鉄機 -The Iron Coffin

さばのねこみ

温水地 -the l'eau chaude

「ふんふんふ~ん」


 閑散とした、所々にガラクタの山が連なる平原を、『ガコン、ガコン』と二足歩行タイプの鉄機てっき(※人型機械の総称)が地を抜きつつ移動していた。


『3・14・29、資材検知』


「あ~いわかった。ここで止めよう」


 少し低く、抑揚のないシステムコールズに、少し高い声が返事をして鉄機は止まる。


 そしてコクピットと目される扉からは少女が出てきた。彼女は小柄で白いTシャツに短めのズボンを履いていた。赤く長い髪をひとまとめにしており、ホルスターには速射のできるハンドガンが入っている。


「そういえば資材って何があるの?バッテリー?追加装甲?弾薬?」


 と、ガラクタの山をかき分けながらシステムに問う。


『再利用可能な廃材、と、携帯型充電設備』


「そりゃまた随分と豪勢な」


 しかしそろそろシャワーでも浴びたいもんだね、とボヤきつつも資材を見つけていく。


 鉄機用の装甲と武装、バッテリー充電用のコンパクトボックス、そして弾薬。これだけの資材があるということは、この場所はかつて基地だったのだろう。


「そろそろバッテリーも充電しなきゃと思ってたんだ。丁度いい」


 そう言いながら彼女は鉄機にプラグを充てるも、肝心の接合部が出てこない。


「……?ありゃ、なんで出てこないんだろ」


『……マスターアルカ、それは人形ドール用です』


「おっと」


『ドール』。鉄機の整備あるいは操縦に特化された人類の総称。侵略者の浸食に十分耐え、確実に殺す為の改造人間。アルカと呼ばれた彼女もまた、その一つだった。


「となるとこれで1000日駆動補助を受けれるわけか」


 首筋にプラグを充てると接合部が露出し、そのままプラグを飲み込んだ。


「あ~~こりゃ良い電流だぁ」


『電流に質はないと思いますが』


「質とかじゃなくて感覚なんだよこういうのはさ」


 わかりませんと書かれたウィンドウが3個ほど出され、流石に人間と機械の差を実感する。


「いくら人間に近い思考を持っていると言っても難しいか……」


 アルカはよし!と頬を叩きコクピットの戸を閉じた。


「アライヤ、他に反応は?」


『特には。……いえ、ここより30k、詳細として200と30・97地点に熱源を検知』


「脈拍パターンは?」


『ありません。詰まる所生命ではないという事になります』


 とりあえず行ってみよう、とアルカはボタンを押込みつつレバーを奥へ押し上げた。


 ギャァア、と悲鳴のような音が鳴り、コクピット・ブロック背部に埋め込まれたブースターユニットがジェネレーターからのエネルギー供給を受け火を噴いた。瞬間、鉄機アライヤは前方へ高速で移動を開始。脚部・肩部補助ブースターからも火が噴き出で、機体の加速と安定を仰ぐ。Gに次ぐG。モニターには数値が2400km/hを行き来するのが見え、カタカタと装甲部が揺れる。


『残り5、4、FB《フロントブースター》、起動』


 バフッバババッ。


 Gが-Gによって相殺され、速度が緩やかになる。砂埃を撒きながら機体は着地した。


 モニターには、少しボロボロになった白い外見の工場のような建物が映る。


「これは……清浄施設か。古いけど、形は保たれている……」


 鉄機を降り施設の中に入ると、湯気が出迎えた。先程の反応からして、温水が垂れ流しになっていたのだろう。


 袖を捲り上げ、露わになった腕を温水プールに漬ける。すると漬けた場所から気泡が溢れ、ピーピーとブザー音が鳴った。


「水質は……問題なさそうだ」


 温水プールから腕を引き抜き、アライヤに0.1秒ごとに周辺のスキャンを命じて服を脱いだ。


 生殖器も何もない、無垢で幻想的とさえ思えるその細身の体躯に刻まれた『7』の文字が怪しく光る。


 岩が加工されて出来たのであろうその温水プールは、かつてあった東洋の国での『温泉』を彷彿とさせるものだった。


 ジャバン。と、アルカが勢いを付けて温水プールに入る。


「ふぅ~……久しぶりだな……」


 最後に入ったのは2年ぶりだったか。故郷で、友人の父がやっていた大衆浴場がそうだ。そしてその後────


 ふるふると顔を振るい、こんな時に思い出すことではないはずだと言い聞かせる。


 口まで温水に漬かり、偶に昔の事を思い出しつつも心地の良い時を過ごす。そういえば、拭くものはあっただろうか……などと考えていた矢先、ピピピッとコール音が鳴り響いた。アライヤからだ……


 瞬間、外からマイクロミサイルの発射音が聞こえた。戦闘……侵略者が近いということか。にしても、もうあと少ししか残ってないと言うのにマイクロミサイルを?!


 比較的短めのため息を吐き、温水プールから出る。廃熱機構を利用して瞬時に身体を乾かし、外へと飛び出した。


『マスターアルカ、遅いですよ……なんて格好をして』


「もっと早く検知通知を送ってくれれば着替える時間もあったんだけどね」


 それは申し訳ございません。と背中を見せたところでジャンプしてコクピットへ飛び乗った。


「それで攻撃効果は?」


『マイクロミサイル、2発共に命中。これでレーザーだけでも十分対処できるようになりました』


 よし、十分だ。あとは……とレバーを押し込みつつ、計器の端にあるカバーを外してボタンを押す。


「ここを吸われちゃ困る。恐らく30m級だろうが、そこまで損害を与えているならこっちが有利だ……アライヤ、ブラストブーストを使う!リミッター解除オーバードリミット、全ブースターユニットへ小型ジェネレーター直結!」


『了解。オーバードリミット。ブラストブースト起動シーケンス』


 グギャアアアアア!!と、雄たけびの様な音が鳴る。同時にブースターから出てくる炎が青くなり、ガコン、ガコンと装甲の一部がスライド、巡行形態へと変形した。


 ビュオン!と風を切る音が聞こえたかと思うと、既に3km先の侵略者がいる場所まで移動を終わらせていた。


 いきなり現れた鉄の塊に驚くこともなく、侵略者はその身体を吸い取らんと飛びかる。その瞬間すきを狙い──


 ガチャリ。


 ババシュッ!


 2門ある発射口を持つレーザーライフルから高威力のハイレーザーが射出され、侵略者のゲル状の身体を粉砕・蒸発せしめた。


「……はぁ……ふぅ……。やれる。やれるじゃないか……」


 侵略者を撃破し、鉄機を立ち尽くしていたアルカはそう、哀しげに言った。


 これだけではあの棺桶には足りないのだと。分かっているハズなのに。

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鉄機 -The Iron Coffin さばのねこみ @sabamisonekomi

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