第4話 張と友希

「張、どうしたんだ。手が止まってるぞ」

張の脳裏に浮かんだ光景は友希の声によってかき消される。

「悪い…」

意識を目の前にある卓に集中させる。


だが、依然友希のリードが大きすぎる。

おそらく、同卓者である二人も友希の言いなりだろう。

さっきの山積みと言い、おそらく素人ではないだろう。

 そのまま局を進めて行っても、箱下で負けるのがオチだろう。

どうにかして対策を考えていかなければいけない。

だが、イカサマをしたとこで友希の前では全て見透かされている。

「諦めたらどう…?」

友希がそう諭す。

「お前はそんなの望んでないだろ?全力でやろうぜ」

 張はそう言うが、結末は分かっていた。

今の張に、全力を尽くす力は残っていない。

友希から見ると、今の張には現役時代にあった勝ちへの貪欲さ。

覇気を感じられない。

「張…」

 友希はそう言葉をこぼす。


そのまま対局が進んでいき、あっという間にオーラスになった。

オーラスになるまでは友希と上家が安点で和了し、あまり点数状況は最初から変わっていな。

結局、張は放銃も和了もすることもなかった。

『東四局 0本場 一巡目 張の残り点数 12000点』

東発の友希の和了がまだまだ響いている。

『このまま、なにもしなくても…』

 張の脳裏にはそんな考えがよぎる。

だが、そんな考えはすぐに打ち消されることになる。

「張!」

 友希がいきなり大きな声を上げた。

「本気、魅せてくれよ」

 友希のその言葉には様々な意味がこもっているような気がした。

 友希のその言葉に張は目をそらす。

友希のその言葉に、張自身が答えられる気がしなかった。

張は手の中にある牌を見つめる。

「本気、か…」

 張の中の麻雀への情熱は消えかかっていた。

だが、友希のその言葉で思い出す。

最期になるかもしれない一局、残っている力全てを使い全力を尽くす。

「いいぜ、やろうか…」

 その言葉を言った瞬間、張の目が鋭くなった。

積み込みもなにかを仕込んでいるわけでもない。

だが、自分の中に眠っていた雀力を奮い立たせる。

イカサマもふんだんに使い、最後かもしれない一局に意識を集中させる。


ただ、状況は最悪だ。

手牌も高くなるわけではない。

安手で和了したとしても、三着止まりで終わりだろう。

『活路を見出さないと…』

手牌をもう一度見やるが、まともな順子もなく么九牌ヤオチュウハイのターツばかりだった。

 だが、この配牌は育て甲斐がある。

「悪くないな…この緊張感」

張は呟き、少しだけ口元が緩んだ。

そんな微細な変化に友希は気づいたようで、わずかに口角を上げて微笑む。

「それでこそ張だよ。見せてみな」

張は深く息を吸い、静かに牌を切った。一牌一牌が慎重かつ正確に場を動かしていく。

安手で終わるのを避けるため、すぐに捨てるべき牌を決めながらも、高打点を狙える形へと手を育てる。


一巡、一巡と刻々として局が進んでいく。

だが、状況は依然として厳しい。

友希の点数は圧倒的で、他の二人も完全に友希のペースにされている。

まるで牌そのものが彼女の意志に従って動いているようだった。

『覚悟を決めろ、俺…!』

張は他家の河を見始めた。

かつての「札幌の鬼才」と呼ばれた技術が再び目を覚ます。

他家にある河から使える么九牌を凝視し始める。

『次…!』

 上家が山から自摸る瞬間、三人から見えない一瞬の死角が生まれることを見ていた。

『今、だッ!』

 一瞬のうちに河から手牌にある中張牌をすり替える。

このイカサマはかなりの練度がいる。

 張は実際に使ったことは数えるぐらいしかない大技だ。

『どうだ…!』

他の三人の動向を伺うが、どうやら気づかれていないようだ。


イカサマの甲斐あってか、張の手は見事に整った。

純チャン三色が確定し、和了さえできれば点数もトップが狙える状況に。

さらに、河を読むことで相手の危険牌を誘い込む準備を進める。

しかし、友希はそんな張の動きを見逃さない。

「やるね。でも、その程度じゃ足りないよ」

友希の手は、他家の動きを完全に封じる形で進められていた牌の流れを支配し、誰も彼女に逆らえないような雰囲気を漂わせている。

それは張も同様だ。

十巡目、場の空気が一層緊迫していく中、友希は静かに宣言した。

「立直」

友希の河にゆっくりと横向きの牌が佇む。


張の表情が一瞬引き締まる。ここでリーチが入れば、形勢はさらに厳しくなる。

友希は安手で和了できてもトップは揺るがない。

そんな状況だからこそ、張はさらに燃える。

張は現役時代の読みを駆使し、わずかな可能性を掴もうとする。

だが、友希もそうそう甘くはない。

河にある捨て牌たちは張の読みがわからないほど洗礼され、安牌以外なにが当たってもおかしくない状況にあった。

牌が張の指先から離れるたびに、彼の中の熱が蘇っていく。

かつての栄光、そして敗北を乗り越えた自分自身を思い出すように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る