異次元の少子化対策

藻野菜

異次元の少子化対策

 西暦2074年、『特別少子化対策公開生放送』とされる映像が放送されていた。

 テレビには日本の内閣総理大臣である岸野首相が映し出されている。


「それではこれより、特別少子化対策、『異次元間招集』を行わせていただきます」


 マイクの前で宣言した首相は後方に歩みを進める。首相が居る場所は学校のグラウンド程の大きさがある駐車場のような場所だ。

 何人かの職員が首相についていき、報道陣たちから30mほど距離を取ったところで立ち止まる。

 すると、首相は虚空に向けて真っ直ぐと手を伸ばした。職員も同じような態勢を取る。

 場がシーンと静まり返ったところで首相が口を開いく。


「少子化対策、開け、次元の扉、集まれ、人の子ら」


 すると、首相と職員の手から光が放たれ、それらが合わさり一つの大きな槍となった。

 その槍は煌々と輝きながら飛んでいき、ある瞬間轟音と共にはじけ飛んだ。音が鳴りやむと、空中にピキピキとヒビが入り、数秒後には何もなかった空間に大きな穴がぽっかりとあいた。

 自衛隊のような恰好をした人たちがその穴の中になだれ込んでいく。テレビ中継はそこで途切れた。


「いやー魔法ってやつはいつ見てもすごいなぁ」


 テレビを見ていたお父さんが呟いた。

 この世界には魔法というものが確かに存在する。しかし、科学技術の発達に比べて魔法の研究や開発は全然進んでおらず、一般人の日常生活には全く無縁の存在だ。

 確かに存在するけれどその全貌はまるで分からない不思議な力、それが一般人にとっての魔法なのだ。


「それにしても、他の場所から子供を連れて来るなんて本当にいいのかしらねぇ」

「少子化を解決しないと国が衰退してしまうし、仕方がないだろう。それに他の場所って言ってもこことは違う世界なんだ。この世界に住む人間にとっちゃ関係の無いことさ」


 お母さんとお父さんが少子化対策についての意見を交わす。

 50年前、少子化と人口減少によって日本は衰退の一途を辿っていた。そこで日本政府が編み出した対策が『魔法の力で別の世界から子供を連れて来る』というものだった。

 専門的なことはよく分からないが、どうやら今自分たちが生きている世界とは別の世界、いわゆるパラレルワールドというものが実際に存在しているらしく、魔法の力を使えばこの世界と別の世界を繋げることができるらしい。

 その技術を応用して別の世界から子供だけを連れて来て少子化を解決するというのがつい先ほど行われた少子化対策だ。

 初めてこの少子化対策が行われた時は人権問題やらなんやらを心配する声が多く上がったけれど、子供が増えたことで国の状況はみるみる良くなり、次第に反対の声が薄れていったという。

