悪役令嬢に転生したけど、異世界情勢は複雑怪奇で!?~神聖でもアインスでも帝国でもない世界~
@yuurin1108
ヨハン・ヴィトゲンシュタイン①
『お前こそ全ての元凶! 消えろエリザベートォ!』
歓声の仲、剣が振り下ろされ、紫のドレスを着た女性が目の前に倒れる。倒されたのはこのゲームの悪役令嬢──そしてその顔は私自身だった。
……思い出した。この世界、乙女ゲーム『神聖アインス帝国恋物語』そのものだ。あの時、絵の綺麗さに釣られて手を出したけれど、設定が複雑すぎて攻略サイトなしでは無理だった、あのクソゲー。私の名前も覚えがある──エリザベート。攻略対象たちに憎まれ、破滅する悪役令嬢だなんて!
「どうしよう、あのゲーム分かんなすぎて攻略見ながらやってた気がする……」
今私は実家で食事をしていた。婚約者と一緒に。そんな時思い出してしまったので、びっくりしてお水をこぼしてしまった。
「申し訳ありませんエリザ様! 私めになにかご不満でもありましたでしょうか?」
おつきの侍従を怖がらせてしまったらしい。気にしないで、少しめまいが……と誤魔化した。
さて、思考を前世に戻そう。攻略対象は5人いる。そのうちの一人が今目の前にいる若き貴公子、ヨハン・ヴィトゲンシュタインである。夜を思わせるような黒い髪に獣のような鋭い眼光。スラリとした体型の理想的な偉丈夫といった面立ちだ。そしてなにより彼は私の婚約者、つまりは許嫁である。
「どうしました? さっきからぶつぶつと……僕の婚約者にして7人の選審官の一人娘、エリザベート・ヴァルトシュタインとは思えませんよ?」
「いえいえヨハン様! ちょっと気分がすぐれなくて……」
「おや? そうですか。エリザ、ではお気をつけて。明日大学で待ってますからね」
そう優しい言葉をかけてくるが、そこに愛がないことを知っている。彼の声は優しい。けれどその瞳は私の顔ではなく、いつもどこか遠くを見ているようだった。
私はヨハン様と別れてすぐ、自宅の書室に向かっていた。
鏡を見る。紫の髪、つり上がった目、長い手足。前世とは似てもつかない私の顔。間違いない。あのエリザベートがそこにいた。
自室の本を見ながら、前世の知識を可能な限り紙に書いていく。
ネットで見た考察記事とこの世界に来てからいやいや受けていた歴史の授業の知識とが頭の中で融合していた。
そのネット記事には『神聖でもアインス(1つという意味らしい)でも帝国でもない』と書かれていた。
この国では、いつかの事件で当時の偉大な皇帝がなくなってから、敬意を払って皇帝の地位を空白にしているのだとか。そのかわりに帝国議会の最高議長が一番偉い……であっているはず。
その議長を選ぶのが7人いる選審官という役職なのだ。私の父親やヨハン自身がそれに当たる。
私は自室の歴史の本を取り出して、それを読みふけりながら前世の拙い記憶を思い出そうとする。
だめだ。攻略対象とその地位くらいしかわからない。これじゃあ私は確実に殺される!
