リトル男の進展

 目が覚める。

 少々薄暗い、物悲しげな部屋が無限に近く広がっている。静かだ。時計を見やると針は真下を向いている。いつも通りの時間で遅刻の心配もなし。最近はこの時間帯に起きて、早めに学校に行くようにしている。意図はないのだけど。

 20dBの部屋で、さっさと人並みの身支度を済ませ、冷蔵庫に何故だか入れていた携行食料を手に取り、一口頬張る。パサパサしていて好きではないが、私的な主食になっているため、無自覚で食べているのだ。エナジードリンクを飲んで登校する資本家階級ブルジョワジーにあるまじきスタイルだが、これぐらいが普通だ。夢を見るな。今日も今日とて皆同じ平等でつまらない一日が始まる。そんな心持ちで、登校の一歩を踏み出した。

 鉄塔の頂上で、核融合炉の赤色巨星がプロミネンスを吐き出しながら、テラテラと輝いている。


「――という経緯から第三次世界大戦が勃発しました。そして我々の指導者が、この国を勝利に導いたのです。また、この大戦の宣戦布告時の演説で、列を成せ汝、私たちは国民国家の従順な下部、不幸は罪と知るべし。という言葉を残しました」

 つまらない。実につまらない。小中高の国史はいつも同じ事を習う。指導者Reichs fatherの賞賛と国家賛美のごった煮。中学校までならまだ楽しめたが、高校に入れば、もう稚拙な童話にも聞こえてくる。プロパガンダの授業だと思えば、有意義なことに最近気づいた次第だ。

 声を大にして言えないのだが、私は正直指導者のことを手放しで賞賛したくない。プロパガンダの端々に感じる指導者の独裁性が、なんだか嫌だ。きっとリトル男もそうなのだろう。あのポスターから感じられる、恐ろしさの中には、何か特異的な存在が隠されているのかもしれない。それこそ、帝都がひっくり返る何かが。

 協力してみるか。


 「ほら、やっぱり来た!」

 扉を開けるなりアヤノは私に飛びついてきた。こんなキャラだったっけ。そんな思考が頭を一巡するが、結論ださず飲み込んだ。

「手伝うよ。今回だけ特別。私の疑問も解決しそうな案件だし」

「ふふ、勿論!しっかりと手伝ってもらうよ!」

 こう俯瞰してみると、私のツンデレ具合がいたくわかる。ちょっと恥ずかしいし、意志の弱さが悲しいほどに露呈している。

「そして実は昨日のうちに、コタロウがポスターを調べてくれています!さあ進捗カモン!」

 汚い部屋で、声は響くことなく吸い込まれる。返事が聞こえない。それもそのはずだ、なんてったってコタロウはまだ来ていないのだから。アヤノはテンション↑↑アゲアゲの時、周りが見えなくなるのだが、ここまでとは、何らかの生活の支障をきたしそうな特徴だ。

「まだ来てないみたいだよ。あれ」

「な~んだ。つまんない。陽キャラの内輪ネタぐらいつまんない。早く来ないかな進捗コタロウ

「ホモサピエンスに対する火の玉ストレートやめようよ。分かるけどもさ」

 中身のない会話を繰り広げながら、アヤノは机に突っ伏して、私は原稿用紙を取り出す。特に書くこともないため、ペンを掌でせわしなく踊らせる。アヤノも興奮が冷めたのか、通常のお淑やかな少女になろうとしていた。


「クソ、いいじゃないかラジコンぐらい」

「やっと来た!またカスミンに怒られてたの?」

 コタロウが髪を無造作に触りながら部室に入り、アヤノの長い黒髪がバサァっと翻り、元気を取り戻す。どうやらコタロウは、カスミ先生もといカスミンに叱られていたようだ。イライラしているのが手に取るようにわかる。

 カスミンは普段大人しい先生なのだが、ダメな事はダメと言える、最近では稀有になってしまったありがたい先生で、皆に好かれるのも納得のお方なのだが、コタロウはカスミンの事が嫌らしい。ラジコンを廊下で試す方がダメであろうに。