 この日本の少子化対策を真似て、20年前にアメリカでも同じことが行われた。この一連の流れは中学校の社会の授業で習う。


八一やいち、最近の大学はどうだ? 勉強は難しいか?」

「うーん、そこそこかな。手抜いていい講義とかも段々分かってきた感じ」


 大学2年生の八一は両親と三人暮らしで実家から大学に通っている。


「あら、せっかく大学に通ってるのに手を抜いたりしちゃダメじゃない。しっかり講義受けなさいよ」

「まぁまぁ、大学生ってのは手を抜くことも大事なんだよ。良い感じにサボれば本当にやるべきことに全力を注げるだろう? なぁ、八一」


 お父さんはお母さんの注意から八一をかばう。

 八一はそんなお父さんに苦笑いを返した。


「まぁ、大学は順調ではあるよ。サークルの友達とかもできたし」


 これ以上自分が講義をサボっていることを責められると困るので、八一は話を逸らす。


「そうだな。少子化対策のおかげで今は大学生も増えているし、友達も多く持って存分に大学生活を謳歌するといい」

「勉強の手は抜いちゃだめよ?」

「はーい」


 八一は家族との会話を終え、課題を済ませるために自室に戻った。

 数時間後、スマホを眺めていると『特別少子化対策、無事成功』というネットニュースが流れてきた。

 異次元から連れてこられた子供は『異次元子』と呼ばれる。

 異次元子は最初は政府によって管理され、しばらくすると養子を希望する里親の下に引き取られる。

 異次元子はこの世界に連れてこられる際、次元移動の衝撃で記憶喪失となるらしい。そのため、里親にとっても子供にとってもこの世界で生活するのに不都合はないのだ。

 恐らく八一の周りにも50年前に連れてこられた異世界子はいる。しかし、誰が異世界子かを知ろうとするのはタブーとされている。

 異次元子であることが知られると過激な少子化対策反対派に狙われたりいじめの原因となってしまう可能性があるからだ。

 異次元子本人も異次元子の自覚は無いため、誰が異次元子なのかは里親にしか分からない。

 しかし、50年前に異次元子の里親となった人はもう多くが寿命を迎えている。

 現在、50歳前後となった多くの異次元子は自分が異次元子であることを知らないまま立派に成長し、この国の経済を回している。

 そうやって平和で安定した日本ができている。

 きっと今日連れてこられた子供もそのうち里親の下へ送られるだろう。それでまたこの国は成長していく。皆にとっていいことだ。



「なぁ、このニュース見た?」


 数日後、大学の講義室で教授の話を右から左に聞き流していると同級生の涼真がスマホの画面を見せてきた。

 画面には『大手食品メーカーの取締役、謎の失踪』と書いてある。


「いや、見てない。なにこれ?」

「なんか、ちょっと前にある会社の取締役のおじさんが失踪したらしいんだよ。何の痕跡も残さず忽然と消えて、攫われたのか殺されたのか何にも分かってないらしい」

「へぇー不思議なこともあるもんだな」

「ネットじゃライバル企業の暗殺だとか、宇宙人の仕業だとか、幽霊の仕業だとか、色んな考察が飛び交ってんだよ。なぁ八一、お前どうやって消えたと思う?」


 涼真はオカルトや陰謀諭といったものを見るのが大好きだ。今はまだ面白がって見てるだけかもしれないけど、そのうちどっぷりとハマって変な壺を売りつけられないか心配になる。


「えー分かんないな。案外普通にお出かけとかしてんじゃない? 誰にも言わずに旅行とか」

「そんな理由じゃここまで騒ぎにならないだろ。俺はやっぱり裏の組織に殺されたとみてるんだよね。やっぱこの世を裏で操ってる組織ってのは実際にあって」


 そこから涼真の非現実的な妄想は延々とずっと続いた。好きなことにハマるのは構わないけれど、こうやって聞かされる方からすればいい迷惑だ。

 八一は涼真の話を左から右に聞き流しながらスマホで件の事件について調べる。

 どうやら取締役のおじさんが失踪したのは事実らしく、取材を受けた部下によるとトイレに行ったきり戻ってこないので様子を見に行くと忽然と姿を消していたという。

 これが事実だとすると、確かに旅行に行っているわけではなさそうだ。

 一通り調べ終わった八一は事件に対する興味を失ってスマホを閉じ、講義に集中し始めた。涼真は相変わらず陰謀諭めいたことを話し続けている。

 まぁ、そのうち解決するだろうなぁ。

 そんなことを思いながら八一は板書をノートに書き写す。


 数週間後、テレビのニュース番組もネットニュースも失踪事件の話題で持ち切りとなっていた。

 涼真から事件について聞いたあの日以降、1日2人以上のペースで人が失踪し続けている。

 事態を重く受け止めた政府は、行方不明となった人間の氏名や顔写真を公開し、広く情報提供を呼び掛けた。


「全く、物騒な世の中になったなぁ」


 お父さんは朝のニュースを見ながらそう呟く。

 八一も朝ごはんを食べながらニュースをなんとなく眺めた。

 テレビ画面には行方不明者の氏名と顔写真、職業などの情報が羅列された表が映し出されていた。会社取締役や電車の車掌、教員、街の花屋など様々な職業の人間が行方不明になっている。

