1輪目 海守珊瑚神社にて
第1話
紅い夕焼けに染まる境内。ここ海守珊瑚神社では年に1度の例大祭が執り行われていた。地域の住民が集いそれぞれの家庭料理を持ち込み、互いに語らい、酒を飲み豊漁を祝いながら氏神に感謝の気持ちを捧げる。祝詞の奏上、ここ海守町に古くから伝わる伝統神楽が奉納され、境内には潮の香りを含んだやませがさあっと吹き込み心地良い風が吹いていた。参道の石畳を挟んだ両側にはわたあめや金魚すくい、林檎飴の屋台等が並んでおり、手水舎前の宝石すくいには沢山の子供達が集まっていた。ドン…ドンドンドン…!境内前の駐車場では6時から盆踊り大会が始まる。最後まで踊った参加者には抽選で豪華景品が当たる事から合図の太鼓が鳴ると子供達は一斉に駐車場へと掛けて行った。その中に桃色の浴衣を着た小学2~3年生位の女の子がいたが、石畳に躓き危うく転びそうになってしまった。その瞬間、キラキラ輝く光を含んだ風がバランスを崩した女の子をふわりと押し戻し、渦を巻いた砂金が女の子の周りを漂うと黄金色の風は本殿へと吹いていった。風は本殿前で再び渦を巻き、1人の少女の姿となった。背格好から察するに歳は15歳位だろうか。髪は栗色のボブに金色の瞳。紅桜に金の刺繍で装飾が施された京友禅を身に纏い、少女は真っ直ぐな目で本殿を見上げていた。「ただいま戻りました、お父様いえ…海神様。」木造の階段の数段上には長く波打った白髪混じりの髪と髭を携えた仙人とも言うべき風貌の老人が立っていた。髪は腰まで伸びており、髭は綺麗に整えられていて胸まで伸びている。蒼色の着物は夕陽に照らされ深い藍色を称えていた。「うむ、上がりなさい。」海神は珊瑚を中に招き入れ、珊瑚は笑顔を浮かべ「はいっ」と返事をし草履を脱ぎ、トントントンと階段を上り、本殿の中へと入った。本殿の内部は12畳ほどの広さで、畳の上に赤い絨毯が敷かれ、奥に御神体である珊瑚の鏡が鎮座していた。夕陽が差し込み部屋の中にはキラキラ輝く雲母が舞っている。「座りなさい。」海神は御神体の前にある藁の座布団に座り、珊瑚も海神に向き合う形で同じく藁の座布団に正座した。「祭りはどうだい?」海神は深く蒼い瞳に優しい光を灯し珊瑚に語り掛ける。珊瑚は生気に満ちた表情で「はい。とても楽しいです。色んなお店が出ているし綺麗な物も美味しそうな物も沢山あって…!それに今から盆踊り大会も始まるみたいですよ。」と答え、社殿の外では盆踊りの音頭が大音量で流れていた。「行って来なさい。今日は次期氏神としてではなく此処の住民として。」「えっ…!宜しいのですか?」「うむ。折角の祭り故、そなたも踊って来るが良い。楽しむ事も修行のうちだからな。」珊瑚はキラキラと髪を揺らしながら左右の手を胸の前で合わせた。「うふふ。ありがとう!お父様。」「ああ、行っておいで。温泉で働いた給金もあるだろう。美味い物も買って来ると良い。」珊瑚は勢い良く立ち上がるとお辞儀をし、トントンと階段を下り草履を履いて境内へと掛けて行った。
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