猫は怖くないでしょ
龍田乃々介
第1話 集まる黒猫
「高林くんは犬派?猫派?」
「どうしたの突然」
日没の迫る晩秋の夕方。闇が薄膜を張ったような帰り道を僕たちは歩いていた。
「いまそこの十字路をさ、四足歩行の小動物が横切った気がしたんだよね」
「そう?全然気づかなかった」
「犬かな、猫かな。どっちだったらいいと思う?」
「どっちでもいいけど……」
松浪さんは猫派らしいし、猫って答えようか。
「猫がいいかな。かわいいし」
「おー!趣味が合うね!あたしも猫派!」
言っているうちに小動物がいたという十字路が近づく。松浪さんは少し歩調を速めて僕の右前に出ると、そのまま交差点を右へ行く道に歩み寄っていった。
「見に行ってみる?まだその辺にいるかもしれないよ。そこの側溝とか、この塀の上とか……」
松浪さんともっと長くいられる。その誘いはとても魅力的だった。
「もう暗くなるよ。危ないって」
でも彼女の安全を優先するほうが好感度が上がりそうだ。傍に立って、行こう、と手を取って引く。
最初はぎこちない抵抗があったが、すぐに自然と手を繋いで歩く形になった。
手袋はいらないけれど、そのままにしておくにはいささか寒いこの季節。松浪さんの温もりは心地が良い。
「ねえ、松浪さん」
「……なに、高林くん」
この温もりを手放したくない、いつもそばにあってほしい。そんな気持ちを上手く言葉にするのを待たずその鳴き声が、響いた。
「ミャァー」
猫の泣き声。僕たちの後ろからだ。
「ミャァー」
「あ、猫だ!あたしたちのあとを付いて来たのかな?」
……いいところだったのに。
松浪さんはすっかり闇の中の猫に心をやってしまった。鞄からスマホを取り出してライトを点灯すると、僕たちが来た方向に光を向ける。二つの小さな金色が光を返してきた。
「わー!かわいいーっ!こっちくるかな?おいでーおいでー」
「…………はぁ」
僕は猫派でも犬派でもない。けどこれ以降犬派になるんだろうな。そんな気分だった。
付いて来たのは黒猫なのか、光る目以外は宵闇に埋もれて見えない。あの二粒の金色のなにがかわいいというのだろう。わからないものだ。
「ミャァー」
もう一つ鳴き声が聞こえた。興奮気味の反応を見せる松浪さんがライトを揺らすと、奥からもう一匹の猫が現れる。といっても、これも緑色の目しか見えない。
「ミャァー」
もう一匹出てきた。黄緑色の二粒が闇に浮いている。
「ミャァー」
また出てきた。
「ミャァー」
また。
「ミャァー」
「ミャァー」
「ミャァー」
「ミャァー」
「ミャァー」
「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」
「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」
「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」「ミャァー」
闇に、光を返す粒が集密していた。
おぞましい数だ。何匹もいる。二十、三十…いやもっと多い。
無数の猫が明かりの無い夜道に並んだ。その目玉だけがスマホのライトを反射して、平面の黒に立体的なシルエットを作り出している。
猫、なんかじゃない。
僕にはそれは、真っ黒な外皮に大量の光る眼を持つ巨大な軟体動物見えた。
「ま、松浪さん……もう、もう行こう、もう……!」
彼女の肩を掴んで、強い力で引いた。異常な光景に固まっているように見えた松浪さんはあっけなく僕の方へ引き寄せられて、バランスを崩してその場に転倒してしまう。
「松浪さんっ!」
「…………いったぁーーーっ!ちょっと酷いじゃん高林くん!」
「……えっ?」
松浪さんは自分で起き上がった。うんざりした風にスカートを払い、「ちょっと待ってて!」と言いながら目玉の化け物にスマホを向けた。
「こんなにたくさん猫ちゃんが集まってくるのちょー珍しいじゃん!絶対写真に収めなきゃ!!」
僕を置いて、松浪さんは闇の方へ歩み寄っていった。一歩、二歩と進む度に軟体動物も退いていく。彼女が進むのに合わせて、少しずつ後ろに逃げていく。
「あ~待って~!」
彼女の背中は夜の帳の中へ、猫の目に誘われるようにして消えていった。
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