 性別や職業といった情報に共通点はないが、唯一行方不明者全てに共通することがある。

 それは年齢だ。行方不明者全員が50~60歳の中年だったのだ。

 そのことには政府や情報機関も気づいているらしく、該当する年齢層の人に注意を呼び掛けている。


「注意しろって言われたって、何に注意すればいいのかしらねぇ」

「やっぱり夜道とかには気を付けた方がいいんじゃないか? 後は戸締りをしっかりするとか、そういう基本的なことは俺たちも注意していかないとな」


 お父さんとお母さんも50歳なのでギリギリ該当している。朝の食卓は自分たちはどういう対策が必要かという話で持ち切りになった。

 その日の講義中、いつものように涼真が話しかけて来る。


「なぁ八一、失踪事件起き過ぎててやべぇよな。どうなってんだろ」

「ほんとだね。うちの親も50代だから急にいなくなっちゃわないか心配だわ」

「やっぱ行方不明者の年齢が共通してるってのはかなり気になるよなぁ。どういうことなんだろ」

「さぁ? 人攫いにしてもその年代だけ攫う意味が分からないし、なんでなんだろ」

「俺昨日ネットで見たんだけどさ、50年前ってちょうど異次元の少子化対策が行われた年だろ? だからそれと何か関係が」

『ビーーーーーッ!!!! ビーーーーーッ!!!! ビーーーーーッ!!!』


 涼真が話している途中、突如として講義室中のスマホから警告音が鳴り始めた。

 この音は聞いたことがある。確か緊急地震速報とかの時に使われる警報だ。

 八一は地震に備えて身構える。しかし、30秒ほど経過しても何も起こらない。学生たちはスマホの音を切り、講義室は段々と静寂に包まれ始めた。八一も自分の警告アラームを止める。


「えー皆さん、落ち着いてください。急いで確認をしてきますので、その場から動かないでください」


 講義をしていた教授はそう言って足早に出て行った。それとほぼ同時に学生たちがざわつき始める。


「一体何だったんだろう」


 災害の警告アラームが鳴ったのに何も起こらない。一体何の通知だったのだろうか。

 八一は通知内容を確かめるためにスマホを手に取った。


「お、おい! これ見ろよ!! やべぇぞ!!」


 八一がスマホを見る前に涼真が自身のスマホを見せてくる。

 画面には動画投稿サイトのライブ映像が流れている。

 カメラの向こうには、倒壊したビル、瓦礫の山、そしてその上に立つ複数の人影が映し出されていた。

 一体何が起こっているのかは分からないが、恐らくこの惨状が警報の原因だろう。場所は東京だろうか。周りにたくさんの人がいる。

 カメラのピントがズレていたり手振れが酷かったりしてはっきりとは分からないが、瓦礫の上の人物たちは動く様子はない。これを録っているカメラマンの焦りと緊張が伝わってくる映像だ。

 そのまま数分が経ち、自衛隊や警察と思われる人たちが瓦礫の上の人物たちを取り囲んだ。


『手を挙げてその場に膝をつけ! 従わなければ発砲する!』


 自衛隊がスピーカーで警告を行う。いつの間にか現場上空にはヘリも駆けつけていてまさに包囲網といった感じだ。

 段々とカメラマンが落ち着き始め、瓦礫の上の人物たちをズームしピントが合う。


『こんにちは、こどモを返してくりさい』


 その瞬間、瓦礫の上の人影は言葉を発した。

 画面越しでもカメラマンや自衛隊の人達が息を呑んだのを感じる。


『ひ、膝をつけ! 最後の警告だ!!』

『こどモ、ど縺ゥですか? こどモ出して縺上□縺』

『発砲許可! 撃て!!』


 無数の発砲音が聞こえると同時に画面は真っ暗になる。

 どうやらカメラマンが弾丸を避けるためにその場に伏せたようだ。


「何がどうなってんだ?」

「わ、分からないけど、あの瓦礫の上にいた奴らが攻撃してきたってこと?」

「マジ!? やべぇじゃん、戦争勃発か?」


 八一と涼真は互いの顔を見合わせる。

 日本が攻撃を受けるなんて、日本が戦争なんて、想像もしていなかった。


「あ! 映像が戻ったぞ!!」


 銃声が鳴り止み、画面が明るくなる。カメラは再び瓦礫の上の人影を映した。

 ハッキリと映し出された人影は、人間の形と見た目をしていた。しかし、同時に自分たちと同じ人間ではないということが分かる。

 格好が異質すぎるのだ。コック帽のようなものを被り、フードが付いたダボダボのビジネススーツのようなものを着て、膝下と膝上で色が異なり穴の空いたレギンスを履いている。靴は履いていない。

