山肌に小さな光が灯ったと思うと、それが左右に揺れて落ちるように消えた。
「私は恥じるべきかな。彼らに頼らざるを得ないとは」青銅の仮面をつけた男が呟く。「マレー、返事をしてやれ」
抑揚のない声が黒い口から洩れ聞こえてくる。見るものが見れば妖怪の類に思える不気味な仮面の下の表情は全く読むことができなかった。
名前を呼ばれた男は後ろに控えていた部下に指令を送る。その部下はすぐさま火の準備に取り掛かった。
「あまり粗野なのは好きじゃないんだが」
「仕方ないですよ、ザーレ。アンタ嫌われてんですから」マレーは寒さで身を固めながら言った。「使えるもんは使っていかなければ。目的の物を奪うためにも」
「私を薄気味悪く思っている連中がいるのは承知しているよ」ザーレは言った。「君も含めててね」
「分かってるならその仮面取ったらどうです?」
「仮面などつけていないよ。これが私の顔さ」
青銅の仮面は人の顔を模して造られているが、口元は上向きの三日月のように曲り、笑った顔だけが再現されている。その上、目元が黒い穴のようにがらんどうなせいで、夜中に会ったら悲鳴を上げたくなるような不気味さを演出していた。
ザーレ達のいる位置から送られた火の合図が送られてくる。木のてっぺんにいたセナはそれを怪訝な顔で睨みつけていた。小さな光の点は横に何度か揺れて、すぐに消えてしまった。
「おかしい。あっちには先生たち行ってないはずなんだけどな」
セナは目を良く凝らして、火が灯った方をよく見ようとする。と、今度はセナがいる木の足元で音がした。ガチャガチャと金属がぶつかる音。暗くてその姿を見ることは叶わなかったが、セナは不穏な気配を察知した。
「武具の音。それに人数も多い」セナは無意識に呟いた。「まさか」
するすると音を立てずに、セナは木を降りる。雪に足をつけると、すぐに身をかがめて闇にまぎれた。そーっと音のする方を窺がうと、暗闇の中を野武士たちの影が一列に進んで行くのが見えた。
「間違いない。奴ら、村を襲う気だ。急いで知らせないと」
セナは、慣れた手つきで背負っていた木の板二枚を足にくくり付けると、野武士たちとは離れる方へ滑って行った。スキーを使えば、回り道しても奴らより早く村につけるはずだった。セナは逸る気持ちを抑えながら、斜面を滑り降りていった。
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