「まあ、そういうのは置いといて、進捗って何?」

「あれ?シズクも加わったのか。今回は折れるの早かったな。話が進んで楽だからいいけど」

「しょうがなく付き合ってるだけ」

 悪態ついているが、結局皆の輪に入りたいだけだと自分でも思い当たる節がある。ツンデレの極地という訳か。思ってて恥ずかしい。

「まぁこれを見てみろよ。ポスターの明度を上げてみたんだ。そしたらほら、Me.611 Falkeファルケだ」

 コタロウが取り出した写真の上部、リトル男の頭辺りに、戦闘機の流線型な輪郭が浮かび上がっていた。だがしかしそのファルケとやらは、コタロウの持ってる自作機とは違い、えらく近代的だ。

「コタロウのとは全然違うみたいだけど。この戦闘機」

「そりゃそうだ。俺の作る戦闘機は二次大戦、ファルケは三次大戦の戦闘機だ。もっと言えば、第四帝国の超長距離爆撃機で核兵器積んでる戦場の悪魔。お遊びで作れるのは二次大戦までだな。こいつらはあまりにも、被害が出すぎてる。俺のポリシー違反だ」

 コタロウにも線引きが出来たのか。かっこいいからという理由で作っていたもんだと、勝手に思っていた。一応この男にも一家言というのがあるのだろう。

「そしてもう一つ、写真に焦げた跡が残ってる。ポスターについていたシミだと思っていたんだけど、写真そのものが焦げていて、それをコピーしてる。しかも化学系液体による燃焼。二次大戦の焦げだ」

 いつも思っていたのだが、コタロウは頭が寂しい分こういう情報収集と探究心には、目を見張るものがある。私もアヤノもポカンとして聞いていたが、コタロウは嬉々として、そして常にドヤ顔で話していた。

「それの何が進捗なの?私的には、何気ない情報だと思うんだけど」

 アヤノが口を開く。良くやった。私もあまりわかっていなかったもので、リトル男が戦時中の人間だったぐらいしか分からない。ちょっと深読みするなら、リトル男は民間人なのかもしれない。とか戦時中に行方不明になったリトル男を探すためのポスターとか。そのぐらいだ。コタロウにも一応私の考察を伝えておいたが、あまり役には立たないだろう。

「じゃあ、Re:ゼロから始まる考察発表会Considerationといこうか」

 ドヤ顔で謎の発言をしているコタロウに物申したかったが、アヤノがそれどころでは無いほどに、ブチアゲだったから喉に押し込んだ。

 そしてここからも私とアヤノは、じっとこのドヤ顔高校生、もといドヤ高のRe:なんちゃらかんちゃらに耳を傾けた。

「まずリトル男は民間人ではないだろう。第三次世界大戦からもう66年経ってんだ。今更探すこともない。昔貼られていたなら、何故今アヤノがかっぱらったかも疑問が残るだろ。俺的には軍の高官もしくは研究者だと思うんだ。しかもリトル男は個人じゃない。二次大戦の焦げとファルケは整合性が取れていないからな。だからこそリトル男ってのは、地位の名前だったとか、そういう風に俺は感じた。どうだ?俺の考察は」

 ふむ、なかなか理にはかなっていると思う。それこそ、この考察が正しいと思ってしまうほどに。ドヤ高も自信満々に鼻を鳴らして、相変わらずの顔を見せる。

 だがしかし、この考察では至らない一つの問題があり、私がリトル男を民間人だと考えた要因でもあるその問題が、私達の行く手を阻んだ。

「結構良い考察だと思うんだけど、じゃあ何でリトル男は叫んでるの?もしくは、悲しそうにしている?」

 ポスターの明度を上げて戦闘機が浮かび上がったが、それ以上に私が気になったのは、このリトル男が、叫んでいるように見えた点だった。私の偏見ではあるが、研究者や軍の高官であれば前線にはいないだろうし、悲痛な面持ちをする必要も無い。

「確かにそういう表情にも見えるか。でも確実に民間人では無いと思うんだ。そして高官や研究者でもないとすると、軍の部隊名だったりっていうのが無難なところか?──うーんやっぱり、机上の空論だとどうも埒が明かないな。そういやアヤノはどこでこのポスターをかっぱらってきたんだ?」

「それなら、LABの近くの電柱に......」

 ずっとポカンとしていたアヤノが口を開く。そうか、LABの近くに貼ってあったか。

 ん?ちょっと待て。それはとてつもなく大事な事象では無いのか?リトル男がLABとの関係が深いどころか、LABに謎があるに決まっているんじゃないか。LABの意図が分からない以上、そこが急に怪しくも見えてくる。

