星に導かれし戦記 -星よ、その輝きの意味は-

霧藤龍海@星に導かれし戦記✨

第1部:剣と魔法の目覚め

序章:星の囁き

 星歴565年、春の夜。狐人族の村は赤い星に照らされていた。村の中央広場には焚火が燃え、長老エルサン・ルナティスが子どもたちを招き、静かに語りかける。銀色の髪が星明りを反射し、彼の低く響く声が焚火の揺れる炎と重なった。


「さあ、夜空を見上げてごらん」


 エルサンの声に、子どもたちは赤い星が青や緑の星よりも強く輝いていることに気づく。


「この星々にはそれぞれ意味がある。赤い星は『力』、青は『知恵』、緑は『調和』。三つが揃うことで世界の均衡が保たれるのだ」


 焚火のそばで囁き合う子どもたちを眺めながら、一人の少年が手を挙げた。

「どうして赤い星がこんなに明るいんですか?」


 エルサンは静かに微笑み、焚火を指し示す。


「赤い星が強く輝くとき、この地には試練が訪れる。それはお前たち自身の心で選ぶものだ」


 その言葉に、子どもたちはざわめき、焚火の炎も突風に煽られたように揺らめいた。赤い星の光が、不安と期待を交錯させながら夜空に輝き続けている。




 カリナと妹のミナは、焚火の熱がほのかに届く場所に座っていた。ミナは緑色の瞳を星空に向け、金色の尻尾を揺らしながら興味深そうに長老の話を聞いている。


「赤い星が一番強いんだから、試練なんて怖くないよね!」


 無邪気な声に、カリナはそっと微笑む。だが、胸の内には言葉にしがたい不安が広がっていた。


 ミナは一瞬考え込むような表情を浮かべ、カリナを見上げた。


「ねえ、お姉ちゃん。試練ってどんな感じなのかな?」


「……わからない。でも、きっと大変だと思う」


「でも、お姉ちゃんは大丈夫でしょ?だって、強いから!」


 ミナは満面の笑顔で言った。


「お姉ちゃんがいれば、どんな星の試練だって大丈夫だよね!」


 カリナはその言葉に小さく微笑んだが、星を見上げた瞳には、自分一人で全てを抱える不安が宿っていた。


 ミナの言葉にカリナの顔が少しほころぶ。だがその瞳には、心の底に渦巻く不安が影を落としていた。


「……強いだけじゃ守れないこともあるんだ」


 その言葉にミナはきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに明るく笑った。


「じゃあ、私も手伝う!一緒なら何だってできるよ!」


 その無邪気な声に、カリナの不安が少しだけ和らぐのを感じた。


「力があれば守れるって……でも、それだけでいいの……?」


 カリナの呟きはか細いが、確かな重みを持っていた。彼女の視線は赤い星に注がれている。その表情に気づいたエルサンは、静かに語りかけた。


「試練とは、力だけではなく、お前たちの心と選択が試されるものだ」


 長老の言葉は焚火の炎とともにカリナの心に染み込んだ。


 隣に座るミナは、姉の肩に寄り添い、小さな声で囁いた。


「お姉ちゃん、大丈夫だよね?」


 カリナは妹に微笑みかけ、そっと頷く。


「大丈夫。何があっても私が守るから」


 その言葉に、自分自身を奮い立たせるような力が込められていた。焚火の光が揺らめき、カリナの横顔を静かに照らした。




 焚火の周りには村人たちが集まり、星空を見上げながら低い声で語り合っていた。


「こんなに赤い星が輝くのは、前に見たのが何十年も前だな……あのときも、村にはいろいろあった」


 ひげを撫でながら呟いた老農夫の隣で、若い母親が不安げに尋ねる。


「長老様、やっぱり悪いことが起きるんでしょうか?」


 エルサンはゆっくりと首を振り、重々しい声で答えた。


「星が語りかけてくるのは、災いではなく試練だ。試練とは、ただ力を試すものではない。それは心の強さと選択を問うものだ。お前たちは、それぞれの道で何を選ぶかを見つけるだろう」


