第15話 全部私のせいだ……(リピア視点)
(全部私のせいだ。私があんな馬鹿な真似をしなければ、みんなが無事だったはずなのに……)
村に帰ったリピアは、一晩中自分自身のことを責め続けていた。
帰還直後に毒が全身に回り切った……いや、既に毒は回っていたが、必死に堪えながら帰還した龍斗は、毒を浴びた他の村人たち同様に苦しんでいるようだ。
ようだ、と言ったのには理由がある。
龍斗は今、病院でライトの看病を受けていない。ダンと共に村の空き家に籠って、彼の治療を拒んでいるのだ。
だから今、彼の容態を確認することができていない。
ダンも龍斗も、家に籠ったまま一歩も外に出ていないのだ。
何度かライトやカエルたちが中に入ろうとしたが……ダンに追い払われてしまった。
今は絶対に中に入るなと彼に言い付けられた一同はその言葉に従い、龍斗をダンに任せている。
リピアもまた、ダンに注意されて家に入ることは叶わなかったが……龍斗の身を案じ、空き家のすぐ外をうろつきながら自分自身を責めていた。
(あいつが毒を浴びたのは私のせいだ。あいつが死んだら、私が殺したも同然だ……)
龍斗は拓雄に差し出されそうになっていた少女たちを助け、拓雄に『捕獲』されそうになった自分のことも助けてくれた。
そして、拓雄の暗殺に固執した自分を庇って毒を浴び、今も苦しんでいる……と考えたところで、リピアの心に激痛が走る。
異世界人であるにも関わらず、自分たちのことを誰よりも気遣ってくれた龍斗に対して、自分はひどい態度を取ってしまった。
拓雄と同じ異世界人であるというだけで彼を拒絶し、罵詈雑言を浴びせかけ、傷付けて……そんな自分のことを、龍斗は身を挺して助けてくれた。
家族が苦しむ姿を見て、冷静さを失っていたという事情はある。しかし、だからといって自分のしたことが許されるわけじゃない。
龍斗が今、苦しんでいるのは、全て自分の責任だと……彼に万が一のことがあったら、自分が殺めたも同然だと己を責めるリピアは、空き家のすぐ近くで膝を抱え、涙を流し続けていた。
そうしている間に長い時間が過ぎ、日が昇り始めた頃……リピアの背後で、扉の開く音が響く。
その音を耳にしてハッとしたリピアが振り向けば、そこには疲弊した様子のダンが立っていた。
「おお、リピアか……」
「あいつは!? あいつはどうなった!? 教えてくれ!」
まさかそこにリピアがいるとは思っていなかったのだろう。ダンは彼女の姿を見て、驚いた様子でその名を呼ぶ。
そんな彼に対してリピアは目に涙を浮かべた状態で詰め寄り、龍斗の容態を聞き出そうとするが、ダンは静かにそれを制すると彼女へと言う。
「ちょうど良かった。お主に一つ、頼みがある。診療所の主、ライトをここに連れてきてくれ」
「医者をか? まさか、あいつの身に何かあったんじゃ……!?」
「詳しくは後で説明する。できるだけ早く、医者を連れて来てくれ」
「わかった! 少し待っていてくれ!!」
理由はわからないが、ライトを連れて来るよう言われたリピアは素直にその頼みを引き受けた。
森の中で鍛えた健脚を活かし、風のように村を駆け抜けた彼女は診療所で研究をしていたライトを呼び出し、彼と共に再び空き家へと向かう。
頭の中で最悪の事態を想定しながら戻ってきた彼女は、家の扉を勢いよく開けると共に叫んだ。
「医者を連れてきたぞ! あいつの容態はどうなんだ!?」
「おお、来てくれたか。ありがとう、リピア。おかげで助かったぞい」
息を切らせて家の中に飛び込んできたリピアへと、感謝の言葉を告げるダン。
そうしながら彼は、彼女とライトへと龍斗のいる方を指し示す。
「えっ……? こ、これは……!?」
「いったい、どういうことなんだ……?」
ダンが指し示した先にいた龍斗は、ベッドの上で上体を起き上がらせていた。
頬もこけ、肉も落ち、たった一晩で随分とやせ細ってしまった彼であったが……不思議なことに、血色は良くなっている。
肌の色だけでなく、瞳にも力強い光が宿っていることに気付いたリピアとライトが驚く中、龍斗は笑みを浮かべながら二人へと挨拶をしてきた。
「ライト先生、リピアさん……朝早くからすいません。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」
「りゅ、龍斗くん……? 大丈夫なのか? 毒の影響は……!?」
「安心してください、先生。俺はあの毒を克服しました」
「な、なんだって!? いったい、どうやって……!?」
にわかには信じられない龍斗の言葉に、愕然とするライト。
それはリピアも同じで、予想だにしていなかった事態に言葉を失ってしまっている。
解毒剤も治療薬も存在しない蜘蛛怪人の毒を、どう克服したというのか?