「それを早く言ってくれ。今回はお開きだ。机上の空論から三現主義に切り替えていくか」

「どうしたの、立ち上がったと思ったら急に自作機持ち出して。まさかとは思うけど、」

「そのまさかだよシズク。さっさとLABの周辺を見ておいて損はない。今からでも、いつまでもカメラに収めてやる」

「おお!ついにリトル男に進展が始まりましたか!」

 アヤノが息を吹き返して、声高に意気揚々と話し始める。貴女が最初に犯罪現場を教えていれば、早めにここまで来たのだが、そんなこと知らぬ存ぜぬで、アヤノは鼻歌歌っていた──陽気そのものだ。

「でも、その鈍足戦闘機でどうするの?もしバレたりしたら」

「ふっ、実はな、こいつらは昨日のうちに70キロ出るようになった。それどころか瞬間最大速度は、90をマーク!シズクの思うあの戦闘機は、もうこの世にはいない。ここまでラジコンとして完成したから、あとは俺好みの形に変えるだけだ」

 上から目線で嘲笑しながら、自作機を私に見せびらかして、さあ俺を褒めたまえと言わんばかりのドヤ顔。

 うざっ。

 だが、今回ばかりはそんなドヤ高に頼らなければならないのだ。悲しい事に。

「よし!じゃあコタロウは今夜LABの周辺、出来たら中身の偵察をしてみて!で、明日はその偵察結果と、各々のリトル男の進展をシズクの部屋で持ち寄りましょう!ではまた」

「え、ちょっと待って、なんで私の、」

 言い終わる前にアヤノが帰ってしまった。多分昨日の意趣返しだろう。クソっ、図らずとも、初めて友達を家に呼ぶというイベントが発生してしまった。

 どうしたものか、珈琲だったり茶菓子も必要だよな。部屋も綺麗ではあるが一応掃除しておこう。あとは、使いもしなかった、使うと思わなかったテーブルも用意しておかなければ。

「悶々としているとこ悪いが俺も帰るぞ。鍵かけるから早く出ろ」

「あぁ、ごめん。今出る」

そのまま部屋を出て、そういえば部屋でのおもてなしはどうしようか、なんて考えながら、帰り道をひたすらに歩いていった。


 久方ぶりの掃除でやる気半分、ダルさ半分な自分ではあるが、早速取り掛かった。早速とは言っても、結構うだうだして現在、8時。10時までに終わるかどうかだ。まずは大きな荷物類をと思ったが質素かつ、普段から気にかけているからか荷物類はない。

 では掃除機をかけよう。......この時間帯で掃除機は迷惑か?いや大丈夫か。サイバーチックなマンションがまさか防音していないなんてあるはずがない。あったらクレームものだ。掃除機をかけ始めたが、如何せんむず痒い。普段から掃除なんてしていないし、掃除機に手をかけたのも数週間ぶりで、ダストカップもゴミが溜まっておりだいぶ手間取る。

 ──9時ぐらいまで色々と掃除と、身の回りの整頓を行って、自分の汚さと反比例し始めた所で、テーブルを出そうと試みた。場所は物置と化した、使用していない一部屋。中はお世辞にも綺麗とは言えないが、一応整理整頓は行き届いている。両親はいつこの部屋を掃除しているのか、疑問だ。......まぁそれはそれとして、テーブルの優先度が家族全員低かったためか、奥にあり引っ張り出すのに時間を食ってしまう。何よりもその過程で生まれた副産物を元に戻すのに時間がかかった。

 うまい事部屋の中央辺りにテーブルを置き、これで三人座れるか、二人のおもてなしが出来るかなんて考える。はぁ、小一時間の掃除はなかなかに疲れる。こんなこと夏休み前振りだ。

 そう思いテーブルに突っ伏して、瞳を閉じ、考えてみる。

 リトル男、もし第三次世界大戦関連なのであれば、私達の手に負える案件ではない。そしてリトル男と共にLABや鉄塔の正体がわかるが、指導者の見られたくない存在の可能性もある。その場合、バレたりなんかしたら......


 しきりに、考えていたら、ウトウトしてきた。駄目だ、疲れた体に思考なんて、今が何時なのかも、よくわかってない。明日までに考えたいことが、私の、明日の私の仕事量が、増えてしまう。

「────」

 ノイズ音がはるか遠くから、かすかに、遠のいていく意識の中で......響いた。

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