 そして、その”人間に似た何か”達は、四方八方からの銃撃を受けたにも関わらず先ほどと変わらずに立ち尽くしている。服にも弾痕は無い。


『こどモ◆縺は、あっちにあつもってる繧医≧』

『なら、そちらに陦後%縺』


 ”人間に似た何か”達はなにやら話し合っているようだ。カメラが余裕で拾えるほどの大声で話している。

 日本語を話しているようにも聞こえるが、意味は分からない。聞いたことない言葉やどうやったら出来るのかも分からない発音で話している。


「あっ! 飛んだ!!」


 ”人間に似た何か”はフワリと浮かび上がり飛んでいった。

 その場にいる人たちは全員呆然と立ち尽くしているようだ。

 カメラはしばらく空を映し、映像が止まった。動画のアーカイブは残っておらずもう一度見ることはできない。


「一体何だったんだ……」

「くそー、画面録画しておくんだった」


 こんな訳がわからない状況でも涼真は意外と冷静だ。こいつは戦場カメラマンとかに向いているのかもしれない。

 誰にも状況が分からないまま、とりあえずその日の講義は全て中断されたので八一は家に帰る。

 その日の夜、ニュースは昼間の出来事で持ちきりだった。


『昼間、突如として都内に現れた謎の人物達は周囲の建物を破壊した後に政府所有の研究施設へと移動し、研究施設は甚大な被害を受けました。この施設は先日招集された異次元子が隔離されている施設であり、その異次元子たちは謎の人物と共に姿を消したということです。現在関係各所は事態の把握を急いでおり』


 キャスターが淡々と今日起こった出来事を読み上げる。テレビ画面には昼間に涼真のスマホで見た映像がまで繰り返し流れていた。


「一体どういうことなんだ。どっかの国の軍が攻めてきたのか?」

「これからどうなっちゃうのかしら……避難の準備とかしておいた方がいいのかしらね」


 お父さんとお母さんは心配そうな顔でテレビを見つめる。

 テレビだけでなくSNS上も今日の事件の話題で持ち切りだ。一般人が撮影した様々な動画が載っている。

 やはりあの謎の”人間に似た何か”は夢でも幻でもなかったようだ。

 その日から数日経っても人間に似た何かと異次元子たちは見つからない。各機関が懸命に捜索しているようだが、両方とも手がかりは何も出てこない。

 幸いにも人的な被害は異次元子の誘拐だけに留まったらしい。都内のビルや研究施設は被害を受けたものの奇跡的に死者は0だった。

 そのことから、人間に似た何かの目的は異次元子であると予想され、SNS上では犯人の正体について活発な議論と過大な妄想が行われていた。


「やっぱ俺は政府の陰謀だと思うんだよ!」


 涼真も過大な妄想を行っているうちの1人だ、


「あの変なのが子供を攫う前に行方不明者が多発してただろ? 俺はそっちから目を背けるためにあの変なのが出てきたと思うんだよな」

「でも、あれって人間なの? 明らかに格好が異質だったし空飛んでたし銃も効かなかったし」

「それは正体がバレないためにあえて変なコスプレしてたんだよ。銃が効かなかったのはきっと魔法か何かを使ったに違いない!」

「魔法はまだ研究が進められてなくてそんな実用的には使えないらしいよ。その説は色々無理があるとおもうけどなぁ」


 ここ数日はずっとこの調子だ。涼真が1人で興奮して自分勝手な妄想を繰り広げている。

 訳の分からないことが起きて落ち着かないのは分かるけど、もうちょっと静かにしてほしい。


 日本で異次元子誘拐事件が起きてから2週間後、事態は大きく動いた。

 ”人間に似た何か”がまた現れたのだ。しかし、現れた場所はアメリカのニューヨークだ。

 日本から色々な事情を聞いていたアメリカは、”人間に似た何か”が現れるとすぐに軍を向かわせ一斉攻撃を仕掛けたらしい。しかし、対応に当たったアメリカ軍は返り討ちに遭い、甚大な被害を受けた。

 そのニュースは日本でも大きく取り上げられ、アメリカ人が撮影したいくつもの映像が放映された。

 人間に似た何かは銃弾やロケット弾を浴びせられても全く動じず、巨大な光線や光る巨槍、物質を捻じ曲げる念力を用いて軍を壊滅させていた。

 一目見て分かった。人間に似た何かが使っている力は魔法だ。

 岸野首相が少子化対策を行った時に発した光る槍と酷似したもので軍隊を薙ぎ払っている。


『この映像のように、日本にも現れた謎の人物たちは応戦したアメリカの軍隊を壊滅状態に追い込んでいます。また、謎の人物は魔法のような力を使用しています。謎の人物の目的は未だに不明です。続報が入り次第お伝えします』

