トワイスワップ

木村文彦

第1話

 レコード屋の店主は、白い顎髭をこれでもかと蓄えている。その風貌は、まるでゲームに登場する長老のようだった。

「伝説の殺し屋を知っているかい?」

「いや、知らないな」

 田所は友達である源や愛理と一緒に、古着屋を巡っていた。終着点として、源の行きつけだというレコード屋にたった今、入り浸っている。

 レコード屋の外観は古くから地元の人間に愛された喫茶店のようで、中は広くない。だが店内には知る人ぞ知るバンドの品がこれでもか、と並べられている。

海外でしか取り扱っていないアイテムも多い。

 名店だった。

「映画の話なら付き合うけどね」

 源がからかうと、店主が愉快げに笑う。

「いやいや、本当に伝説の殺し屋がいるんだよ。今も店の中に潜んでいるかもしれない」

「そんな話の映画をこないだ観たなあ」と愛理が白い歯を見せ、「たった数秒で殺し屋が何人も敵をなぎ倒していたな」と田所が続ける。

 源だけが店主の話に対して真面目に向き合い、「日本に殺し屋なんているのかな?」と首を傾げている。

「殺し屋が実在したら面白いよねえ」

 店主は、レコード屋だったことを思い出すかのようにビートルズのリズムを店内に響かせ始めた。

 店内が、洒落た雰囲気を纏っていく。

「で、正解は?」

 店主が淹れてくれた珈琲を飲み干して、田所はじっと答えを待った。

「お代わりいるかい」「いや、もういらない」のやり取りの後、「殺し屋はロマンだよ」と店主は淡々とした口調で、これまた曖昧な表現を繰り出していた。

「伝説の殺し屋は、本当の正義を持っていると思うんだよ」

「店主は殺し屋が大好きですねえ」

 愛理がニヤニヤとしている。

「殺し屋がいてもいなくても、世界は変わらないよ。それよりさっき途中で買おうか悩んだジャケットをもう一度、見に行きたいんだけど」

 源は窓から外の様子を眺めていた。友人による買い物の提案により、殺し屋の存在は一気に蚊帳の外になる。

愛理はコーヒーカップを慌てて持ち上げ、店主はテーブルに布巾を擦りつけ始めた。

 田所は殺し屋談義に少し、後ろ髪を引かれていたが、駆け足で店を去ろうとする源と愛理に従おうと、ゆっくりとついていく。

また来てね、と背中越しに店主の声が聞こえた。

 古着屋巡りが、再開される。

 秋の夕方は心地がよかった。

風が優しく、身体の不快感を流し去ってくれる。

「ああ、結局、金がないから買えないわ」と源が嘆き、「どうしてレコード屋で気づかなかったんだ」と田所は呆れ、「この後、もう一回、レコード屋に寄っていこうよ」と愛理が提案する。

 古着屋を一通り覗いた後、愛理が提案したレコード屋に三人はまた向かった。

つい数十分前まで滞在していた店に、戻る。

 日が暮れ始め、街並みには昼間のように賑わっていた人影がすっかり消失していた。レコード屋の前にたどり着く。

が、臨時休業の札が掛かっている。

「いや、ついさっきまで営業してたじゃん!」

 地団駄を踏むようにして、愛理が小さな身体を小刻みに上下させた。彼女のリュックサックが波打つようにして、揺れている。

「あれ、まだ誰か店の中にいるっぽいよ」

 閉められたシャッターの隙間から首を突き出すようにして、愛理は暗い店内を覗き込んでいた。傍から見れば、泥棒そのものである。

 小さな背中が滑稽であり、田所は頬を緩める。

「レコードの仕入れとかかな?」

 源も愛理に倣って、中を覗き込んでいる。

「どっちにしても店は閉まっているな」

 田所は、愛理の肩に手をやった。もう行こう、の合図である。

「うーん、残念」

 二人が先に歩き出していた。

田所もレコード屋を少し観察した後、源と愛理に続こうとする。

 刹那、パン、と銃声が響いていた。

田所はシャッターの閉まった店内を、ひたと見つめ直す。

「店の中に伝説の殺し屋がいるのか?」

 反応が、ない。田所は首を傾げる。

殺し屋は実在するのかもしれないな、とぼやいてみるが、夜の闇に言霊は吸い込まれていく。二人は、遥か先を歩いている。


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