 村人たちは静まり返り、焚火の炎が揺れる音だけが聞こえていた。


 村人たちはその言葉に静まり返り、焚火の炎が不安と期待の中で揺れていた。


 カリナはミナと共にその場を見つめながら、赤い星が自分たちに何をもたらすのか、胸の奥がざわつくのを感じた。


 カリナとミナは、焚火の余韻を感じながら家路についた。


 家路に向かう途中、カリナは赤い星を何度も振り返った。星の光が夜空に映えるたび、胸の奥にざわめく感覚が広がった。


「どうしてこんなに強く輝いているんだろう……」


 彼女の視線は空を見つめながらも、心は家族や村を守れるのかという不安に揺れていた。


 ミナの声が無邪気に響く。


「お姉ちゃん、早く帰ろう!お母さんがきっと待ってるよ!」


 その明るい声に、カリナは小さく微笑み、足を速めた。


 冷たい夜風が頬を撫で、赤い星の光が二人の影を長く伸ばしている。ミナは玄関を開けるなり、元気な声で叫んだ。


「お父さん、お母さん!長老の話を聞いてきたよ!」


 レオンは少し驚いたようにカリナを見て尋ねた。


「お前も、何か感じたのか?」


 カリナは一瞬迷ったが、赤い星を見上げた時の感覚を思い出し、静かに頷いた。


「わからないけど……赤い星を見ていると、何かが起きる気がしてならないの」


 レオンは顎を撫でながら少し考え込む。


「もしそうなら、俺たちで村を守る準備をしなきゃな」


 セレナが微笑みながら言葉を挟む。


「でも、必要以上に怖がることはないわ。星が何かを伝えているのなら、それは必ず意味があることだから」


 その穏やかな言葉に、カリナは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。


 家の中では、父のレオンが焚火を調整していた。そのたくましい腕には村の守り手としての威厳が漂う。母のセレナは刺繍をしながら微笑み、二人を迎え入れた。


「長老の話か……なるほどな」


 レオンは話を聞き終えると、顎に手を当てて言った。


「俺なら力を選ぶぞ。家族を守るには、それが一番だ」


 ミナは嬉しそうに頷き、明るく言う。


「お父さんがいれば、どんな悪い奴でも逃げちゃうよね!」


 一方、セレナは針を止めて柔らかく微笑んだ。


「力だけでは争いを終わらせられないわ。知恵と調和が手を取り合うとき、平和が生まれるのよ」


 その言葉にカリナはふと問いかけた。


「父さんと母さんの意見が違うとき、どうやって決めるの?」


 セレナは優しく答える。


「大事なのは、一緒に答えを探すことよ」


 そのやり取りにレオンも微笑み、頷いた。


「そうだ。俺たちは星が教えることを信じ、自分たちの道を選ぶだけだ」




 その夜、村は深い静寂に包まれていた。遠くから虫の声が聞こえ、赤い星の光が村全体を淡い紅色に染め上げている。カリナはベッドに横たわっていたが、目を閉じることができなかった。


 静かに身を起こし、窓辺に立つ。夜空には無数の星が瞬き、その中で赤い星がひときわ強く輝いていた。彼女の瞳には不安と迷いが映り込んでいる。


「力って……誰かを守るため?それとも争うため……?」


 小さな呟きが静寂に消えると、赤い星がまばゆく輝き、村全体を鮮やかな光で包んだ。その光景にカリナは息を飲む。胸の奥で何かが目覚め、冷たい焦燥感と共に小さな炎が灯るのを感じた。


「私にも……できるだろうか」


 彼女の囁きは、未来への不安と希望を含んでいた。揺らめく星の光がその姿を照らし、カリナの中に決意が芽生えつつあった。




 家の中では暖炉の火が静かに燃え、家族それぞれが穏やかな時間を過ごしていた。レオンは椅子から立ち上がり、道具の入った木箱を取り出すと斧やロープを念入りに点検し始めた。


「星があんなに赤く輝くなんて……念のため準備しておこう」


 その低い声に、部屋には静かな緊張が広がった。


 セレナは手を止め、穏やかに微笑む。


「あなたは本当に用心深いわ。でも、それが私たちを守ってくれているのね」

 その言葉にレオンも微かに笑い、作業を続ける。そのやり取りを見つめながら、カリナは心に言葉を浮かべた。


「……もし、何かが起きたら……」


 その想いを胸に秘めたまま、彼女は赤い星の光に揺れる父の背中を見つめ続けた。




 その夜、村は静寂に包まれていた。冷たい風が木々を揺らし、遠くで虫の声が響く中、カリナは眠れずに窓辺に立っていた。


 赤い星は夜空を切り裂くように輝き、村全体を薄紅色に染めていた。カリナの瞳には不安と決意が交錯する。


「力があれば、守れるの……?」


 小さな声で呟いた瞬間、赤い星が一際強く輝いた。その光が波紋のように広がり、家の中にまで届いた。


 突然、外から犬の遠吠えが聞こえた。村全体が何かに怯えるように静まり返っていた。風が強まり、家々の窓が微かに震える音が聞こえる。遠くの森の奥からは不規則な音が響き、不安を煽るようだった。


「お父さん、外に何かいるのかな?」


 ミナの声が震えていた。カリナは妹を抱き寄せ、窓越しに赤い星を見上げた。


「大丈夫だよ」


 言葉に力を込めたものの、その目には決意と恐れが入り混じっていた。カリナはぎょっとして窓から顔を出す。村の動物たちが一斉に騒ぎ出し、遠くの森からは不気味な音が聞こえた。


「……何かが起きている」


 赤い星の光がますます強まり、大地が微かに震えているような錯覚をカリナに与えた。彼女は唇を引き結び、視線を空に戻した。その胸の奥には、恐れとともに小さな炎が灯り始めていた。それは村を照らし出し、どこか神秘的で不穏な空気を漂わせた。


 カリナは胸に灯る小さな炎を感じた。それはまだ弱く、頼りないものだったが、彼女の中に芽生えた確かな希望だった。


「私にできるだろうか……」


 その囁きが夜の静寂に溶ける中、赤い星はただ一筋の光で彼女を照らしていた。

 その光はまるで未来を暗示するかのように、静かに村を包み込んでいた。赤い星がもたらす運命を、まだ誰も知る由もなかった。

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