その疑問に対して、体力を消耗してはいるが元気でもある龍斗が答えを述べる。
「師匠が言ってたんです、気力を上手く扱えば、肉体を治癒して毒や麻痺などを体内から浄化することもできるって……正直、賭けではあったけど、一晩中気力を練って肉体の治癒を続けて、毒と勝負してみました」
「まさか一晩眠らずに気力を用いての肉体治癒法を教える羽目になるとはの。老体には堪えたわい」
「それで、お前は毒に打ち勝ったというのか? 気力で肉体を回復させ、毒を克服したと……?」
「そうみたいです。もう、苦しくはありません。大分疲れてはいるけど、毒の影響は完全に消えています」
そうやって微笑む龍斗の様子から察するに、彼が強がりを言っているわけではないのだろう。
しかし、どうしてわざわざそんな賭けに出たのかと……その理由がわからずにいるリピアの前で、再び龍斗が口を開く。
「ライト先生……抗体さえあれば薬が作れるかもしれない……そう、仰ってましたよね?」
「ああ、確かにそう言ったが……っ!!」
過去の自分の発言を出してきた龍斗へと頷いたライトが、何かに気付いたように目を見開く。
そんな彼の前で腕を出した龍斗は、双眸に強い光を宿しながら言った。
「あの魔物の毒を乗り越えた俺の中には、その抗体が存在しているはずです。俺の血液から毒の抗体を持つ血清を作り出せれば、それを使ってみんなを助けられる……違いますか?」
「確かに……可能性は十分にある。しかし、それは君に大きな負担が――!」
「俺のことは気にしないでください。みんなを助けるために、命を削る覚悟は決めてます。だからこそ師匠に協力してもらって、こんな無茶をしたんですから」
毒に打ち勝ったとはいえ、かなりの体力を消耗した龍斗の様子に彼の血液を利用した毒の治療をためらうライトであったが、その龍斗が彼の背中を押した。
自分が無茶をしたのは、今も毒で苦しむ人々を救うためであると……もう覚悟は決まっていると語る彼の力強い表情を見て、同じく覚悟を決めたライトが大きく頷く。
「必要な機材を持ってくる。少し待っていてくれ」
そう言い残し、急いで診療所へと戻っていった彼を見送った龍斗は、不意にめまいに襲われた。
よろめいた彼を心配したリピアが、不安と困惑を入り混じらせた表情を浮かべながら質問を投げかける。
「どうしてだ? 何故、お前はそこまでする……?」
龍斗にとって自分たちは別世界の人間で、出会って間もない相手のはずだ。
拓雄のように蹂躙し、奪う物を奪い尽くして利用する存在として扱えばいいはずなのに、龍斗はそれをせず、むしろ自分たちのために命を懸けてくれている。
どうしてそこまでしてくれるのかと、そうリピアが龍斗へと問いかければ……少し迷った後、微笑みを浮かべた彼はその答えを述べ始めた。
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