奇跡の治療
ブレイブは、アリアが露骨に戸惑っているのを構わずに、倒れているシルバーの傍に走り寄る。
「酷い毒だ。頑張って治療するしかない」
ブレイブの脳裏に、エリックの部下たちの治療に失敗した時の記憶がよぎる。ただヒーリングを掛けたのでは、シルバーの猛毒を取り除く事はできず、苦しみから解放できなかった。
ブレイブは地面に両膝を付けて、シルバーを蝕む猛毒に触れる。猛毒はシルバーを、毒々しい紫色に染めつつある。
「どうすれば毒の治療に成功するんだろうか……」
ブレイブの両手に紫色の猛毒が付着し、溶けかかる。ただれるような激しい痛みを感じる。
アリアが青ざめて、ブレイブの傍に駆け寄る。
「ブレイブ様、おやめください! あなたが猛毒に触れる理由なんてありません!」
「猛毒を治療するには、どんなものか知る必要があると思うんだ」
「その少女はあなたを殺そうとしたのですよ!? 治療する必要なんてありません! 仕留めるべきです。冷静に命令してください!」
アリアが長剣を構えてヒステリックな声をあげるが、ブレイブは落ち着いていた。
「長剣をしまってくれ」
「どうしてですか!?」
「エリックもシルバーも助けたいんだ。悪いけど、命令させてくれ。エリックとシルバーに対する攻撃を禁止する」
ブレイブの眼差しは真剣だ。
アリアは悔しそうに歯噛みしたが、長剣を鞘に収めた。エリックとシルバーを交互に睨む。
「……ブレイブ様にもしもの事があれば、絶対に許さない」
絞り出すような声だった。アリアはブレイブの死後まで、命令を守る気はないのだろう。
気を失っているシルバーも、彼女を見守るエリックも、何も言えなかった。
ブレイブはうめいていた。
「僕は絶対に助からないといけないな。メリッサ、僕はどうして毒の治療に失敗するんだと思う?」
ブレイブはメリッサに視線を合わせる。
建物の陰から顔だけ覗かしているメリッサは、頭を抱えてうめく。
「当てずっぽうになりますが……たぶんブレイブ様はヒーリングを行う時に、相手を選別しませんよね。治療したい人と一緒に、毒まで回復させるからヒーリングの効果が打ち消されてしまうのだと思いますが……あの、こんな言葉がどうなるのでしょうか?」
「そうか、それはそうだ!」
ブレイブは両目を輝かせた。
「ただヒーリングを掛けたのでは、何でも回復してしまう。毒の効果まで回復したら、治らないわけだ。毒以外を回復させればいいんだ!」
「あの……そんなに簡単にできるのでしょうか?」
「分からないけど、やるしかない!」
ブレイブは真剣な面持ちで、ただれる両手を見つめる。失敗すれば両手は朽ち果て、全身に毒が回り、死に至るだろう。
ブレイブは両目を閉じた。視覚に意味はない。治療するべきものとそうでないものを感じ取る。
「片方は生きている。生きたいと叫んでいる。きっと僕の身体だ」
ブレイブは呟く。
「声のない叫びを拾えばいいんだ」
ブレイブは力強く頷いた。ブレイブの両手が優しく光る。ただれるような痛みが徐々に和らぐ。
「もう少しだ」
深呼吸をして集中する。全身が心地よく温かくなる。
やがて、皮膚のただれは治った。紫色の猛毒も消え去っていた。
ブレイブは両目を開けて、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「やった!」
「さすがブレイブ様です!」
メリッサが建物の陰から出てきて、万歳しながら歓声をあげた。
アリアは胸をなでおろす。
「ブレイブ様の両手が元に戻って良かったです」
「これならエリックとシルバーも治療できるよ」
「お待ちください! 彼らには条件を付けるべきです。ただ治療したのでは、また襲い掛かられてしまいます!」
アリアが必死に声を掛けるが、ブレイブはシルバー、そしてエリックに毒を除いたヒーリングを掛けていた。
二人とも皮膚のただれが治り、猛毒も消え去った。
エリックは放心していた。
「こんな奇跡があっていいのか?」
「君たちを治せて良かったよ」
ブレイブが微笑み掛けると、エリックは戸惑いを浮かべた。
「あんたがここまで俺たちに良くしてくれる理由が分からない。あんたの国が滅びる要因を作ったし、あんたに切りかかった。アリアのように考えるのが自然だと思う。どうして俺たちを助けた?」
「うーん、人を助ける理由なんて考えた事がなかったけど……強いて言うなら、仲間意識に共感したからかな」
ブレイブは照れくさそうに片頬をかいて笑った。
「君も僕も大切な仲間がいる。殺し合い以外にできる事がないかなと思ったんだ」
「底なしのお人よしだな」
エリックは視線を落とす。
「バイオレットがここにいたら、同じ事を言いそうだ」
「そうか。本当に大事な人を亡くしたね」
「いつまでも落ち込むわけにはいかないけどな」
エリックは空を見上げた。空は鮮やかな赤色に染まっていた。
エリックの瞳が揺れている。
ブレイブは微笑んだ。
「そろそろ弔ってもいいんじゃないか?」
「考えておく」
エリックの口調はそっけない。しかし歯を食いしばって震える表情は、人の心を持たないマリオネットとは程遠かった。
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