金に困ったので、エルフの黄金水を納品しろという依頼を受けた

亜行 蓮

第1話 変な依頼

「うーむ……」


 冒険者ギルドに設置された掲示板の前で、俺はうなっていた。


 掲示板にはギルドに寄せられた大量の依頼が所狭しと貼られている。

 新しい依頼が入るたびに少しずらしては重ねていくものだから、とんでもない枚数になっている。


 それでも俺は一枚一枚見ていかねばならない。


 なぜならうちのパーティの財務状況が冗談抜きで深刻だからだ。

 このままでは壊れた装備の修理どころか宿屋からも追い出されてしまう。


 十八歳で村を出て冒険者となり、パーティを結成してから早一年。

 割のいい護衛や討伐依頼を選びながらどうにか暮らしてきたが、最近はそうした仕事に巡り合えず、ついに金欠になってしまったのだった。


 冒険者ギルドの依頼は、難易度に対して報酬が良いものほど先に売れていく。逆に内容が意味不明だったり、どうやっても赤字になったりするものはそのままにされる。


 そんなわけなので、誰も引き受けない依頼はどんどん掲示板の奧へと埋もれゆくのであった。


 普段なら俺もそこまではチェックしないが、もはや選り好みできるような状況でもない。一刻も早く利益が得られそうな依頼を探すしかなかった。


「よし、やるか」


 決意した俺は依頼を探し始めた。

 ひょっとしたら宝物が埋まっている可能性もなきにしてもあらず。まずは左の端から行ってみようか。


「……ん?」


 束になっている依頼書を一気にめくると、下の方から妙に古くて黄ばんだ紙が出てきた。


 どれだけの間放置されていたのだろうか。

 不思議に思いつつも条件欄をチェックする。


 等級:不問。

 報酬:金貨三枚。


「!?」


 金貨三枚……とてつもない大金だ。しかも等級は不問。

 本当にこんな依頼が存在するのか?


 見間違いの可能性もある。

 はやる気持ちを抑え、俺は内容を確認することにした。


『大至急、【エルフの黄金水】の納品をお願いします。詳細については受付からの指示に従ってください』


 稲妻が走ったかのような感覚が全身を貫いた。


 聞いたことのないアイテムのはずなのに、それがどんな品なのか自然と理解わかってしまった。

 

 なんだいこれは?


 依頼したやつは確実に正気を失っている。

 しかも大至急だ。

 そのわりには取り下げられてないし不可解なことだらけだ。


 そもそもこれをカウンターに立っている受付嬢(しかもなぜかエルフ!)に持っていけというのか? 怖いよ。


 この依頼が長い間放置された理由もわかる。エルフと黄金水には何の意味があるのか? この謎を解明するため、我々調査隊は族長の警告を無視し禁域の奥地へと向かった──。


 などと意味不明な妄想をしてしまったが、まあとにかくこんな依頼を受けるようになったら冒険者として終わっている。見なかったことにして次を探すべきだろう。


「…………」


 だが金貨三枚だ。

 これだけあれば武具を丸ごと買い替えられる。次の依頼への備えも十二分にできよう。まさに起死回生の一手だ。


 しかし、この依頼を引き受けることは社会的な死と同義であった。

「おいおい! あいつとんでもないものを納品しやがった!!」などと噂が立てば引退待ったなしだ。


 俺にはできない……。

 仲間のためとはいえ、そんな人の道を外れたことができるわけがない。


『間違っているぞ』


 突然、俺の精神世界に潜むもう一人の俺が囁いた。


「ど、どういう意味だ?」

『やはり忘れてしまったようだな。お前がなりたかったものを』

「俺がなりたかったもの……?」

『そうだ。どんなに非難を浴びようとも、仲間のためなら自らを犠牲にすることをいとわない……それがお前が目指していたはずの理想ものではなかったのか』

「!!」


 目が覚めたような気分だった。

 どうして今まで忘れていたのだろう。


 そうだ。俺は──。


 ──そういうリーダーを目指していた。

 ──憧れていたんだ。


 誰かがそっと背中を押してくれたような気がした。


 明確な意思を宿した右手が、依頼書を掲示板からむしり取る。

 俺はそれを臆することなく受付へと持っていった。


「ありがとうございます。では確認しますね」


 依頼書を受け取ったエルフの受付嬢は、愛嬌を感じさせる笑顔で応じた。


 変化はすぐに起こった。

 その綺麗な薄緑色の瞳は徐々に輝きを失い、彼女は動きを止めた。

 長い沈黙が、我々を永遠の闇の中へと閉じ込めたかのような気がした。


「こちらの依頼で本当にお間違いないですか?」


 俺は彼女をもう一度見た。目は死んでいるのに顔は普段と変わらず笑っていた。これまでに経験したことのない異質な何かがそこにはあった。


「……間違いありません」


 受付嬢の顔を直視することができなかった俺は、ただうつむきながらそう答えるしかなかった。


 ギルドを出ると、雲ひとつない空が広がっていた。


 それはまるで、心の在り様をそのまま映し出したかのような、ひどく懐かしくも清々しいものであった。

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