その日は結局朝まで悩んだが、新しい情報は出てこなかった。
「おはよ~う、エリザ! 昨日は遅くまで勉強をしてたんだって!? 良いじゃないか流石は私の娘」
「あら? あなたらしくないことを……なにか不吉な予兆じゃないかしら」
次の日の朝食の時間、私はお父様とお母様からそう言われた。
長いテーブルの両端に座る両親たちの間には、どこか冷たい空気が漂っていた。
「こらお前! 自分の娘に向かってそんな事を言うもんじゃないよ」
「あら。あなただって息子がほしいくせに。そんな偽善を……」
「エリザに聞かせることじゃないだろう。ほらエリザ。偉いお前にはまた何かかってあげよう」
両親の仲は悪い。私に甘いお父様とそれを苦々しく思うお母様。前世では円満な仲しか見ていなかったから、衝撃的だ。父と母の冷たい火花が飛び交う食卓。その中で微笑む父の顔は、本当に私を見ているのだろうか。母の吐き捨てるような言葉も、私ではなく遠くの誰かに向けられている気がしてならない。
前世では、夕食の時間が一番の幸せだった。父の冗談に母が笑い、私も加わる、そんな温かい時間。それが今では──会話が罵声と皮肉に塗り替えられている。
「いらないですお父さん。それより家庭教師の人がほしいのだけど……」
と頼んでみる。お父様はびっくりした様子で答える。
「どうしたエリザ。喋り方まで変わって。家庭教師かい? それなら気に入らないからと全員追い出したあとじゃないか」
「その気性の荒さ。あなたとは大違い」
「浮気でも疑うつもりか? お前が腹を痛めたんだ。裏切るならお前のほうだろう」
「あ~ら失礼。それならあなたよりもっと優秀な人との男の子を生んで差し上げたのに」
「お父様お母様喧嘩はやめてください! 私……私……」
なんで喧嘩をするの? 私はもう元の世界のお母さんやお父さんに会えない。もっと悲しい思いをしてるはずなのに……あれ? なんで涙が出るんだろう……。こんな場所で泣くわけにはいかない、そう何度も自分に言い聞かせた。けれど、心の中で湧き上がるものを押さえつけるほど、涙が滲んで視界を曇らせていく。
「ああ! 泣かないでエリザ! 私達が悪かったよ。ほらお前も謝って!」
「泣き落としなんて貴族のすることじゃなくてよ。もうほら。泣き止みなさい。美人が台無しよ」
「うえ~ん! お父さん! おかあさ~ん!」
涙が止まらない。もう会えないんだ。前世のパパとママには。
それが悲しくってたまらない。涙が止まらない。どうしよう。
「ほら! エリザ! ここにいるよ? 父も母もここにいるよ?」
「まったく調子が狂うったらないわ。ほら。紙を持ってくるから泣き止みなさい。ね?」
私は結局その後も泣き止むことができず、二人を困らせてしまったのだった。
翌日、私とヨハン様は通っている大学に登校していた。
私とヨハン様は首都にあるヴァイセン大学へ通っている。貴族の子弟が多く通っていて、帝国で最も大きな大学である。
大学の入口には古びた石造りのアーチがそびえ、そこを多くの馬車が通っていく。貴族たちのものだ。私もヨハン様と同じ馬車で通学している。
馬車から降りる時、ヨハン様はこっちに手をさし出してくれた。
「おはようエリザ。さあ僕の手を取って、降りるときは気をつけてね」
「ありがとうございますヨハン様。でも大丈夫これくらい……」
「おや? 今日は自分で歩くのですか? 僕のエスコートが必要だとあれだけ言っていたのに……」
あのゲームの話がわからない以上こういうところで好感度稼ぎはしておかなくちゃ! 油断大敵!
「ヨハン様、すてきですわ~。それにエリザベート様もお似合いですわ~」
「未来の約束された高貴なカップル! その風格がにじみ出ています~」
と取り巻きの子たちが近寄ってきた。今までは横柄な態度で接していたが、この子達もなにか役割があるかもしれないのだ。今までのように接してはいけない。慢心ダメ、絶対!
「出迎えありがとう。えっと……名前を教えてもらえるかしら?」
「そ、そんな! 私なんかはエリザベート様の鞄持ち! 覚えてもらわなくても……」
「私が困るわ! 大丈夫! 友達の名前なんだから覚えるよう頑張るわ!」
「と、友達……? エリザベート様、なにか様子がおかしいですわ~」
「なにか粗相をしてしまいましたか!? なにとぞ、家族だけは……」
「ゆ、許してください! 私であれば何でもいたしますので!」
「そんなことしないわ。昨日までのエリザとは違うって思って? 嫌な気持ちになるなら離れてもらってもいいわ。ただ一緒にいるなら名前を読んで友だちになりたいの!」
「そ、そんな……私の家は小さな子爵家で。釣り合いません。別の方とお間違えになっているのでは?」
「家の格より人の核よ!」
仲良くなるなら相性がいい人じゃないと! それに友人は多いほうがなにかあったときに良いはずだ。
「え、エリザベート様がいよいよおかしくなられましたわ」
「どんなひどいことを思いついたのでしょうか……」
と、取り巻きの子たちは離れていってしまった。さすがにいきなり過ぎたかも?
う~ん、まだ怖がらせちゃったかな。でも取り巻きにカバン持たせて楽しようと今の私は思えない。少しずつ分かってもらわなきゃ!
「それじゃあ先に行くね? 気が変わったらお友達になりに改めてお話をしてほしいわ! じゃあね~?」
そう言って私は教室へ向かうのであった。
「あのエリザが人を気遣う……? 変だな。何があった? 彼女の家は大事な議長選の1票なんだ。何が起きたか、何をする気なのか。調べなくては……」
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