第16話 世界を越え、わかり合う二人
「両親のおかげ、ですかね……? 俺の父親、消防士なんです」
「しょうぼうし……?」
「ああ、えっと、火事とか崩れかけてる建物に取り残されてる人を助ける仕事……って言えばいいのかな? 一番の仕事は消火活動なんですけど、危険と隣り合わせの仕事なんですよ」
苦笑を浮かべながらそう言った龍斗が、視線を下に向ける。
自分の手を見つめながら、彼は話を続けた。
「自分だっていつ死ぬかわからない仕事だけど、親父はためらわずに助けを求める人たちのために危険に飛び込んでました。誰かを助けられる力があるのなら、それを正しいことに使うのが人間だって……そう言われたことがあります」
「………」
「お袋もそんな親父のことを理解して、支えていました。出動の度に不安になっていただろうに、それを全然見せないで……親父が帰ってくる場所を守り続けてたんです」
元の世界に残してきた両親を思いながら、龍斗は語る。
目を細めた彼は、疲れ果てた顔に優しい笑みを浮かべながら呟いた。
「困っている人を助けるのに理由はいらない、女の子には優しくしろ……どちらも両親から教わったことです。そして、今の俺には誰かを助けられる力がある。色んなことを教えてくれる師匠のおかげで、ですけどね」
「ふふっ……!」
そこでダンを見た龍斗が感謝も込めてそう言えば、ダンも少し嬉しそうに微笑んでみせた。
両親と師匠、三人からの教えを胸に今の自分が持つ力を正しいことに使おうと……そう決めて戦いに臨む彼は、再び視線を手に戻すとそれを固く握り締めながら言う。
「もしもあいつや、同じようなことをしている人間が王様になったら、この世界は無茶苦茶になる。いや、王様にならずとも、あいつらが好き勝手するだけでたくさんの人たちが苦しめられるんだ。そんなこと、許しちゃおけない。だから俺は、俺のできることがしたい。あんな奴らのために誰かが悲しむ姿なんて、見たくないから……」
「………」
ゆっくりと日差しが差し込むようになった部屋の中で、自らの想いを語る龍斗をリピアは黙って見つめていた。
何も言えずにいる彼女が見守る中、龍斗は静かに新たに抱いた決意を言葉にする。
「誰かを蹴落としたいわけじゃない。傷付けたいわけでもない。だけど、この世界の人たちを泣かせて、苦しめる奴が王様になるっていうのなら……俺はそいつらからみんなを守れる優しい王様になりたい……そう思いました」
「みんなを守る、優しい王様……」
「デスゲームに巻き込まれた人たち全員が戦いに乗り気ってわけじゃないですからね。戦いを避けたい人たちを集めて、みんなで元の世界に戻ることも目的の一つではあります」
自分でもクサいことを言っている自覚があった龍斗は、リピアに対して苦笑を浮かべながらごまかすように続けて言った。
彼が語った『優しい王様』という言葉と、拓雄とは真逆の世界の人々を守ろうとするその想いにリピアの胸が震える中、苦笑を浮かべたままの龍斗が呟く。
「……親父とお袋、元気にしてるかな? 心配させちゃってるだろうし、早く帰らないとな……」
「っっ……!」
その呟きに、寂しそうな表情に、リピアの心がズキリと痛んだ。
左胸を押さえるように置いた手を強く握り締めた彼女は、苦悶の表情を浮かべながら心の中で呟く。
(私と一緒だ……こいつも、家族を大切に想う心がある、私と同じ人間だ……! 悪魔なんかじゃない。優しい心を持つ人間なんだ……!!)
龍斗たちがどうしてこの世界にやって来たのか、そのことをリピアはまだ知らない。
それ以前に彼らが何をしていたのかも知らないし、どんな人生を歩んできたのかも知らなかった。
こうして龍斗と話して初めて、彼らも自分と同じような価値観を持つ人間であることを知ることができた。
自分たちの中にも悪い心を持つ人間がいるように、龍斗たちの世界の人間もそう。
拓雄が悪事に手を染めた人間だからといって、龍斗も彼と同じだというわけではない。そんな当たり前のことを、自分は今の今まで気付くことができなかった。
「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……!!」
拓雄に屈辱を味わわされた時よりも、龍斗が自分のせいで死ぬかもしれないと不安に苛まれた時よりも、今の方がずっと苦しい。
彼を悪魔と罵ってしまったことを後悔し、大粒の涙を流しながら謝罪するリピアへと、驚いた表情を浮かべた龍斗が言う。
「リピアさんが謝る必要なんてないですよ。迷惑をかけたのはこっちですし……」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。私は、私は……っ!!」
もっと彼のことを知ろう。そして、理解しよう。分かり合えるようになろう。
それを拒み、悪魔だと決めつけていた自分自身の間違いは、今からでも正せるはずだ。
龍斗も自分も同じ人間なのだから、それができるはずだと……彼のおかげで憎しみから解放されたリピアは、その心のままに新たな目標を定めながら、感謝の涙を流し続けるのであった。
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