転換
鮫島は心臓の心拍数が上がるのを感じた。体から冷や汗が吹き出す。次のニュースについて話しているアナウンサーが口パクになり、声が聞こえなくなった。
危惧していたことが起こってしまったのか。
あの青年が逃げただと。どうしてだよ。俺と、後藤が倉庫から出た時は、見向きもしなかったくせに。このままだと、警察は犯人を本腰になって探す。いずれここにいることもバレるだろうか。やばい。逃げないと。やばい……。
「———ま!——い!—島!鮫島!」
筧が鮫島に向かって叫んだ。鮫島は、はっと我に帰る。
「どうしたんだよ鮫島。様子がおかしいぞ」
筧が鮫島に問いかけた。
筧に事情を言っていいのだろうかと鮫島は思う。もし、警察に通報でもされたら……。
ここで鮫島は冷静になって考えた。
いや、大丈夫だ。何も、筧は、無関係な人間なんかじゃないことを忘れていた。あまりにも気が動転している。
「さっきの本膳倉庫でのニュース。実は俺が関わってるんです。まあ、俺っていうか、後藤さんと紅林組なんですけど」
少しだけ合点がいったように筧が答える。
「てことは、紅林組に依頼されたってことか。殺しの身代わりを」
「そうです。そして後藤さんが、イかれた青年を身代わりにしようとしたんですよ。倉庫まで呼び寄せて、後藤さんも警察に通報して……」
これを聞くと、前のめりになっていた筧が、ソファの背もたれに寄りかかって言った。
「そのイかれた青年が、警察が来る前に逃げ出したってわけか」
その通りだ、と鮫島は深く同意する。
「どうすればいいんですか。警察が捜査して、本膳倉庫にいたことがバレたら俺、捕まっちゃいますよ」
鮫島は金髪の頭を掻きむしりながら言う。頭がボサボサになった。
焦っている鮫島はスマホを取り出して、後藤に電話をかけようとする。スマホを耳に当て、コール音を聞いた。
1回、2回、とコール音がなったところで音がブツッと切れて、機械じみた女の声が流れた。
「ただいま会話中ですので、電話に出ることができません」
ふざけるな。鮫島はスマホを床に叩きつけそうになるが、少しだけ残っていた理性がそれを止めた。
場の空気の流れが滞るように、沈黙が流れた。筧は腕を組んで、何かを考えている。
そんな時、テレビからまた新しく声が聞こえてきた。8時になって、番組が変わったらしい。
「おはようございます。今日は、10月9日木曜日です。それでは早速なんですが、昨日に起きた、本膳倉庫で死体が発見された事件についてお伝えしていきます」
鮫島は固唾を飲んでテレビを見る。
「この事件が発覚したのは午後11時5分ごろ。
警察に、本膳倉庫で大きな音がするので困っていると言う通報がありました。そして、近くの交番の警察官が現場に向かうと、血まみれのシャツを着た、犯人と思われる人物と遭遇したそうです」
ははっ、と筧が笑うと、その後に続けた。
「鮫島よかったな。身代わりと警察が遭遇してて」
テレビのキャスターが話し続ける。
「犯人と思われる人物は、身長170センチほどで黒髪、年齢は推定で15から18歳くらいの男性。警官1人を切り付けてどこかへ逃走したそうです。なので、本膳倉庫から近い地域の方は十分注意して、用がなければ外出を控えてください。警察も、行方を追っています」
鮫島は深呼吸をする。無意識に「よかった」と言う言葉が口からこぼれ落ちた。
「後藤さんがミスするわけねえよ」
筧が言う。
「あの人、電話にも出ないし。誰と話してんだよ」鮫島がそう言うと、筧が答えた。
「紅林じゃねえの。このニュース見て、考えなしに電話してんだろ。カッとなると手つけられねえから」
筧の言葉を聞いて、納得すると同時に、筧も紅林を知っているんだなと鮫島は思う。
「紅林のこと知ってるんすね」
「まあな、2回くらい会ったからな」
鮫島に疲れがどっと押し寄せた。そもそも数時間しか眠っていない。それも公園のベンチで。
「ちょっと寝ます。昼になったらどこかご飯食べに行きましょう」
「そうだな、おやすみ」
鮫島は床に横になり、静かに目を瞑った。
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