罪人の祈り
ブレイブがシルバーのもとへ走る。
そして、黄色い薔薇のブローチに向かって大声で叫ぶ。
「東部地方の皆さん、こんばんは!」
「え、あ、え?」
若い男性の声が返ってくる。明らかに戸惑っている。バルトを含め、その場にいる全員が呆けてる。
ブレイブは構わずに続ける。
「僕はブレイブ・サンライトだ! 僕からお願いするよ。みんな争わないでくれ!」
若い男は沈黙した。
怒号や悲鳴は止まないままだ。
ダークがぼそりと呟く。
「サンライト王国の国民じゃないんだ。てめぇの言う事を聞くはずがねぇだろ」
ダークはニーナを睨みつける。
「ブレイブが足を止めているぜ。アリアの動きを止めてやるから、確実に仕留めろ」
「……そうしたいけど、矢が尽きた」
ニーナは視線をそらした。
ダークは口の端を上げる。
「殴りかかってもいいのにな。それともサフィニアが死んでもいいのか?」
ニーナは唇を噛んだ。
サフィニアはニーナの妹だ。遠いアステロイドの地で人質として囚われている。
ブレイブを倒せないと判断されれば、殺すと脅されている。
サフィニアは大事な妹だ。両親を失ったニーナにとって、大きな支えになっていた。サフィニアを守り、サフィニアに癒される生活は、苦労は多かったが不幸せではなかった。
ニーナは短剣を取り出した。
遠い空から細い明かりが見える。朝が近づいている。
ニーナは明かりを背に、ゆっくりと歩きだした。
ダークは心底愉快そうに笑った。
「いいもん持ってんじゃねぇか。さっさと仕留めろよ。コズミック・ディール、グラビティ」
凶悪な重力が、ブレイブたちやアリアに襲い掛かる。
あまりも重いエネルギーがのしかかり、地面に伏せるしかない。立っているのは、ダークとニーナだけだ。
ニーナは両肩を震わせた。
「ブレイブ王子、無念です。これほど卑劣な男を私の手で倒せないなんて」
ブレイブは地面から起き上がろうとしている。
しかし、凶悪な重力に逆らえない。わずかに顔を上げるがすぐに沈む。
ニーナはアリアの横を通る。
「ゴッド・バインドのエネルギーになるのはサンライト王国の国民だけか?」
ゴッド・バインドは、忠誠や愛情を持って死んだ人間の魂が膨大なエネルギーになるというものだ。大切にしてくれる人が死ぬほどに強力になっていくと言われる。
アリアは動けない。しかし、首をかすかに横に振った。
ニーナは悲しそうな瞳で、微笑んだ。
「ありがとう。決心がついた」
ニーナは自分の喉元に短剣を突き付けた。
「ブレイブ王子、あなたに忠誠を誓い、この魂を捧げます。私たちの仇を討ってください」
大切な妹は殺されるだろう。
しかし、今ここで自分が生き延びてもずっと利用され生き地獄を味わうだろう。
冷酷な殺人集団ローズ・マリオネットの一員であるダーク・スカイは倒すべき相手だ。
「私はブレイブ王子を傷つけた罪人ですが、祈りを無駄にしないでくださいね」
ニーナは短剣を握る手に力を込める。
ブレイブは叫ぶ。
「待て、早まるな!」
声は届く。しかし、伸ばした手は届かない。
ダークがあざ笑い、襟元の黒いブローチに触れる。
「おい、グレゴリー。こっちは面白い展開になったぜ。人質を全員殺していいぜ」
「あれ……? あたしはいったいどうしたのかしらん……」
グレゴリーの声音がおかしい。夢見がちのようだ。
ダークは眉根を寄せる。
「何かあったのか?」
「えっと……あたしはたしかサフィニアたちをからかって遊んでて、えっと……なんで人質たちがいなくなっているのかしら?」
ダークは両目を見開いた。
グレゴリーは、人質たちに気を取られているうちに、エリックに瞬く間に倒されたのだろう。そしてまんまと人質たちを連れ去られてしまったのだろう。
ダークが状況を理解すると同時に、淡々とした声が聞こえた。
「インビンシブル・スチール、クルーエルティ・フォレスト」
エリックのワールド・スピリットが放たれていた。
地面が割れ、木の根状の鋼鉄がダークに襲い掛かる。鋼鉄は無数に針を伸ばし、逃げ場を与えない。
ダークが全力で対処するべきワールド・スピリットだ。
「コズミック・ディール、リバース・グラビティ」
ブレイブたちを押さえつける重力を解除し、反重力を作動させる。
木の根状の鋼鉄は、ダークに突き刺さろうとする瞬間に弾かれる。弾かれるが執拗にダークに襲い掛かる。
ダークが鋼鉄の対処に集中している間に、茶髪の少女がニーナに駆け寄る。
「お姉ちゃん、銀髪の妖精さんが助けてくれたよ!」
「サフィニア!? 本当によかった」
ニーナは短剣を捨ててサフィニアを抱きしめる。様々な年齢層の男女が、ブレイブやアリアと戦っていた人たちに駆け寄る。
人質たちが解放されていたのだ。
アリアと戦って気絶していた人たちも、ブレイブがヒーリングを掛けると目を覚まし、再会を喜び涙ぐんだ。
一方で、ダークは両肩をワナワナと震わせた。
「エリック・バイオレット、ぜってぇ許さねぇ」
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