なつにゆく

柊木七星

なつにゆく

 少し蒸し暑い夜。窓を少し開けて眠った。

夜中に、ふと、さわさわと空気が揺れるような感覚がして目が覚めた。

普段なら例え目が覚めても起き上がる事はしない。

しかし、その時は起き上がって空気が揺れる原因を確かめようとした。

なぜだろう、そうしなければならない、と感じてしまっていた。おかしな気分だ。

すべてが“感じる”で理解できる気がして、それに従って身体を動かした。


顔に触れる寒暖差の入り混じった空気。見えないのにあるものに沿うように流れ急に発生する高低差のある揺れ。。。。

揺れと流れに促されて窓の外を覗く。

空気のざわめきが窓の外から来ているような感じがしたからだ。

ゆっくりと静かに窓に手をかける。何故か音を立ててはならないと思っていた。


アパートの前の道路に車座が出来ている。

夏休みの中高生かと思ったが、それにしては陰が小さく大きさがあまりにも揃わない。

じっと見つめていると目が闇に慣れ、ざわめきが声として聞き取れて来た。

そこにいるのは皆10歳前後の子供のようだった。なぜか男女の区別がつかない。

「残念じゃな」

「残念じゃ」

「どこかへゆくか?」

「ゆく所はないのは知っておるろう?」

「そうじゃった」

「そうじゃった」

「かなしいやな」

「かなしやな」

彼ら?と言っていいのか分からないが4〜5人の童子達は、なんとも古めかしいしゃべり方で弾けるように言葉を交わしていた。

「トウジドノについて行きやれば良かろう?」

「無理いうな」

「無理言うな」

「家が無ければ我らは無用のものにて」

「さようじゃ」

「さようじゃ」

「皆、世話になった。明後日にはおさらばじゃ。」

「おさらば」

「おさらば」

これだけの短い会話が何故か物悲しいと感じさせる。

彼らはお互いに別れを告げると、くるりと鞠のように回って一人また一人と消えていった。

彼らが消える度に空気が揺らぎ、新しい蒸し暑さが顔をつく。

私は目の前で繰り出されている、狐につままれたような夢の続きのような情景を黙って見続けていた。

最期に残った童子は、私が見ているのを知っていたらしい。

弾けるような動きでくるりと振り向き、私をじっと見つめると、ニィと愛嬌のある顔で笑って鞠のように回って消えた。

不思議だと思えても、恐怖は感じなかった。


 3日後、朝から斜め向かいの古い屋敷を解体するからと、業者が私を含む近所に挨拶に来た。

私の脳裏に、ニィと笑う顔が浮かぶ。

業者の肩越しに、斜め向かいの家とクレーン車が並んでいるのが見えた。

「おさらば」

自然に別れの言葉が私の口をつき、手を合わせていた。

業者は怪訝な顔をしていたが、どんなに訝しがられても仕方ない。

腹の底から湧き上がってくるのだから。。。。


 それからしばらくして老婦人の敬称が刀自とうじと言い。

屋敷神さまは、童子の姿を模すことが多いという事を知った。

斜め向かいの家の前を通る度に、家屋が防音シートの中で着々と解体されていた。

ニィと笑う童子が新しく行く処を見つけたことを、今更ながら願ってやまない。


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