「なんだか大変なことになってるな。本格的に戦争なんじゃないのか?」

「戦争っていったって、相手はそもそも人間なの? もしかしたら宇宙人かもしれないってネットには書いてあったわよ」

「じゃあ、宇宙人との戦争なんじゃないか? これから地球はどうなるんだ……」


 お母さんとお父さんは不安な顔でテレビを見つめている。

 八一はSNSでアメリカでの事件について検索をしてみた。

 SNSはテレビの映像をそのまま撮影したものやこの騒ぎに乗じてハッシュタグの乱用で売名行為をしようとする者の投稿で溢れていた。

 一部では犯人について真面目に考察する者や戦争に備えるお役立ち情報を発信している者もいるが、大半の人間は事態が呑み込めずに混乱している様子だ。

 そんな投稿の中に一つだけ、八一の目に留まるものがあった。

『最近、アメリカで20~30代の人が何人も行方不明になってたけど、それと関係あるのかな』

 調べてみると、どうやらアメリカでもここ数か月で何人もの人が失踪していたらしい。


 次の日、八一はスマホでニュースを見ながら帰路についていた。内容は先程入った速報についてだ。


『お伝えしています通り、岸野首相が開いた緊急記者会見によりますと、先日日本に現れた謎の人物たちの目的は異次元子の誘拐であることが確定しました。謎の人物は異次元子が元々いた世界の住人と見られ、異次元子のみを狙って犯行に及んでいるとのことです。先日から相次いでいた失踪事件も同一犯によるものと見られ、政府の発表によると、失踪した方々は全員50年前の少子化対策によって連れてこられた異次元子であるということが判明しました。異次元子を持つ親の方々、また自身が異次元子だと把握している方々は外出を控え身を守ってください。順次政府の護衛が派遣されるとのことです』


 異次元子のみを狙った事件なんて聞いたことがない。そもそもあの人間に似た何かはどうやって異次元子を探しているのだろうか。それにどうやって別の世界からこの世界に来ているのだろうか。

 様々な疑問が湧いたが、八一は異次元子でない自分には関係ない事だと思い、スマホを閉じて歩みを進めた。

 家に着くと、お父さんとお母さんが慌ただしく走り、大きな荷物を車に積んだりしている。一体何があったのだろうか。


「ただいま、何してるの?」

「八一! 帰ったか、急いで車に乗れ!! 避難するぞ!!」

「え? 避難って何のこと? なんかあったの?」

「さっきニュースで速報が入ったのよ! あの謎の人物に攫われるって!!」

「あぁ、それなら見たよ。でも攫われてるのは異次元子だけらしいよ? だから普通の人は避難する必要もないんだって」


 八一がそう言うと、お父さんとお母さんは顔を見合わせ、口をパクパクさせている。二人とも何かを考えるような顔をしてから何かを諦めるような顔をして、口を開いた。


「八一、実はな、お前は」

「やっと見つけ∪縺励◆」


 いつの間にか、八一の後ろには画面の中でしか見たことが無い奇妙奇天烈な姿をした”人間に似た何か”が立っていた。

 お父さんとお母さんはそれを見て絶句する。


「な、なんでこんなところに……!?」


 八一は驚きを口にする。すぐに逃げ出したかったけれど、恐怖で足が動かない。


「サぁ、蟶ー繧翫∪縺励g縺」


 人間に似た何かは喋りながら八一に手を伸ばす。八一は動けない。


「ま、待って!」

「八一ぃ!!」


 次の瞬間、八一の視界は光に包まれ、地面から足が離れるのを感じた。

 その日から八一の姿を見た者はいない。





『次のニュースです。3か月前に起きた集団失踪事件について、政府は新たに情報を更新しました。50年前の少子化対策により招集された異次元子のみが標的だと思われたこの事件ですが、先日都内在住の20代の男子大学生も標的とされ攫われていたことが分かりました。調査によるとこの男性も異次元子であるとのことです。この男性は20年前にアメリカで行われた少子化対策によって招集された異次元子の一人で、見た目が日本人に近いという理由でアメリカから日本に送られ、これまで日本で生活していたようです。政府は引き続き行方不明者の調査を続ける方針です』


 同時刻、アメリカ、異次元子管理センターに保管してあるデータが更新された。

『2054年:No.81:日本在住→失踪』

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